25-3 タガード侯爵領都での戦い
「私はプレンティス侯爵に殺されたテンペスト王の弟、リチャードの娘、パトリシア・テンペストです。王家と同じゴーレム使いの魔法使いとして有名なテンペスト様の血を継ぐこちらのディーン・テンペスト様の庇護を受けて身を隠しておりました。伯父の国王陛下や王弟であった父、そして殺された多くの血族の恨みを晴らすため、そして、プレンティス侯爵家がさらに他の人々に危害を加えるのを防ぐため、このテンペスト王国に帰ってきました。テンペスト様の墓所に残されていたゴーレムを奪い、それを使ってあたかもテンペスト王家を継承したかのように偽った簒奪者、プレンティス侯爵を私は決して許しません」
パトリシアたちとアルのタガード侯爵家を救うための戦いは、プレンティス侯爵家本陣が敷かれたところからよく見える、暮れ始めた夜空に浮かぶ巨大なパトリシアとその横に立つ老人の姿を映した幻覚による演説から始まった。もちろん、その幻覚を作り出したのはアルである。以前、テンペスト騎士団との戦いでドラゴンの幻覚を作り出した祖父を彼なりに真似したのだ。
アルがリアナの提案を受けてから既に2週間が経っていた。その間にプレンティス侯爵家の騎士団は戦線を前に進め、ついにタガード侯爵家の領都を包囲するところまで進んでいた。プレンティス侯爵家騎士団は、すでに降伏した旧タガード侯爵家騎士団を吸収して2万6千、一方の領都に籠るタガード侯爵家は造反や自分の領地に籠ったままの者たちが多く、既に4千ほどの戦力にまで落ち込んでいて戦力の差は歴然となっていた。
プレンティス侯爵家騎士団はタガード侯爵家の領都の四方にある門にそれぞれ約5千の部隊を配置し、さらにその南側に本陣を敷いていた。
リアナの提案を聞いた後、結局、アルは他に良い案は思いつかず、プレンティス侯爵家の魔導士たちを今のまま好き勝手にさせておくことはできない、パトリシアのジリアンとの婚約を破棄することができるならと判断して提案を受け入れることにした。
だが、そう決めた後、実際に戦いを始めるまでにこれほど時間がかかったのは理由があった。それはリアナが戦争の準備や心理的な事柄を判断するのには長けていたものの、実際の戦争の指揮、特に戦場での動きについてそれほど詳しくなかったのである。そのため、具体的な作戦に落とし込むまでにかなり時間がかかり、予想外の事が起こりがちな屋外での野戦はうまく計画できず、比較的形が決まっている都市や砦の包囲戦に割って入る形を選択せざるを得ず、又、戦いのタイミングを図り、準備をしているうちにこれだけの時間が経ってしまったのである。
アルの作り出した幻覚の近くを、馬のついていない馬車が空の高い所から徐々に下りてきた。以前、アルがマジックバッグの倉庫区画が多くあった北の古代遺跡で見つけた空飛ぶ馬車である。操作席にはまだ効果のわからないボタンやメーターなどもあってマラキなどは不安がっていたのだが、とりあえず手での操作をすれば動かすことができ、アルとマラキとで別行動をするためには、これを使うしかないという事になったのだった。
空飛ぶ馬車は上空100メートルを切ったあたりで停止した。幻覚に驚いて動けずにいた弓の射手や魔法使いが、それを狙って矢や呪文を放つが届かない。そうこうしているうちに、前触れなくプレンティス侯爵家本陣の前、タガード侯爵家の領都がある北に向って整列していた作業ゴーレムがくるりと後ろに向き直った。そして、作業ゴーレムは目の前でゴーレムを守護するように並んでいたプレンティス侯爵家の騎士や従士たちをものともせず、プレンティス侯爵家騎士団を指揮していた騎士団長が居るテントに向かって、高く足を上げ、腕を振り回しながら進み始めた。
「我が先祖、テンペスト様が作りしゴーレムはそなたらの好きにはさせぬ。その報いを受けてもらおう。この場で抵抗を続ける者は我がゴーレムの偉大さを知ることになるだろう。テンペスト様のゴーレムと戦いたくない者は、戦場から離れるのだ。タガード侯爵家に仕えていた者はタガード侯爵家の領都に向かって、この事を告げ、タガード侯爵に許しを請うがいい。そなたらはプレンティスに騙されたのだ」
