3-8 大口トカゲ納品
「悪いけどね、これ以上の買取はしばらく中止させてほしい」
リッピたちの馬車の獲物の状態を確認しながら、解体屋のコーディはそう言った。馬車の横で待っていたオーソンは苦笑しながら頷く。それも仕方ない事であった。今日、アルたちが獲物を運び込んだのはこれで3回目であったからだ。今回は3m前後が4体、2m前後が2体、1m前後が3体、その前の2回もほぼ同じ量をコーディのところに運び込んでいたのだ。
「こんなに短時間でどうやってこれだけの量を狩ってきたのだね。去年はたしか半月ぐらい大口トカゲの猟をしていたはずだけど、これだけの量にはならなかったよ」
コーディは半ばあきれ顔である。
「そいつは言えねぇな。だが、まぁ運も良かったって事だ」
「そりゃあ、そうだろうけど……さすがにこれだけ持ち込まれたら処理が追い付かず腐らせちまう。たくさんあるのは有難いけど、職人の数も限りがある。もし、来年も同じようなことをするのならもうちょっとペース配分を考えてほしい。よろしく頼むよ」
「ああ、わかった」
オーソンは肩をすくめた。今回はたまたま雨が最初に降ったためにこうなっただけだ。来年は元のやり方になるだろう。
「それと、ああ、悪いけどオーソン、君にだけお願いしたいことがあるのだ」
「俺にだけ?」
そう言われて、オーソンは一度怪訝な顔をしたが、すぐに何かを思いついたらしく、ああと呟いた。
「わかった。急ぐのか?」
オーソンは自分の足をちらりと見た。それを見てコーディはわかっているとばかりに頷いた。
「1カ月ぐらいなら余裕がある。頼めるかな」
「ああ、わかった。それならなんとかなるだろう」
とりあえずオーソンには新しい仕事ができたらしい。アルは後で聞いてみるつもりだが、おそらく教えてはくれまい。依頼主からの依頼には秘密を守らなければいけないこともある。コーディに信頼してもらえないのは残念ではあるが、まだ数回しかあったことのない相手である。仕方ない事であった。
「そういうことだ。アル、しばらくは1人でやってくれ。まぁ、今回の稼ぎはかなりになるだろうからしばらく遊んでるってのもいいかもしれねぇな」
3往復した結果、鎧代の他に、アルにはおおよそ15金貨ほどの儲けが出ていた。1ヶ月どころか、切り詰めれば半年ぐらいは暮らせるぐらいの金額である。だが、呪文の書を買うには少し足りない金額でもあった。
「わかったよ。とりあえず冒険者ギルドでも覗いてみることにする」
「ああ、それもいいかもしれねぇな」
2人は馬車が空くのを待っているリッピたちにたっぷりと報酬を払うと先にコーディの店を出た。日はすこし傾きかけていたが宿に帰って夕食を食べるには少し早い時間である。これからどうするかと話をしていると、馬車を連れた一団がちょうど帰ってきた。以前もすれちがったことのあるブレアたちである。
「オーソンか、そっちの調子はどうだ?」
今日のブレアはかなり不機嫌であった。連れている連中の何人かは傷を負っていて足を曳きずっているものも居る。彼の荷馬車には1mにも満たないサイズでそれもぼろぼろの大口トカゲが2体乗っているだけであった。
「ああ、川が増水しててな。全然捕れなかった」
オーソンは残念そうにそう答えた。アルは少し驚いたが、なにか意味があるのかと黙っている。
「へぇ、そうかい。やっぱりそうだよな」
ブレアは何故か納得した様子である。
「じゃぁ、またな」
オーソンはそっけなくそういうとさっさとブレアたちの傍を通り過ぎて行く。アルもあわててそれを追いかけ、かなり距離が離れてからどうして嘘をついたのかと尋ねた。
「どう見ても、ありゃぁかなりやられてたからな。うまく釣れなかったんだろう。怪我人が居たところを見ると複数の大口トカゲを引っ張っちまって乱戦になり逃げ出す羽目になったとかじゃねぇかな。そのあたりもちゃんと教えたんだがな。まぁ、人数は減ってなさそうだから誰が死んだとかは無さそうだった。コーディは誰から大口トカゲを買ったとか言わねぇだろうし、ああ言っておいてあいつは残念だったなって心の中で思ってるのが賢いってもんさ」
そう言って、オーソンはにやりと笑う。
「なるほどね。オーソンさんが言うのなら、まぁそれでいいよ」
アルもオーソンの答えに納得して頷いたのだった。
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「このあたりで、ララおばばっていう人を知らない?」
解体屋のコーディの店があったのは南3番街であったが、アルはオーソンと別れて、そこから郊外に向かった南4番街まで来ていた。以前カーミラというよくわからない女性に聞いた話ではこのあたりにゴミスクロールと呼ばれる非公式の呪文の書を扱っている人間が居るはずであった。実際に来てみると日干し煉瓦や粗末な木の板と布で作られた粗末な家やテントが並ぶ貧民街であった。排水路は整備されてはおらず、道の脇にはところどころでゴミが山積みとなっていてかなりの異臭を放っていた。そして、その一角では、道の脇に品物を並べたり、焚火に鍋をかけて何のスープかよくわからないものを売っている市のようなものが開かれていた。アルはそういった連中の1人に声をかけてみたのだ。
「ララおばば? 聞いたことねぇなぁ……何を売ってるやつだ?」
道端のぼろ布の上に、古びた帽子やら傷だらけの杖を並べて売っていた初老の男は首を傾げた。アルが探しているのは呪文の書であるが、魔法使いギルドがうるさいのでおおっぴらに売っているわけはなかった。
「ならいいや、じゃぁね」
残念ながら容姿も聞いていないのでそれ以上尋ねようもなかった。アルは並んだ商品を眺めながらどうするか考え、ある可能性に掛けることにした。魔道具なども扱っている可能性である。魔道具というのは、魔石という黒い鉱石からエネルギーを取り出して魔法のような効果をもたらすことのできる道具のことであった。専門の魔法使いが作るという印象があるのだが、元々は呪文の書と同じように遺跡から発掘されたものが原型であったらしい。もちろん、今も古代遺跡から魔道具が発見されることがある。だが、そうやって発掘されたものの中には使い道がわからないものもあり、そういった品物をゴミスクロールと一緒に取り扱っている場合があるという話をアルは聞いたことがあったのだ。そして、それらは魔法感知の呪文によって青白く光って見えるはずであった。
『魔法感知』
『知覚強化』 - 視覚強化
アルは反応するものが見つかることを祈るような気持ちで怪しげな商品を売る市をしばらく歩き回った。そして、1m四方程度の黒い布を広げた小さな露店で、いくつかのガラクタに見える商品に混じって握りこぶしよりすこし小さいぐらいのぼんやりと青白く光る黒い球体を見つけたのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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2023.03.12 知覚強化呪文に視覚強化のオプションを書き忘れていましたので修正しました。