24-8 商業都市アディー
書籍4巻、コミックス3巻のお知らせをあとがきに書きました。そちらもご一読ください。よろしくお願いします。
アル達が居るのは東谷関城から西に30キロほど進んだ山の中腹であった。日は少し傾き始めている。北側には展望が開けており、直径500メートルほどの円形の城壁に囲われた都市、商業都市アディーと、その周囲に陣を敷いている騎士団の姿が見えた。商業都市アディーというのは東谷関城からタガード侯爵の領都に至る街道のほぼ中間地点である。知覚強化呪文を使い、それらの様子を細かく観察すると、商業都市アディーの城門にはタガード家の旗が、それを囲むように野営している騎士団はプレンティス侯爵家の旗が掲げられているのが識別できた。
「ようやく東谷関城を落としたプレンティス侯爵家の騎士団に追いついたってことですか?」
「そうだな……こんなに早く、こんな所まで攻め込まれてしまっているとは」
アルの問いにビンセント子爵は悔しそうな表情を浮かべて答えた。
まだ明けやらぬ東谷関城の上空を抜けてから10時間程経過しただろうか。ここに至るまでの間、アルたちはタガード侯爵家の領都に向かう街道に沿って存在する街や都市について情報を集めながら移動して来た。特に東谷関城を抜けたすぐのところにある街では、アルがそうせざるを得ないのではないかと想像していたとおり、一人で潜入しての聞き込み調査を行ったりもした。
その結果、今回の侵攻について色々とわかってきた。まず、東谷関城が落城したのはおよそ2週間前らしかった。そこからプレンティス侯爵家の騎士団はほとんど休むことなく侵攻を始めている。彼らの先頭には10体ほどの巨大なゴーレムがいて、それを見て敵わないと判断したのか、タガード家に仕える騎士団、衛兵隊の騎士たちはほとんど抵抗せずに街を明け渡し、後退を繰り返していたようだった。
プレンティス侯爵家騎士団が2週間でいくつかの街を陥落させ、周囲の村や町を支配下に置いて30キロ侵攻してきた事が早いのか遅いのか、アルには全く判断が付かない。だが、この侵攻でゴーレムが先頭に居る事が重要な役割を果たしたのだろうとは推測できた。
「どうします? ここは放置してタガード侯爵の領都に向かいます? それとも、状況を報告しにセオドア殿下の所に帰ります? 一応手紙送信呪文は使えます。もちろんここから殿下の陣に手紙を送るのは無理ですが、タガード侯爵の領都なら届くと思います。とは言え、どこに手紙を送って良いのかはよくわかりません」
以前の使節団に同行した際にアルはタガード侯爵の居城には一応入ったものの、それはセレナの護衛としてであったので、外交使節の歓迎式典には参加せずに従者用の詰め所を利用した程度だった。そのため、手紙を送るにふさわしい場所は見当がつかなかった。記憶があって、送ることが出来そうなのは使節団が利用した宿屋か、あとは呪文の書を探して歩いた下町の店、兄の訓練に付き合わされて行った衛兵の訓練所だろうか。どこに手紙を送付したとしても、きちんと届くのかどうかは不安である。
ビンセント子爵も腕を組んで少し考え込む。
「タガード侯爵とこの状態で極秘裏にお会いしても、我々から提案できることはほとんどない。お互いの距離が遠すぎて、援軍を送ることすら難しいからな。精々、いままで調べてきた情報をお伝えするぐらいか。ここまでの状況となってしまえば、我々ができるだけ早くセネット伯爵領を奪還することで間接的に援護となることを祈るしかない。まさかあの関城が落ちているとは……」
「ということは、手紙だけ送って帰ります?」
アルの提案にビンセント子爵はため息をついた後、力なく首を振った。
「いや、ここまで来たのだ。面会を申し出よう。旧セネット伯爵領の奪還は急ぐが、1時間、2時間遅れたところでそこは大きな問題にはならぬ。そなたの飛行呪文ならそれほど時間はかからぬのではないか? 第一、昨夜もそなたには寝ずに飛んでもらった。タガード侯爵家の領都で少しは仮眠をとってもらわねばな」
今居るところからタガード侯爵家の領都までは30キロ、1時間はかからないぐらいか。今から出発すれば完全に日が落ちる前に到着できるだろう。そんな事を考えていると、アルの魔法発見呪文に反応が出た。それも2つ。見晴らしのいい北側ではなく、山の頂上側、木々の葉で見通すことのできない南側である。その反応が出た後、一つはすぐに来た方向に戻り始めて消えたが、もう一つは近づいて来た。
