23-13 救出 続き
「ユージン子爵閣下の別荘に対してこんな襲撃を行うとは、レビ商会はどういうつもりなのだ? まだ逮捕という形で穏便に済ませようとしていたのだぞ。謀反でもたくらむつもりか」
剣を突き付けられ、両手を上げたまま、ブルックはレジナルドを睨みつけた。
「何を言ってる。プレンティス侯爵家に通じ、辺境伯家を乗っ取ったユージン子爵こそ謀反人だ。我々はそれに抗っているまで。状況はすでにパーカー子爵閣下も御存じだ。釈明はセオドア殿下にするがいい」
レジナルドがそう言い返す。横でロングボウを持っていた男が驚きに目を見開いてブルックの顔を見た。男の胸元には白い小さな盾を象ったペンダントが揺れている。傭兵団、輝ける盾のメンバーなのだろう。
「出鱈目を言うな。この犯罪人がっ」
ブルックはそう言い返すが、狼狽しているのかその声は少し裏返っていた。
アルは確かめるように肩を回してみた。すこし痛みはあるものの大丈夫そうだ。オーソンをちらりと見る。彼の左腕も大事はなかったのか、顔はしかめつつも軽く振って大丈夫だと身振りで返してくれた。レジナルドと一緒に出てきた2人がオーソンからロープを受け取り降伏した3人を縛り上げ始める。
「レジナルドさん、レビ会頭は?」
アルの問いに、レジナルドはにっこりと微笑んで頷いた。
「今、内側から鍵開けを試みているが、もうすぐ開くだろう。上手なやつが居るんだよ」
アルが穴を開けたのはレビ商会の傭兵団たちが入れられている部屋の壁であった。彼らに武器や鍵開け道具を渡すのが一番戦力になるという判断である。本当なら続けてレビ会頭が囚われている部屋の壁にも穴を開けるつもりだったのだが、その前に襲撃をされてしまったのだ。今となれば呪文を使わずに済むのならそれに越したことはない。
「よしっ、開いたぞ!」
屋敷の方で雄たけびのようなものが聞こえた。鍵が開いたのか、それともレビ会頭の救出まで出来たのだろうか。降伏した三人の武装解除と拘束が終わり、レジナルドがレビ会頭たちの様子を見に行くつもりなのか、先ほど開けた穴にまた戻っていった。拘束した3人をレジナルドが連れてきた2人に任せ、アルとオーソンもその後に続く。
壁に開けた穴を潜り抜けた先は石がむき出しの天井、床、壁。不潔な臭いを放っているバケツと藁が敷き詰められた部屋だった。これをみただけで、レビ商会の傭兵たちがどのような扱いをされていたのかおおよそ察しがつく。部屋の西側、開いたままの鉄格子の扉のところに人が居た。アルも知っている男だ。もちろんレビ商会の傭兵団の一員である。その奥、廊下の左側からは戦っているような音が聞こえてきていた。
「レジナルド、アルたちはもう大丈夫か……って、アル?! それにオーソンも。 よかった。来てくれてありがとうな」
彼はアルとオーソンの顔を見て嬉しそうに笑った。
「こっちはどうだ?」
レジナルドが尋ねるとその男は首を振る。
「会頭が閉じ込められている部屋の鍵はもうすぐ開くはずだ。そうすれば、こっちに逃げてきてもらう。もし、そっちが片付いたって事なら建物の入り口側にまわってくれ! こっちは鉄格子越しだからな。会頭の安全が優先だからそっちに回す余力がない」
「わかった。向こうはもうブルックも降参した。皆にそう伝えてくれ。俺は外から回る。アルやオーソンもいけるなら頼む。呪文は無理に使わなくていいぞ」
レジナルドはそう言い置いて、再び壁の穴から外に出ていった。アルとオーソンも後を追う。怪我をしたところは少し引っかかる感じはするが、おそらく大丈夫だろう。建物の扉をレジナルドが勢いよく開けた。部屋の中はレビ会頭に聞いていた通りの小部屋だ。男たちが5人ほどいて、鉄格子となっている扉を挟んでレビ商会の傭兵たちと戦っているが、扉が急に開きぎょっとした顔でレジナルドの方を見た。
「あきらめて降参しろ。もうブルックは縛り上げたぞ」
「ばかなっ」
5人は激高した様子で鉄格子から剣を突き出していたレビ商会の傭兵たちを放り出してレジナルドに襲い掛かって来た。レジナルドは部屋の中に一歩踏み込んで、先頭の男の武器を手に持った剣で弾く。続いてオーソンが部屋の中に入った。さすがに怪我をした左腕では武器は使えないらしく、いつも使っている槍ではなく剣だが、それでもうまく相手の攻撃をいなし戦っている。逆に狭い部屋の中ではこのほうが良いのかもしれない。
