20-5 診断を終えて
ギュスターブとネヴィル、オービルの三人が閉じ込めてきた男の様子を見るのに出発しようとしている。寝ている顔を見に来たメアリーからその話を聞いたアルはベッドから慌てて起き上がった。
「ちょ、ちょっと、僕も行く」
「駄目よ、アル。姉さんはおとなしく寝てなさいって言ってたわ。それに男が一人だけでしょ? 兄さんとネヴィルたちに任せておけば大丈夫よ。それに魔法使いの死体も放って置けないし」
「ああっ!」
アルは思わずそう声を上げ、首を振った。そうか。いろいろと細かい説明が抜けていたかもしれない。痛みと疲労などもあり、いちいち全部を説明していなかった事をアルは少し後悔した。死体……マジックバッグの話も伏せていた。その話もした方がよさそうだ。
「ごめん、出入り口は僕が魔道具を使って封鎖してあるから、人の力じゃたぶん開けれない。それに魔導士の死体は持って帰ってきてるんだ。いろいろと説明したいから、兄さんたちを呼んできてくれる? 庭が良いかな。もし手が空いてれば、父さんたちも……」
アルはメアリーにそう言ってお願いし、自分は説明しやすいようにマジックバッグの中身を入れ替えたり、釦をつけなおしたりした。最近単独行動が多く、移送呪文をつかって自分の部屋に入れたままのものもあったからである。
そして、屋敷の庭に出ると、既に集まってくれていた家族やマイロン、ネヴィル、オービル相手に話を始めた。
「えっと、まず、死体を出すね。びっくりしないでよ」
姉や妹には刺激が強すぎるのではないかと少し懸念しながら、アルは襟の裏側につけた釦型のマジックバッグに触れ、庭に魔導士の死体を出した。皆が驚き、お互い顔を見合わせる。
「これは? そして、今のは魔法か?」
「えっと、これは朝に倒した魔導士の死体だよ。マジックバッグっていわれる魔道具から取り出したんだ」
皆の反応に少し焦りつつ、父ネルソンの問いに答える。
「マジックバッグ?! 使節団では……。そうか、もうお前は同じものを実は持っていたのか? でも、それならなぜわざわざ?」
「えっと、プレンティス家の魔導士が持つマジックバッグは、特別な加工がしてあるみたいで魔法感知呪文や魔法発見呪文に反応しない。だから、王国騎士団の魔法使いでも気付かない可能性が高かった。それがわかってたから、実はわざと言ったんだよ。僕が貰えたら堂々と使えるようになるとか、それは少し思ったけどね」
アルの説明にギュスターブは少し理解できないといった様子で首を何度も振る。
「そのおかげで使節団の荷物が運べ、外交使節も上手くいったという事は確かだが……」
「褒賞もきっと増えたと思うよ。この通り、僕は元々持ってたからあまり気にしてなかった。それと、後は、これ」
続けて、アルは事前にこのマジックバッグに移しておいた杖を取り出した。
「この魔道具は、石軟化呪文と金属軟化呪文が使えるんだ。これを使って男が居た洞窟の入り口の岩を変形させて封鎖してある。呪文の副作用で岩は少し脆くはなってるけど、それでも簡単には出入りはできないよ。これも見せた事がなかったから、閉じ込めた男がどういう状況にあるかわからないかなぁとおもってさ」
「ふぉお、アルフレッド、お前、こんなにいろんな魔道具を……。前回、色々と魔道具をくれて、それだけでもすごいと思っていたんだが……」
ネルソンが興奮した様子で大きな声を上げて何度も頷き、それに相槌をうつようにジャスパーも一緒に頷く。
「マジックバッグって、狩りとかのときにすごく便利そう。僕に貸してもらえない?」
「ごめん、それは無理かな」
メアリーの素朴な問いに、アルは申し訳ないけどと首を振った。マジックバッグは貴重すぎて、持っているのが判ると高位の貴族に献上を迫られたり、常に盗賊に狙われたりするというリスクがある。それをきちんと理解せずに使うのは危険である。旅人などめったに来ないとは言え、誰が見てるかわからない村の広場で獲物を出し入れする訳にはいかないのだ。
メアリーにその事を説明した後、他の者たちにもマジックバッグの話はここに居る者以外にはしないで欲しいというのを付け加えた。
「それで人や馬は運べるのか?」
「うーん……」
みんなマジックバッグに興味津々のようだ。ギュスターブの問いにアルは少し返答に困る。セオドア王子が持っているものとは違い、アルが持っているものは換気孔があるので運ぶことができる。しかし、どこまで説明すべきだろう。大丈夫な理由をきちんと話をするにはや北の遺跡や移送呪文の説明が必要となる。そして、この呪文は第4階層にあたる呪文であり、万が一、習得を疑われると貴族間のややこしい話に巻き込まれる恐れがある。そんな面倒な事は避けるべきだろう。関わり合いたくないし、みんなをそれに巻き込むのも良くないとも思う。
「僕のこれで動物を運んだことがあるけど、それは大丈夫だった。でも、調べたところによると、生物はダメなのもあるみたい。その仕組みはよくわかってないから、人間をこれに入れて運ぶのはやめておいた方が良いと思う」
「そうか……」
曖昧な答えで申し訳ないが、これぐらいの説明が無難だろう。それに人が運べるとなると、便利に使われてしまいそうだ。
