24-7 東谷関城
アルはビンセント子爵とその配下の二人を運搬呪文で作った椅子に乗せ、東谷関城の近くまでやって来ていた。東の空は少し白み始めていたが、まだ太陽は世界を明るく照らすところまでにはなっていなかった。
「そろそろ、東谷関城です。高度を下げますね」
アルはそう告げながら、以前、使節団の一員として来た時、谷底にある街道から谷全体を完全にふさぐ形に作られた巨大な城壁を見上げ、そのスケールの大きさに驚いたことを思いだした。
「空からの風景はまた違うのだろうな」
ビンセント子爵はそう返す。彼もアルと同じように、空から見る風景を楽しみにしている雰囲気であった。6時間ほどの飛行の間、アルとビンセント子爵、配下の二人とは眠気覚ましにいろいろと話をし、かなり親しくなっていた。彼の家はシルヴェスター王国の建国の頃から王家に仕える一族であったらしい。今回、配下として連れてきた二人についてもずっとビンセント子爵家に仕えている騎士の家系ということだった。
「そうですね。一応、いくつか呪文をかけておきますね。受け入れてください」
アルは知覚強化呪文で暗視と遠視の効果を与える他に、万が一に備えて盾呪文と魔法抵抗呪文を使っておく。連絡が途切れているということなので、どこかにプレンティス侯爵の勢力が潜んでいる可能性もあるのだ。
準備をしたアルは徐々に高度を下げ始めた。直接タガード侯爵家の領都を訪れるという事も出来ないわけではないが、タガード侯爵領の入り口を守る南峠関城か東谷関城のどちらかを訪れて、訪問を告げるのが良いだろうというのがビンセント子爵の判断であった。依頼される立場のアルにとっては、それに異論はなかった。
だが、徐々に高度を下げ、東谷関城がみえてくると、その巨大な城壁にいくつか崩れている箇所があるのがわかった。いちばん大きく崩れている箇所は幅10メートルにも及び、城壁の通路も失われて城壁には完全に穴が空いていた。地震でもあったのだろうか。街道が通る巨大な門あたりには野営地となっていて、人が歩いているのがちらほら見えるが、城壁の上には誰の姿もなく、真っ暗だ。
「これはどうしたのだ。このような……」
ビンセント子爵はその惨状に絶句した。アルは周囲を見回す。今はまだ辺りが暗いので見つけられることはないだろうが、日が昇り始めると容易に見つけられてしまう事になる。移動を続けるのなら、もっと高いところを飛ぶようにするか、或いは地面すれすれを飛ぶ必要があるだろう。
“谷底の街道近くの野営地の旗、前に来た時と違う気がするわ。”
グリィの発見をビンセント子爵に伝える。彼はじっと目を凝らす。
「あれは、プレンティス侯爵家の騎士団の旗だ。東谷関城は落ちたのか」
石軟化呪文と金属軟化呪文を駆使して作られた巨大な城、関城。使節団として通り抜けた時には、その巨大さに感心し、タガード侯爵家は安泰だろうと思ったものだ。
壊せるとすれば……思いつくのは有名な隕石 呪文ぐらいだ。プレンティス侯爵家にはそれに類する呪文の使い手が居るのだろか。
「どうします? 城壁の崩れたところを調べます? 後は、南峠関城に行くか、このままタガード領都に向かいますか?」
アルの問いにビンセント子爵は顎に手をやってすこし考えた。
「できれば城壁をどうやって壊したのか調べたい。見つからずに調べることができそうなところはあるか? そして、その後は直接タガード領都に向かう事にする。途中でできればタガード侯爵とプレンティス侯爵との戦いの状況を調べておきたいところだが、それは状況次第だ」
アルは頷いた。アルとしても、どうやって城壁を壊したのかは興味がある。敵にその呪文の使い手がいるかもしれないのだ。
