21-3 探索 前編
翌日、アルが古代遺跡が見える場所に到着したのは白々と朝日が昇るのとほぼ同時ぐらいであった。
「飛行、魔法感知、盾、浮遊眼、魔法発見、魔法抵抗、全部OK。忘れ物はないはず。大丈夫だよね」
“うん!”
グリィが元気よく答える。アルはかなりの興奮気味であった。きちんと体調を整えるつもりが、昨晩は結局ほとんど眠れず、一泊した村を出発したのはまだ暗いうちであった。テンペストの墓所、辺境都市レスターのさらに外側の古代遺跡(すでに探索済みだったが、水没部に魔道具が残っていた)、研究塔、マジックバッグの倉庫区画がある北の遺跡と続き、今回でついに五つ目の古代遺跡である。それも昨日事前に調べた範囲ではかなりの魔道具が残っているのが判っているのだ。
“おちついていこう。アリュ、せめて深呼吸!”
グリィにそう言われて、アルは深く息を吸った。ゆっくりと吐き出す。そして、改めてゆっくりと山の尾根にある古代遺跡に飛行してゆく。
アルがまず向かったのは、ケナシオオヒグマの居たドーム状の建物であった。偵察した際に発見できた一番の脅威はやはりケナシオオヒグマである。まずはそこから対処すべきだろう。建物に近づいていくと、魔法発見呪文に反応がどんどん現れてくる。かなりの数だ。だが、魔法感知呪文では反応が見えたはずの魔道具でも、魔法発見呪文の効果範囲内に入っても反応が出なかったものもある。大きな室温調整用の魔道具などはそうだ。おそらく魔力が切れているのだろう。他にも魔力が切れてしまっていると思われる魔道具もいくつかあった。そう考えると、ここの安全が確かめられた後に得られる魔道具・魔道装置の数はかなりなものになりそうである。
アルは反応を見比べながら慎重にドーム状の建物の天井の割れ目に近づいていく。そして、中をこっそりと覗き込んだ。思っていた以上に明るい? アルが感じた印象はまずそれだった。もちろん天井に穴が空いているのでそこから光が入っているのだが、それだけではない。恐る恐る中に入っていく。宙に浮かんだ状態で見渡すと、外から見た時には気づかなかったが、内側から見ると天井はうっすらと太陽の光が透けているのに気がついた。割れ目のあるあたりまで戻ってよく見ると、その上に埃がつもっていて気付かなかっただけで天井は黄色味を帯びた白っぽい半透明の素材で作られていることがわかった。触ってみると石のように固い。
分析呪文を使ってみるとソーダ石灰ガラスという結果がでてきた。以前、空飛ぶ馬車の前面に使われていた透明の板と同じである。だが、こちらのほうが見るからに透明度が低く、濁っている感じだ。たしか、分析呪文もオプションで精度を上げればもっと詳細がわかるはずだ……。
“アリュ、一つに夢中になっちゃダメよ。注意して”
アルが気になって調べようとしているとグリィの声が聞こえた。そうだった。今はのんびり調査をしている場合じゃない。あわてて周囲を見回す。ドーム内にケナシオオヒグマの姿はなかった。逃げたのか? それとも餌でも食べに出かけたのか?
ドームの中は昨日、浮遊眼呪文で調べた通りで、建物の床は一部の通路が石で舗装されている以外は普通の地面となっていて木々が生い茂っている。とは言え、さすがにあれほどの巨体が隠れるような場所はなさそうである。
壁は普通の石のようなもので作られているが、何か所かケナシオオヒグマが出入りできそうなほど大きく崩れたところがあった。調べてみるとその一つに、巨大な熊に似た足跡がのこっている。おそらくケナシオオヒグマの足跡だろう。かなり新鮮なものだ。おそらく一時間もたっていない。
アルは一旦天井の穴から出て、足跡が残っていた壁の割れ目を上空から見る。ケナシオオヒグマが風下に移動していた場合、単純に足跡を追うと臭いで追跡に気付かれて待ち伏せされる可能性もあるのだ。そのあたりは普通の獣と違って魔獣が危険なところであった。
風向きに注意しながら距離を取って追跡していく。しばらくすると、ガサゴソと木々をかき分け進むような音が前方から聞こえてきた。一体だけだろうか。念のために知覚強化をすると、着地して地面に手をつき振動を確かめる。足音は一つだ。それも大きい。距離はおよそ300メートル。足が止まった。こっちが風下のはずだが、もしかして着地したときの音に気付いたのだろうか。
激しく草木をかき分ける音、そしてアルの居るところに猛然と突進してくる足音。アルは急いで上昇した。巨大な体毛のない熊の姿が見えた。瞬く間にそれが近づいてくる。体長4メートル超、推定体重1トン超の大物が両手を広げて突進してくる姿は恐怖そのものだ。だが、上昇する速度の方が早いはず。
『素早い魔法の矢』
相手から離れるように上昇しながら牽制として呪文を放つ。だが、アルの掌から放たれた矢の形をした青白い光は、ケナシオオヒグマに命中したもののその分厚い皮に弾かれた。ケナシオオヒグマは前足を地面につき、一度身体をたわめ、一直線にアルに向かって跳ぶ。そのまま巨大なカギ爪で一閃……。
それはアルの前に展開した六角形の盾の形をした光に弾かれた。そのまま地面に落下していくケナシオオヒグマ。
『貫通する槍』
上空から真下で転がるケナシオオヒグマに向かって掌を突き出す。今度は槍の形をした青白い光はケナシオオヒグマの背中に突き刺さった。ケナシオオヒグマはグギャギャギャと叫び、そのまま地面に突っ伏した。青白い槍はすぐに消え、赤黒い血がどぷっどぷっとあふれ出て、すぐに周囲の地面に血だまりが出来た。
アルはケナシオオヒグマから手が届かない上空に浮かんで、完全に息絶えるのを待った。呼吸が途切れ死が確信できると、おもむろに保持呪文と梱包呪文をその死骸に使った。熊系の魔獣は大抵、肉も食べられるのだが、このケナシオオヒグマは特にそれも非常に美味であったと討伐記録にわざわざ補記されていた。本来なら血抜き作業をしたいところだが、さすがにこれほどのサイズの魔獣の死骸を処理するにはそれなりの設備が必要だし、何よりここはまだ安全が確認できていない。保存するための呪文をかけた死骸はひとまずマジックバッグに収めて古代遺跡の探索に戻ることにする。
天井が壊れているもう一つのドーム型の建物も状況は一つ目と似たようなものだった。唯一気になる所があるとすれば、アルがあまり見たことのない植物が多いという事ぐらいだろうか。とは言ってもこのメヘタベル山脈に詳しいわけでもないので、これが普通なのかもしれない。
回収しても問題なさそうな魔道具は、見つける度にマジックバッグに回収してゆく。どのように使うのかわからないものもあるが、その確認も後に回した。
三つ目の最後のドーム型の建物は、壁や天井は壊れていない。普通に出入口があった。三階建ての建物とどちらを先に探索するか迷ったが、ドームをまず全部確認することにした。何か罠のようなものは仕掛けられていないのか。慎重に扉を確認する。だが、それらしいものは見つからなかった。鍵がかかっているので解錠呪文を使う。
カチャリ
鍵は音を立てて外れた。運命の女神ルウドに幸運を願いながらアルはゆっくりと扉を開ける。
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