作業ゴーレムがプレンティス侯爵家の支配下を離れ、予定通りの行進を始めたのを見て、アルは幻覚でパトリシアの横に立っていた老人を前に出してそう叫ばせた。先程のパトリシアの話が聞こえていた者にはディーン・テンペストと判断されるであろう人物だ。
このディーン・テンペストというのは、アルがマラキに依頼されて、テンペストの墓所から運び出した遺体から髪を一本貰い、その安らかに眠りについているテンペストの姿を真似て動物変身呪文で作り出した架空の人物であった。ディーンという名前は、アルの祖父から借りてきた。急に呼ばれた時に、知っている名前のほうが反応しやすいだろうと考えたのである。
実際のアルは今は変身していないが、夜空に映し出しているのは幻覚なので問題はない。ちなみに幻覚の横に浮かぶ馬車に乗っているのも、作業ゴーレムの管理装置から100メートル以内の上空に近づく必要のあったマラキ・ゴーレムと、そのマラキ・ゴーレムとアルが非常時に連携をとるために念話の中継をすると志願したタバサ男爵夫人、そしてその護衛としてアルがつけた警備ゴーレムの2体であった。警備ゴーレムというのは、メヘタベル山脈でみつけた植物園らしき古代遺跡で見つけた等身大のゴーレムのことである。
アルは、2人の幻覚を消した後、釦型のマジックバッグから5体の守護ゴーレムを次々と取り出した。身長3メートルを超える巨大なその守護ゴーレムは、プレンティス侯爵家騎士団の本陣に向かって歩き出す。右手には魔法の竜巻呪文が使える杖を持っていた。この杖は以前守護ゴーレムが持っていた魔法の矢呪文が使える杖を見本にアルが改良して作り出したものである。
一方、空飛ぶ馬車は幻覚が消えると、それと同時に高度を上げつつ北に向かった。制御装置である石棺から距離を取ってしまうと指示はできなくなるのだが、プレンティス侯爵家に仕える魔導士などが飛行して空飛ぶ馬車を攻撃してくると対抗できない恐れがあるとアルが指摘し、安全を優先したのである。空飛ぶ馬車に乗っていたマラキ・ゴーレムが、最後に作業ゴーレムたちに指示したのは、その場に止まり自分を攻撃してくるものと戦えという命令であった。
アルが幻覚呪文を使いさらに守護ゴーレムを出したのは本陣の南側であった。守護ゴーレムへの細かい指示は、アルが持つグリィのアシスタント・デバイスの担当である。プレンティス侯爵騎士団の本陣はタガード侯爵家の領都の南側に陣を敷いていたので、その領都に向かって作業ゴーレムは本陣の北側に居たという事になる。これによって、プレンティス侯爵家騎士団の本陣は北の作業ゴーレムと南からの守護ゴーレム、南北に挟まれる形になった。
守護ゴーレムたちは、手に持った杖から、魔法の竜巻呪文を次々に放ち始めた。魔法の竜巻呪文の光の渦を見て、プレンティス侯爵家の本陣は恐慌状態に陥った。
元より、夜空に浮かんだパトリシア、そしてディーン・テンペストの幻覚、飛行する馬車、そして勝手に歩き始めた味方であったはずの作業ゴーレムと次々に起こる異変に動揺していたのだ。特に顕著だったのは元々タガード侯爵家に仕えていた貴族や騎士たちである。
彼らはタガード家に長く仕えていたにもかかわらず、今回の侵攻でプレンティス侯爵家の軍にゴーレムが従っているのを見て、プレンティス侯爵家に従うと決断した者たちである。パトリシアやディーンの幻覚が話した事に影響を受け、まるで目が覚めたかのように、プレンティスに騙されたと口々に叫び、私たちはテンペスト王国の民だ。ゴーレムとは戦わないと宣言してその場から逃げ出し始めた。そして、逃げ出した彼らは一斉にタガード侯爵家の領都に向かったのである。
プレンティス侯爵家の本陣と領都の間にはその南門を攻めるための陣が敷かれていた。だが、その南門の攻略を指示されていたプレンティス侯爵家の騎士団は、すぐにプレンティス侯爵家本陣を逃げ出した連中に反応できず、彼らはその陣の横を走って南門に向かっていく形となった。その中には、本陣はテンペスト様のゴーレムに襲われた。逃げろと叫んでいる者も多くいた。