レジナルド、オーソンの2人に対して向こうは5人だ。呪文で援護した方が良いだろうか。アルが少し迷っている間に、レジナルドが敵一人の腕に斬りつけた。相手は武器をとりおとす。勢いのままレジナルドはその男を左にいた別の男に向かって蹴り飛ばした。その男は倒れ込み、倒れ込まれた左の男も慌てて避けようとする。その隙を逃さず、オーソンがそいつを斬り下げた。うぎゃぁと叫び、その男はそのまま仰向けに倒れる。
「やるな」
「お前こそ」
レジナルドとオーソンがそんなやり取りをかわしてにやりと笑った。アルは呪文を使って手伝わなくても大丈夫そうだと判断し、彼らが戦っている横をすりぬけて鉄格子となっている扉ではなく、もう一つの扉に向かう。扉を開けるとそこには椅子とテーブルがあり、壁には鍵束がかかっていた。
「やっぱり!」
鍵を管理している見張りの詰め所かなにかではないかというレビ会頭の予想通りだ。アルはそれを急いでとり、扉の向こうで内側から鍵開けをしようとしている顔見知りのレビ商会の傭兵に放り投げる。
「アル! ありがとよ」
さっと投げられた鍵束を受け取ると、男はすぐに鍵穴に鍵を差し込む。1つ目は外れ、2つ目を試したところでカチャリと音を立てて扉が開いた。中からレビ商会の傭兵たちが飛び出してくる。彼らはレジナルド、オーソンと戦っていた男に背後から斬りかかったのだった。
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そこからは、もう完全に形勢は逆転した。ブルックがすでに降伏していることもあり、屋敷に残っていた傭兵連中と屋敷で働いていた使用人たちはほとんど抵抗せずに降伏勧告を受け入れた。石塀の上に居た見張りはとっくにブレンダに倒されていた。
「レジナルド、ブレンダ、ご苦労だった。アル君、オーソン君ありがとう。この礼はきっと……」
監禁されていた部屋から救い出されたレビ会頭は、他の使用人たちに支えてもらいながら深々と頭を下げて礼を言った。
「酷い目に遭われましたね。大丈夫ですか? 礼……といわれても、レビ会頭も僕と同じ被害者ですし……」
きっとレビ商会は本店と領都の店の両方が差し押さえられていて、1年ほど前に開店したばかりのパーカーの支店のみという状況になっているはずだ。いままでたくさんの報酬はもらってきているが、今回は貰うのが心苦しい。それよりもあのコールとかいう男が持っていた呪文の書を貰う手段はないだろうか?
「その通りだ。場合によってではあるが、礼は私の方からセオドア王子に口添えしよう。それよりもレビ会頭、詳しく状況を教えてもらえるか?」
アルが妄想していると、壮年の男性が声をかけてきた。見るからに貴族とわかる服を身に着けている。だが、その服はかなり汚れており、異臭も漂っていた。彼の後ろにはアルは知らない20人ほどの貴族や騎士と思われる男性たちも一緒にいる。
「モーガン子爵閣下」
レビ会頭はあわてた様子で男性に向き直りその場に膝をついた。頭を下げる。モーガン子爵の後ろに居るのは一緒に捕まっていた人たちだろう。アルとレジナルド、ブレンダたちも一斉に膝をついて頭を下げる。
「身に覚えのない罪で拘束されたかと思えば、身柄をここに移された。部屋は急拵えで、家具も満足に無いという酷い扱いだ。少しぐらい聞いても良いだろう」
モーガン子爵の問いにレビ会頭は躊躇いがちに首を振る。
「私も捕らえられていて、あまり情報は持っていないのです。憶測で話すには事が重大ですし、もうすこし確認をしてからでないと何とも……」
「そう言うな。ユージンが何かしておるのは判っている。あれの父も野心家だった。今回の辺境伯が倒れられたのも病気などではなく、あやつが毒を盛ったのではないのか? そして、我々を拘束したのは王国本土に近い領地を持つ我々の動きを封じて、その間に傀儡としたストラウドの地位を固めようとしているといったあたりではないのか?」
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