「わかりました。人が居なさそうなところを探します」
残念ながら城壁に穴が開いている所には、大なり小なり見張りが居るようだった。だが、いくつか穴は開いていないものの交戦した痕跡が残っている場所があった。そこには見張りも居ないようだ。ビンセント子爵の了承を得て、アルはその近くに降下した。
「気を付けてくださいね。極力静かにお願いします」
どうしても金属鎧は音がする。あまり派手に動くと、気付かれるかもしれない。運搬の椅子から飛び降りて周囲を警戒している騎士にアルは声を潜めて注意を促した。2人は慌てた様子で何度も頷く。
アルたちは城壁の側に残る痕跡に近づいていった。そして、そこにあったのは上から落とされたのであろう巨大な岩が積み上げられた小山であった。割れた痕跡もあるので、元はもっと大きいものだったに違いない。石軟化呪文を使えば、小さな石を固めて大きな岩にすることも出来る。それを城壁の上で行い、攻めてくる相手を狙って落としたにちがいない。ということは、この岩の小山の下には、それに潰された騎士たちの死体があるのだろう。
そして、城壁の表面、高さ2メートルのあたりには石軟化呪文を使ったような、石の表面がざらざらになった痕跡があった。ざらざらになっているということは魔道具か、或いは熟練度があまり高くない魔法使いが呪文を使ったことを意味している。呪文を使い、粘土のように柔らかくなった城壁に道具をつかって穴をあけようとして、その手前で落下してきた岩に押しつぶされたという感じだろうか。
しかし、この城壁の圧倒的質量は、この間壊したユージン子爵の別荘の壁とは全くレベルが違う。石軟化呪文と金属軟化呪文をある程度習熟したアルですら完全に穴を開けるには何度も呪文を繰り返す必要があるだろう。さらに、呪文を使うためには城壁に近づく必要があるのだ。その両方を考えると、交戦中の城壁をこのような方法で崩すというのはかなりの難易度であったはずだ。だが、この痕跡があるということはそれを何らかの方法で行ったという事だろう。
岩の下には魔法発見呪文の反応が2つ残っていた。石軟化呪文が使える魔道具だろうか。
「岩をどかしてみても良いですか?」
アルは自分の推測を述べた後、そう言ってみた。石軟化呪文はチャニング村の鉄鉱山にある砦を作った際にかなり練習をして熟練度が上がっている。これぐらいの岩なら10分ぐらいでなんとかどかすことができるだろう。ただし、それをすれば誰かがここに居たということがわかってしまうかもしれない。そして、ここに死体が残っているとすれば、隠蔽のために死体の上に岩を戻すわけにもいかなくなる。
「本来であれば城壁に近づく前に弓などで射られて、ここまでは近づけないはず……。どうやって近づいたのか調べたいというのか」
「はい。それに魔法使いや魔道具の使い手を倒すのに、巨大な岩を落とすような方法をとる必要もあまり考えられません。弓や長距離魔法の矢呪文が通じないような巨大な金属製の盾か、あるいは馬車に金属の板を張ったのかもしれない。城壁の上からここまでは30メートル以上あるので、貫通する槍呪文は届かないでしょう。そのようなものが何もなければ、何かの呪文という可能性もあります」
ビンセント子爵はため息をつき、仕方ないと言った様子で頷く。
「わかった。やってみてくれ」
アルは手早く石軟化呪文を使い、岩の山の形を変えて横に動かしていく。そして、そこから出てきたのは、すべすべの陶器のかけらのようなものであった。そのかけらを見て、アルはなんとなく見覚えがある感じがした。ゴーレムの一部……ではないだろうか?