「見つかったかもしれません。敵か味方かはわかりません。とりあえず椅子に」
アルは3人にそう告げ、浮遊眼の眼を上昇させた。15メートルほどで繁茂している枝葉を抜けた。すると、そこにはもう10メートルほどの距離で、飛行したままアルたちを探しているのであろう魔法使いの姿があった。さらに南を見ると、そこには、70メートルほど離れた位置からさらに南に向かって飛行している魔法使いがいた。2人共、首元には水色のスカーフを着けているが、それだけではタガード侯爵家に所属しているのか、それともプレンティス侯爵家に所属しているのか、アルには判別できない。もしかしたらノーマ伯爵のような中立勢力が調査に来ている可能性すらある。
どうするべきか。高低差があり、さらに直接にはお互いが見えていない状況なので、相対距離はわかりにくい。だが15メートル上空で10メートル離れているということは、一般的な呪文の射程距離である30メートル以内だ。いつ、枝葉を抜けて降下してきて呪文を放たれるかわからない。
気持ちは焦る。ビンセント子爵やその護衛の騎士たちはそろってビンセント子爵家の紋章の入ったタバードを身に着けているが、相手がそれで敵味方の識別ができるかは不明である。アルに至っては潜入捜査をした後なので、いつもの冒険者の恰好のままだ。
アルは、近づいてきている魔法使いを直接目視できないか、居るであろう辺りを見上げた。木の葉が濃いが。辛うじて沈みかけた太陽の光を遮る人影が識別できる程度だ。これでは魔法解除呪文などの対象として選択するのは無理である。
どうするべきかわからないまま、じっと近づいてくる魔法使いの姿を見つめる。20才前後のまだ若く痩せた男だ。着ているローブは装飾の施された立派なものである。アルは浮遊眼の眼からの情報も利用して、茂った木の葉越しに伸ばした掌で飛行している魔法使いが居るはずの位置を追う。
“3センチ下……1センチ右……1センチ上……”
グリィからの助言を受けアルは悩みながらも照準をつけ続けた。どうすべきだろうか。相手は魔法発見呪文で存在には気づいているはずだが、まだこちらと同様、向こうもアルたちの姿を目視では捉えていないだろう。
本来、魔法の矢呪文では、魔法解除呪文などの対象と同じで人影を利用しては撃てない。そういう意味では狙いをつけて呪文が使えるアルに一応のアドバンテージはある。今、撃てば倒せるかもしれない。しかし敵味方がわからない状態で撃つのは躊躇われる。
いや、ここは戦場だ。シルヴェスター王国の魔法使いはここには来ていないだろう。プレンティス侯爵家の魔法使いの可能性は高い気がする。生き残ることを優先すれば問答無用で倒すべきか。
その時、魔法使いの胸元にきらりとブローチが光った。アザミらしい花とグリフィンをあしらった紋章。
“アザミとグリフィン! プレンティス侯爵家の紋章よ”
『魔法の衝撃波』
リアナのささやき、その次の瞬間にはアルの掌から、大量の青白い礫の奔流があふれ出した。生い茂る木の梢を容易に引き裂く。向こうに驚きに目を見開いた魔法使いが見えた。最初は盾呪文のものらしき六角の光が3つか4つ浮かんだが、それもすぐに失せ、魔法使いの身体を奔流が包み込む。
「うぎゃぎゃぎゃぁ」
悲鳴を上げる魔法使い。しかしすぐにその悲鳴も途絶え、魔法使いはどさっと地に落ち力なく転がった。
素早く、アルはその倒れた魔法使いに近づく。死んでいた。魔法感知呪文に反応する短剣を身に着けていたが、他に反応するものはない。身にまとうローブの胸元に、アザミとグリフィンをあしらった紋章と“1-2-1”という文字が刻まれた銀製らしい徽章をつけているのを確認する。
「プレンティス侯爵家ですよね」
「うむ。これはプレンティス侯爵家の紋章だ。よく知っていたな。それが刻まれた徽章をつけているということは、プレンティス侯爵家の魔導士ということだろう。1-2-1は所属か身分を現すのだろうな」
