22-4 騎士団宿舎 前編
「えっとね、いくつか方法が有るんだけど、例えば動物変身っていう呪文で小鳥に変身して中に潜り込めないか調べるのはどうかな」
絶対に調査など無理だろうとルエラは考えていたようだったが、そうアルが提案すると不思議そうな表情を浮かべた。アルはこの呪文で動物や鳥、人間にも変身できるのだと説明をした。問題として服は脱がないといけない事、魔法発見呪文で見破られてしまう事なども併せて話をする。移送呪文を使う事によって一つ目の問題は実は解決出来ているのだがそれは言わずにおく。
「なるほど、そんな呪文があるのね。でも小鳥って……ネズミ対策で猫とか飼っていたりするところは多いじゃない?そっちは大丈夫なの?」
「うん、それが一番の問題かもしれない。でも、騎士団宿舎にも中庭があったはずだから、そこで逆に猫に変身し直せば大丈夫かな」
ルエラは首を振った。魔法発見呪文の機能を備えた警戒装置を広い宿舎で漏れなく置くにはかなりの数が必要だ。実際、エリックの邸宅でもエリック自身の寝室や呪文の書などの大事なものが置かれている倉庫をカバーしているだけに過ぎなかった。宿舎でもせいぜい出入口と重要箇所程度だろう。アルとしては行けそうな気がするのだが、それでも不安らしい。説得するのは後回しにしてアルはもう一つの案を説明し始めた。
「じゃぁ、宿舎の外側から念話呪文でレビ会頭に呼びかけてみるっていうのはどうかな。有効距離は1キロメートル位だからある程度近づかないとだめだけど、魔法発見呪文は念話を受ける分には反応しないから、もし範囲内に居ればつながるんだ」
「近づかないといけないんでしょ? 宿舎は領都を囲む城壁の中よ? そこまでそれも小鳥で行くの?」
「動物変身呪文の動物には人間も含まれるんだよ。つまり別人に変身できるんだ。これもやっぱり小鳥の時と同じような問題は発生するんだけどね。一度変身してみせるね」
そう言って、アルはケーンに変身した。
「えっ? もしかしてケーン?? あまり似てないけど……」
「あれ? そう? 本人はそっくりだと言ってたんだけどな。じゃぁ、もう一回」
人間にきちんと変身できるのか。以前、村長に変身したプレンティス侯爵家の魔法使いの犯行について、報告書を書く必要があるので手伝ってほしいとケーンに頼まれた際に、ケーンを実験台にさせてもらっていろいろと試したのだ。その際に二人で話しながらケーン自身がそっくりと言った姿に変身したのだが、ルエラからするとそれほど似ていなかったらしい。
動物変身呪文で変身するためには、変身する対象の肉体の一部としっかりと見た記憶が必要なのだが、その時に検証した範囲では人間に変身した際には髪の色や肌の色は肉体の一部から得られた情報で左右され、身長や体重などは記憶を元に形作られるようだった。ただし、しっかりと見ていたとしても記憶は曖昧なものらしく、本人にもっと身長があるとかいろいろ言われると、それに左右されて変身結果は変わってくるのだ。
「これでどう?」
「わっ、そうそう、こんな感じ。よく似ているわ」
ケーンの意見を一旦忘れ、自分の記憶だけで変身してみると、ルエラの記憶とはさほど変わらない姿になったらしい。もちろんホクロや怪我の痕がアルの知らないところに有ったとしてもそこまでは再現されない。
「この姿なら大丈夫でしょ?」
「そうね……。ああ、でもケーン自身が手配されているかもしれないわ。最初の似て無い方になったほうがいいかもね。でも、都市の正門では魔法発見呪文でのチェックはされているんじゃないの?」
「領都の正門には警備用の魔道具は設置されてないよ。毎日、何人の人が通ると思ってるんだい? 冒険者なら一つぐらい魔道具を持ってても不思議じゃない。いちいち全員をチェックなんてできないからね。レビ会頭もいくつもの魔道具を持ってたけど、何も言われたことはないでしょう?」
「そう言えばそっか」
こっちの作戦ならルエラも少し安心な様子だ。最終的な状況判断はアル自身だが、少なくともこれでアルが様子を見に行く事には反対されないだろう。
「そうだ。デズモンドさん。国境都市パーカーの御屋敷には誰か居ます?」
「うむ、ある程度の人員は置いてきた。だが、状況判断できる人間はこっちに連れてきてしまったからな。どうした?」
この状況でパーカー子爵は信用できるのだろうか?