それと前後して、 プレンティス侯爵家騎士団に従う形で東西南北それぞれの門を攻略する陣に配されていたテンペスト王国騎士団、タガード侯爵家、セネット伯爵家にかつて仕えていた貴族や騎士たちの元にも、プレンティス侯爵家に反旗を翻すように促すパトリシアからの手紙が手紙送信呪文によって届けられていた。もちろん、これもアルが守護ゴーレムをマジックバッグから取り出した後に送ったものだ。これは、この作戦が始まる前に、タバサ男爵夫人とリアナのアシスタント・デバイスによって、事前に旗印を見て識別し、アルの噴射呪文で大量に用意したものであった。
特に本陣の前にあった南門を攻める陣には、タガード侯爵家を裏切ったばかりの騎士たちが最前線に配置されていた。その数はプレンティス侯爵家に元から仕えていた騎士たちよりも数が多い。その彼らはパトリシアの手紙を受け取り、そして、すぐ横をかつての同僚がテンペストのゴーレムにプレンティス本陣が襲撃されたと叫びながら逃げ出して来るのを見たのである。
そして、小高いところに敷かれていた本陣の混乱、そして魔法の竜巻呪文は遠くからでもよく見えた。
「我々は騙されていた! プレンティスについたのは間違いだった。プレンティスを討つぞ!」
誰かが叫んだ。それはパトリシアからの手紙にもあった言葉であった。タガード侯爵家の領都南門を攻めるために配置されていた部隊では、その叫びを端緒として同じような声が次々と上がった。タガード侯爵家から離反し、プレンティス侯爵家の指揮下に入っていた者たちは、本陣から逃げ出して来た元同胞を組み入れ、再び旗を翻して呆然としていたプレンティス侯爵家の騎士たちを急に攻撃し始めたのだ。そして、その騒ぎは、他の門を攻めるために配備されていたプレンティス侯爵家の陣にも次々と波及していったのである。
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「やはり居たぞ! あそこだ! 金髪の小僧だ!」
遠くで声がした。
戦いがいろんなところで起こっていて、リアナが計画した通りの状況になっていた。念話で会話しているタバサ男爵夫人たちから、無事タガード侯爵家の領都に到着したとの連絡もあった。アル自身もそろそろこの場を去ったほうが良いのかなと考えていた矢先の事であった。
ゴーレムに襲わせたプレンティス侯爵家の本陣にはおよそ6千の騎士や魔導士、従士たちが居た。もちろん、今回の作戦ではある程度の人数を離反させるのが目的で、それにはかなり成功していたので、実際にゴーレムと戦っていたのはそれよりかなり少ない数ではあったが、それでもかなりの人数であった。作業ゴーレムはもちろん、魔法の竜巻呪文が使える魔道具を持たせた守護ゴーレムも当初は虚を突いて優勢に戦いを進めたものの、そのうち倒されるのは覚悟の上の作戦であった。
ゴーレムが勿体ない気もしたが、そこはパトリシア自身がタガード侯爵家、ひいてはテンペスト王国の人々を救うために必要だと判断した結果なので仕方ない。アルはもちろん状況を見ながら、ゴーレムたちが全滅してしまう前に、守護ゴーレムの細かな指示は諦めて撤退する予定であったのである。
できるだけ目立たない様にしていたつもりだったが、それでも執念深く探していた者が居たらしい。
声がした方向を見る。空を飛ぶ魔導士が3人、こちらを指さしている。まだ距離は100メートル以上ある。だが、その声でアルの存在は他にも知られてしまっただろう。
「やばっ、逃げないと……」
アルは周囲を見回しながら宙に浮かび上がった。タバサ男爵夫人に自分が見つかってしまった事を念話で、パトリシアには契りの指輪の念話を使って伝える。もちろん飛行呪文や盾呪文といった戦うための準備は十分しているが、敵が何人くるかわからないのに、正面切って戦うような事は出来ない。そのまま低空飛行で領都とは反対方向、南に向かって一目散に飛ぶことにしたのだった。
“アル様、お気を付けて”
研究塔でドリスと寂しく留守を守らされているパトリシアからは祈る様な声の念話が届く。ここで捕捉される訳にはいかない。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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