ビンセント子爵の答えを聞いてアルは不思議に思った。今まで、何度もプレンティス家の魔導士と戦ってきたが、このようなものをつけている者は居なかった。どうして、この男は徽章をつけているのだろう。アルの質問にビンセント子爵は苦笑いを浮かべる。
「今までは潜入任務の者ばかりを相手にしていたのだろう? それならつけていなくても当然だ。逆にここは戦場だからな。身分を証明するために着けているのだろう。私も水色のスカーフの意味はよくわからないが、これも我々が身に着けているタバードの代わりのものだろう。これも所属を現しているかもしれない。死体を運ぶのは無理だろうが、倒した証として、徽章とスカーフは貰っておくといい。後でタガード家の者にみせれば詳細がわかるだろう」
そういうものかとアルは頷いた。自らの所属を明確にすることで不安を感じてしまう気持ちもあるのだが、それはまだ甘さを残しているという事かもしれない。味方と証明できなければ殺されることもある。アルも状況次第でそんな判断を下さざるを得なかったかもしれない。それも戦場の冷徹な一面なのだろう。
もう一人の魔法使いはと思い浮遊眼の眼に注意を移すと、その魔法使いはすでに200メートル以上離れたところを今度は東に向かって飛んでいた。魔法の衝撃波の噴出を彼が見ていたかはわからない。もし見ていなかったとすれば、ここに戻って来たとしてもアルの放った魔法の衝撃波呪文の痕跡は、折れた枝とすこし開いた空間として残っているだけだ。意識して見なければわからないだろう。
「話には聞いていたが、実際に見ると、それ以上に君の魔法は凄まじいな」
アルは一旦首を傾げた後、ビンセント子爵をじっと見て、首を振る。
「不意を打てただけです。向こうがもっと容赦なく攻撃してきていれば、倒されていたのはこちらかもしれません」
もし、ヴェール卿ならこんな安易に30メートル以内には近づいてこないだろう。そして、もっとひりひりするような先制争いとなっていたはずだ。
徽章とスカーフ、そして魔法発見呪文に反応する短剣を回収し、死体には落ち葉をかぶせておく。すぐに野生動物が見つけてしまうかもしれないが、地面に埋めるほどの時間を割くことはできない。幸い、タガード侯爵領内で蛮族の姿をみていないのでそれだけは救いだ。きちんと埋葬できないことを名も知らぬ魔導士の死体に心の中で謝りながら、アルはビンセント子爵たちを後ろに乗せて、その場からタガード侯爵家の領都に向かって飛び立ったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
TOブックス公式ページでご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、書籍版第4巻、コミックス第3巻の発売日が決まりました!
共に9月15日です。
恒例の巻末書き下ろしSSでは、研究塔にずっと暮らすパトリシアとアルとのある一日のお話を書かせていただきました。
TOオンラインストア特典としては、怪我が治った後のオーソンの冒険譚のSS、電子特典として、魔道具屋ララの一日を切り取ったSSをそれぞれつけさせていただいております。
また、今回はbookwalkerさんの限定SSもあります。こちらは、研究塔での事件を書かせていただきました。
アルや周りの人たちの知られていない一面を覗き見ることのできる楽しいお話となっていると自負しています。是非入手してくださいませ。
尚、コミックスについては今の所電子版のみとなりましたが、こちらに私も協力させていただき、それに載せるSSを現在進行形(!)で執筆中です。
今の所、コミカライズ9話で国境都市パーカーに旅立ったマドックとナイジェラのお話……になると思います。
どちらも楽しみにしてくださいませ。
尚、ノベル5巻も現在、企画進行中です。応援の程、引き続きよろしくお願いします。
冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第1巻~ 第3巻 発売中です。
山﨑と子先生のコミカライズは コミックス1巻、2巻 発売中
Webで第14話②が公開中です。
https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730