「ルエラさんとデズモンドさんで相談して決めて欲しいのですけど、一応、今の状況を伝えたいと思われるのなら、手紙送信呪文で手紙を送る事ができます。ナレシュ様に伝えるべきなのか、パーカー子爵に連絡しても大丈夫なのかの判断は僕にはできないのでそちらで判断してください」
アル自身は手紙送信呪文の習得は済ませたが、熟練度からするとようやく50キロメートルぐらいが有効範囲といったところである。国境都市パーカーなら送れそうだが、チャニング村や辺境都市レスターに直接送るのは届かない。
アルの言葉にデズモンドはルエラの顔を見た。
「アル君、手紙を書くから、パーカーにあるうちの商会の屋敷に届けてくれる?」
「わかったよ。出来るだけ急いでね」
話している間に日は暮れてしまったが、まだ寝る時間には早い。のんびりしている場合ではないのだ。アルはパンと干し肉、ドライフルーツといった簡素な夕食を自分のバッグから出して食べ始める。
「じゃぁ、ルエラさんはデズモンドさんたちとしばらく待っててね。僕はちょっとエリック様たちを探しに行ってくるよ」
ルエラから手紙の束を受け取ると、アルは自分の着替えなどの入った大きなカバンを預ける。
「気を付けてください。私もついていきたいけれど、話を聞いていたら足手まといにしかならないでしょう。エリック様の事、よろしくお願いします」
暗い顔して横で聞いていたレダはそう言って頭を下げた。少し悔しそうだ。だが、それは仕方ない。こういった調査ではアルが一人で行く方が圧倒的に選べる手段が増える。
「ごめんね。吉報を待ってて。エリック様だけじゃなく、レビ会頭の行方とかもきっと……」
そういって、アルも頭を下げた。
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アルは似ていないと言われた方のケーンの恰好で辺境伯騎士団の宿舎のすぐ傍にまでやって来た。かなり頻繁に周囲を見回る男たちが居る。それも彼らには魔道具の反応があった。警戒用の魔道具かもしれない。今までの領都ではあまり行われていなかったやり方だ。アルはその巡回コースから100メートルほど距離を開け、人の気配や魔法の反応のない路地にもぐりこんだ。
そこから念話でエリックに話しかけてみる。だが、反応は無かった。続けてフィッツ、マーカス、ルーカス、念のためにレビ会頭にも試みてみる。何回か試してみたが、誰の反応もなかった。ここには、誰もいないのだろうか。
“他に話せそうな人は誰もいない?”
騎士団宿舎に誰かいるだろうか? そうか、と思い、ギュスターブ兄や兄と一緒に居るはずのオズバート、オービルと試していく。反応なし。セオドア王子は数回しか話したことが無いので無理だった。ギュスターブの同僚なども同じである。デュラン卿は反応なし。彼の従士のヒース。
“誰じゃ?”
繋がった!
“こんばんは。アルです。ギュスターブの弟、アルフレッド”
“知らんな。騙されんぞ”
念話でも信じられないといった気配がはっきりと伝わってくる。僕だと証明できるような話はあるだろうか。
“クラレンス村の奥の湯治場で鹿肉をご馳走したアルです”
“......”
返答にはしばらく間があった。
“本当にアルなのか?”