アルは急いでそのかけらから繋がる位置の岩を取り除いていく。死体は出て来こない。その代わりに、完全に形が残った腕の部分のパーツが見つかった。
「ゴーレムだ……」
アルは思わず呟く。その腕のパーツは人間のものよりかなり大きい。ゴーレムであれば、弓を撃って倒そうとしても、簡単には倒すことはできないだろう。岩を落として破壊するという手法をとったとしても頷ける。他に開いた城壁の穴は、うまくゴーレムを壊すことができず、崩されてしまったということか。もしそうだとしたら、いったい何体のゴーレムが駆使されたのだろうか。
それよりもまず、プレンティス侯爵家はこの強固な東谷関城を落とすのに、どこからゴーレムを連れてきたのか。たしか、テンペスト王国の王城の地下にはゴーレムが待機していて、王家であればそれに命令ができるのだという。まさかそれが使えるようになったのか。いや、あれは唯一生き残った王族であるパトリシアが死亡とみなされないかぎり使えないはずだ。猶予はあと7年あるはずであった。
「ゴーレム? たしか、テンペスト王国を建国した魔法使いテンペストはゴーレム使いだったという伝承があるが、プレンティス侯爵家にもその使い手が居るのか?」
ビンセント子爵の問いに、アルは首を傾げておく。アルの知る範囲では、建国したのは魔法使いテンペストではなく、その子孫であり、そして、ゴーレムを作る呪文はテンペスト一族唯一の生き残りであるパトリシアには少なくとも伝わっていない。確信はないが、プレンティス侯爵家にも継承されてはいないだろう。継承されているのなら、もっと前から派手にゴーレムを使っているはずだ。
テンペスト王城に忍び込んで、地下のゴーレムを確認するのは可能だろうか。そんな事を考えながら岩を動かし、ゴーレムの全体像を確認していく。残骸から推察すると、身長3メートルクラスの作業ゴーレムや守護ゴーレムと似たサイズのゴーレムであった。ゴーレムの核となる魔道回路は完全に壊れてはおらず、それが魔法発見呪文に反応していた。反応のもう一つは、長さが1メートルほどの魔道具の杖で、アルが持っている石軟化と金属軟化が使える杖とよく似た形の物である。
“このゴーレムの残骸を見ると、テンペスト様が作られたオリジナルタイプで、作業ゴーレムと呼ばれていたものの可能性が高いですね”
「えっ?」
「ん? どうした?」
リアナの説明に対してアルが思わず発した言葉に、ビンセント子爵が不思議そうに問うてきた。リアナの声は周囲には聞こえないのだから、この反応もある意味仕方ないといえる。しかし、テンペストが作ったオリジナルタイプ? テンペスト王城の地下に収容されている部族の危機に荷物を運んだというゴーレムではないのか? いや、テンペストが亡くなった後でも、彼が作ったゴーレムが使われなくなったわけではないだろう。もしかしたら、研究塔と同じように他にもテンペストが残した遺跡があるのかもしれない。
「この杖と魔道回路は僕の方で回収して調べてもいいでしょうか?」
「何か気になる所があるのか?」
アルはにっこりと笑う。
「ゴーレムの魔道回路ですよ? 調べてみたいに決まっているじゃないですか」
アルの反応にビンセント子爵は苦笑を浮かべた。
「そうだったな。わかった。許そう。どうせ、我々は運んでもらっている立場であるしな。ただ、わかったことがあれば、教えてもらいたい。ゴーレムについては、コールとやらに聞いてみても何かわかる事があるかもしれんな。帰ったらパーカー子爵に手紙を出すことにしよう」
「そうですね」
アル自身も、魔道回路をいつもの大きな背負い袋に詰め込むように見せて釦型のマジックバッグにこっそりしまい込み(魔道具の杖の方は長かったので、飛び出した形で持たざるを得なかった)、石軟化呪文で何もなかったかのように偽装をしながら、契りの指輪を使ってパトリシアに念話でこの事を伝え、マラキ・ゴーレムに尋ねておいてもらうようにしておく。
「では完全に夜が明ける前に、空から関城は抜けてしまおう。タガード侯爵家の領都も心配だ。最悪の場合、3週間ほど前に関城は落ちていた可能性がある。単なる情報遮断だと考えていたが、この状況だとすると、レイン辺境伯家のクーデターは我々の足止めのためで、その間にタガード侯爵家を一気に潰す作戦の可能性もあるな。できれば途中で情報を集めたいところだが、果たしてどうするか。とりあえずはアルフレッド。前回使節団として来た時に泊まった街があっただろう。そこに向かってくれないか。その近くで目立たない場所を探してほしい」
「はい」
行った事のある所ならグリィに聞けば座標は判るだろう。しかし、街に潜入となると、この三人の恰好は無理がありそうな気がする。着替えようとしても一般人の服装は持っていないだろう。最悪、今着ている従士服は着替えて、一人で行くしかないかな……。そんな事を考えながら、アルは3人をふたたび運搬の椅子に乗せ、飛び立ったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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