22-1 尾行
植物園らしい古代遺跡の探索を終えてから二週間ほどが経過したある日、テンペスト王国での戦争が気になって領都に戻ったアルは兄ギュスターブが借りている家から、宿屋の多い通りに向かって歩いていた。兄から状況を聞こうと立ち寄ったものの、彼が家事をしてもらうために雇っている使用人にしばらくお仕事で出かけられており、従士の方も含めて家には戻っていらっしゃいませんと言われてしまったのだ。
もちろん使用人にお願いして部屋を使わせてもらうことも出来るだろうが、彼をよく知らないアルとすれば宿屋をとったほうが気楽だ。そう判断したアルは兄と会うのは諦めて、宿屋を確保しようとしていたのである。
“ねぇ、アリュ、ずっとあの二人、後ろをついてくるんだけど”
尾行? 予想外の出来事にアルは怪訝に感じたが、たしかに浮遊眼の視界には灰色のシャツを着た長身の男とこげ茶色のシャツを着た背の低い男の怪しい二人組の姿が映っている。グリィが言うのはこの二人か。しかし、アルにはそんなことをされるような心当たりはない。
可能性があるとすればプレンティス侯爵家の者たちだろうか? しかしわざわざ尾行するような事を何かしただろうか?
何度か角を曲がって確かめてみるが、二人組はずっとついてきた。尾行されているのは確かなようだ。二人組どちらにもアルは見覚えは無い。念のため容姿は記録再生呪文を使って記録しておく。
さて、どうしたらよいか、アルは少し困った。殴り合いが得意なら待ち伏せて話を聞くなんて言う事も出来るのだろうが、アルにそこまでの自信はない。領都ではあまり親しい衛兵も居ない。冒険者ギルド、騎士団やレビ商会あたりに一応顔見知りは居るが、その人が居るか判らないし、駆け込んでも説明がしづらい。さらに尾行に気付いたことを相手に知られてしまいそうだ。
アルはそ知らぬふりで手近の宿屋に入ることにした。店の主は愛想のいい年配の男で、一人部屋は一泊銀貨10枚、食事は別料金であった。内心、結構高いなとは思ったが、値切ったり他の宿屋を廻るような気持ちにはなれない。素直に大銀貨を一枚前払いして部屋に案内してもらう。食事や湯などのサービスはと聞かれたがどっちも要らないと答えた。
部屋は2階で扉には内鍵がついていた。窓は大きく人が出入りできそうだ。念のために鍵を閉め、浮遊眼の眼を外に出してから窓の鎧戸も閉める。
窓の外の通りでは二人組の男が物陰に立って何か話をしていたが、やがてこげ茶色のシャツを着た男が小走りにその場を去っていこうとした。アルは少し迷ったものの浮遊眼の眼で去っていく男を尾行することにした。
こげ茶色のシャツを着た男はしばらく歩き、意外なことに衛兵隊の詰め所に入っていく。領都の衛兵隊詰め所……。ここは透明発見、幻覚発見、魔法発見の機能を持つ警備用の魔道具が設置されている可能性があり、その場合浮遊眼の眼の存在が気付かれてしまう。アルは少し距離を取って詰め所の様子を探った。茶色の服を着た男が入って少しして、詰め所の中が騒がしくなり、十人ほどの衛兵が詰め所を出てきた。そのうち八人はアルが部屋を取った宿屋のある方向に向かって走り出したのだった。
「どういう事? 僕何も悪い事はしてないよ?」
アルは思わずそう呟く。だが、状況からすると衛兵隊がアルを捕まえに向かってきているように見える。素直に捕まるか? いや、それは嫌だ。捕まるとしてもどういう理由なのか確認してからにしたい。そして衛兵隊とは戦ったりするわけにもいかないのでさっさと逃げ出したほうが良いだろう。
アルは浮遊眼の眼を戻しつつ急いで服を脱ぎ始めた。荷物は全て移送呪文で研究塔に確保してある倉庫区画に送り込む。準備を済ませると部屋の内鍵を開け、鎧戸も少しだけ隙間を開ける。
『動物変身』 -猫
アルは以前辺境都市レスターに居た猫の姿に変わった。窓枠にひょいと身軽に飛び上がる。道では衛兵隊らしき男たちが到着していた。魔法発見呪文に反応はないのでまだ警備用の魔道具などはないようだ。市民たちも衛兵の様子に気付いて遠巻きにして衛兵隊の様子をみている。戻って来た浮遊眼の眼は定位置である頭の後ろに乗せる。
知覚強化や肉体強化の呪文を使っておけばよかったと少し後悔した。変身したら呪文が使えなくなるが、既にかけた呪文が切れるという事はないのだ。しかし改めて動物変身を解いてかけ直すと言う時間も無さそうだ。アル(猫)はするりと二階の窓から一階の庭に下り、警戒しながら近づいていく。
「重要手配されているアルフレッド・チャニングが入ったのはこの宿か?」
「はっ」
衛兵隊の小隊長らしき男とこげ茶色のシャツを着た男がそんなやり取りをしている。重要手配?
「裏口も抑えろ、魔法使いはまだか?」
「まだです」
魔法使いまで呼んでいるのか。魔法発見呪文や魔法感知呪文を使われるとこの変身はみつかってしまう。しかし、重要手配というのはなんだ? 一体何が起こっているのか。
アル(猫)はもう少し話を聞いていたかったが、魔法発見呪文に反応が出た。魔道具ではなく呪文だが何の呪文かまではわからない。魔法使いがやってきたのかもしれない。魔法発見呪文だとすると、標準使用の有効範囲50メートルに比べてアルは55メートル、5メートルしか余裕はない。慌てて反応が近づいてくるのとは反対の方向に逃れる。
距離を取って様子を見ていると、馬車がやって来た。衛兵が三人、それに並走している。馬車は衛兵隊の小隊長がいる近くで止まり、そこから魔法使いらしいローブを身に纏った三人の男が下りてきた。態度からして一人の魔法使いと二人の弟子といった様子だ。何か話しているようだが、内容は聞こえない。だが、すぐに話はついたようで、衛兵隊とその魔法使いたちは宿に乗り込んだ。
しばらく騒ぎは続いた。市民たちも一体何をしているのだろうと囁き合っていたが、途中から、魔法を使う犯罪者が宿屋に逃げ込んだらしいという話に変わっていた。衛兵隊の誰かが市民にそう話をしたのだろう。
人違いだったらよかったのだが、そうではない。アル自身が重要手配されていることだけはわかった。市民には犯罪者として説明されている。どういうことなのだろう。
兄は仕事で出かけているという話だったが、それも怪しくなってくる。事情が聞けそうなのはレビ商会、或いはデュラン卿しか思いつかない。衛兵隊がこうなら、騎士団も同じかもしれない。まずはレビ商会に行ってみるか。
そんなことを考えていると、誰かがアル(猫)を捕まえようと手を伸ばしてきたので慌てて避けた。七、八才の汚れた服を着た男の子だ。食べようとでもしたのか、それとも単に撫でたかっただけかもしれない。グリィのペンダントがないのが心細い。
路地から積み上げられた箱を踏み台にして屋根に上る。宿に踏み込んだ衛兵隊と魔法使いたちが何か話しながら出てきた。灰色のシャツを着た男が何か問い詰められている。灰色のシャツを着た男が懸命になにか訴えているが、最後には衛兵隊の男に殴られて地面に倒れた。
これ以上見ていても仕方ないだろう。アル(猫)はレビ商会に向かって屋根の上を歩き始めた。
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