“そうです”
“なんと......そなたは早く逃げよ。重要手配になっておるのじゃぞ”
“知ってます。ちゃんと安全な所に居るので安心してください。どうしてそうなったかを調べているんです”
すこし間が開く。どうしたのだろう。
“そうか、ならば儂が判る範囲の事を話そう。ただし、危なくなったらすぐに逃げるのじゃぞ”
“はい”
そう前置きして、ヒースは彼の知る話を教えてくれた。それによると、実際に辺境伯や嫡男、セレナの三人が倒れたのは丁度二週間前、昼の三時頃だったらしい。貴族や騎士団の主だったものにはその次の日の朝、辺境伯らが急に倒れられたという話とストラウド様が辺境伯の代理を務める事が告知された。
“三人揃ってですか? おかしいですよね”
“うむ。発表は流行り病という話だったが、一緒というのは明らかにおかしい。それにストラウド様がすぐに代理という話になるのも戦争中だとはいえ判断が早すぎる。騎士団の者に話を聞くと、辺境伯領に残っている一家揃っての茶会があり、そこで三人とも急に熱を出して倒れたという話じゃった。だが、その茶会の詳しい様子を知る者はおらんかった。それを知っているのはその茶会を主催したというストラウド様本人と同席していたユージン子爵の他、一握りの者だけ。ちなみにセレナ様は茶会には出席されなかったという噂もある”
三人揃って熱を出して倒れる……? まだ食中毒ぐらいなら信ぴょう性はあっただろうが……これはわざとか?
“それを聞いてもちろん不審に思った者も多くいたはずじゃが、誰もそれを声には出さなんだ。そういう事を問いただしそうな骨のある連中は皆、デュラン様を含めて現在出陣中での。領都におったのはユージン子爵の息のかかった者が殆どじゃったからな”
“オラフ子爵や他にも貴族の方もいらっしゃったのでは?”
たしか財務担当のオラフ子爵はセレナも信頼していた様子だった。辺境伯家の周りには他にも居るのではないのだろうか
“オラフ子爵閣下は何も動かれなかった。実際の所、領都におられる子爵、男爵はその殆どが法服貴族と呼ばれる領地を持たない者ばかりじゃからな。守るべき領地、領民をもたないので、ほとんど兵力も持っておらん。せいぜい身の回りを守る者が数人いる程度じゃ。対抗する手段がなかったのじゃろうな”
“ということは、この事件はストラウド様とユージン子爵が起こしたということですか?その背後にはプレンティス侯爵家が?”
バカ子爵……あれはユージン子爵の事だったのではないのか。アルの脳裏に以前小鳥となってヴェールの手下たちが話していた光景が浮かぶ。プレンティス侯爵家は様々な工作をしてきている。偏見なのかもしれないが、アルには今回の件もそうなのではないだろうかという気がしたのだ。
“なっ?!”
しかし、アルの問いは予想外だったようでヒースは絶句した。だが、しばらくして何か腑に落ちたような声で話し始めた。
“なるほど、プレンティス侯爵家か。そうだとすると全て辻褄が合う。セオドア王子率いるテンペスト遠征軍が敗れたら辺境伯家はプレンティス侯爵家に寝返るつもりなのじゃな。今回の遠征軍にユージン子爵は参加せずに副騎士団長に任せ、自分は領都を守ると言い出したのは何故かとデュラン様と話をしておったのじゃ。あやつはいつも目立つことをしたがるのにの。セオドア王子と馬が合わぬのかなどと考えながら、念のためと儂は残ったのじゃ”
なるほど、いつもならデュラン卿と一緒に行動しているヒースが居たのはそのためか。おかげでアルとしては情報が貰えて非常に助かった。
“そして今回の騒ぎがあり、その直後、ストラウド様は衛兵隊にレビ商会を閉鎖、アルフレッド、そなたを重要手配にするようにと指示を出した。その理由はまるっきりわからなんだ、だが、もしそう言う事ならレビ商会の話はレスター子爵家を謀反に取り込むため、そしてそなたはプレンティス侯爵家の魔導士たちから目の敵にされているからじゃろう。そして、今頃は、ユージン子爵の配下の者が、遠征軍を陥れるような工作をしておるのじゃろう。”
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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