「馬が運べるとなると、ラミア戦では助かるな」
ギュスターブのつぶやきにネヴィルが頷く。騎士は馬に乗っての戦いが本領だと聞いたことはあるが、二人はラミア戦に参加するつもりなのだろうか。
「僕が空から魔法を撃つのではなく?」
「魔法を使う相手には空からの攻撃は危険が伴うのだろう? 辺境伯騎士団の魔法部隊に自分でそう言っていたじゃないか。それに、相手の数にもよって作戦は違うだろうが、少しは俺にも手柄を立てさせてくれ」
ギュスターブがそう言いつつ苦笑いを浮かべた。そうか、自分ひとりで全部しないといけないような気になってしまっていた。みんなで頑張ればよいのだ。
「今朝、お袋からお前が一人で行ったと聞いてびっくりしたぞ。土地の統治の話題に興味が無いのは判っていたから、単に別の事をしたくて先に抜けたのだろうと思っていた。騎士団では斥候だとしてもフォローを付けるのは常識だ。それに、背後を守るものが居なくて魔法使いに襲われたそうじゃないか。これに懲りて単独行動は避けるようにした方が良い」
「うーん……」
一人ではないと使いにくい呪文もあるが、騎士や従士が一緒なら採れる戦法もある。今回はそうしても良いかもしれない。
「うん、わかった。それはそうとして、あの若い男については、あまり油断すると危険だと思うから僕もついていきたい。どうかな? 痛みが無いわけじゃないけど、様子を見るぐらいはできるし、それに鉄鉱山の様子を確認するのもまだ途中なんだよ。ラミアやゴブリンが倒せるかどうかの判断も今のままじゃできない」
アルの怪我について、姉ルーシーの見立てではほとんどが打撲で、骨もひびは入っているかもしれないが折れてはいないだろうということだった。それなら痛みは一週間程がピークでその後は徐々に治まるらしい。とりあえず、全く動けないというわけではない。
「うーん、本当に大丈夫か? ルーシーはどう思う?」
「そうねぇ、アルフレッドが心配するのも解らなくはないけど、殴り合いとかは絶対ダメ。ちゃんとみんなの後ろに居るって約束してくれるなら」
「親父は?」
「そうだな。ルーシーと同じ意見だ。その閉じ込めた男の対応と、離れたところからの偵察だけ、そして、ギュスターブやネヴィル、オービルたちと一緒に行く。それならいいんじゃないか?」
ギュスターブは心配そうな表情を浮かべながら、ルーシーとネルソンの答えにしぶしぶといった様子で頷いた。
「わかった。アルフレッドと一緒なら行き帰りも空を飛んで運んでもらえる。正直それは便利だなとは思っていた。だがくれぐれも気を付けてくれよ。じゃぁ、一緒に行こう」
そうして、アルは、ギュスターブや従士のネヴィル、オービルと共に、魔導士と戦った山頂に向かったのだった。
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到着した後、アルたちはまずは若い男の様子を探る事にした。早速、アルは地下の洞窟に浮遊眼の眼を忍び込ませる。すると、男は封鎖されていることなど知らぬ気にまだ眠ったままであった。あれから3時間ほどしか経っていないとはいえ、のんびりしすぎではないだろうか。
その状況をギュスターブたちに伝え、どうするか相談したが、この状態なら先に鉄鉱山の様子を探るほうが良いだろうという話になった。アルは再び、浮遊眼の眼を鉄鉱山の上空に飛ばす事となった。だが、今回はアルの背後はギュスターブたちが守ってくれるので安心だ。
石壁などの障害物もあったが、蛮族の数はおそらく60体程であった。ゴブリンメイジはおらず、ホブゴブリンは2体見つけた。ラミアはやはり居たものの、その数は1体で増えていなかった。
初めて蛮族を発見し、アルが魔法の竜巻呪文を使って攻撃したとき、この鉄鉱山に居たのはゴブリンと上位種であるホブゴブリン、合わせて百体ほどであった。それに比べるとかなり少ないような印象を受ける。ゴブリンの繁殖力をもってしても、増えるのには時間が掛かるのだろう。もちろんプレンティス侯爵家の魔導士とラミアが話し合っているのを見た時に比べればかなり増えている。プレンティス侯爵家が与えた穀物のせいだろう。
そして、今回わかった事もあった。それは、ラミアは60メートル以上の距離でも攻撃可能な呪文を持っているというのと、浮遊眼の眼に気付くのは視界に入った時だけであるという二つであった。
最初、アルはそんな事とは知らずに、蛮族たちがいる鉄鉱山から60メートルほど上に浮遊眼の眼を浮かべ、鉄鉱山の様子を観察していた。発見系の呪文を使っている人間の魔法使いなら普通見つからない距離である。だが、ラミアは浮遊眼の眼に気付いた様子で下からそれを見上げ、魔法の矢に似た呪文で眼を撃ちぬいたのである。
まさかと思ったアルは、その後、石壁を利用して見えないようにして20メートルほどの距離にまで浮遊眼の眼を近づいてみたが、だが、ラミアは浮遊眼の眼に反応しなかったのである。
ということからすると、うまく石壁を使えばラミアに接近できる可能性があるということであった。
「ホブゴブリン2体にゴブリン60体、そしてラミアが1体。ラミアは普通より長い距離で魔法攻撃してくるので要注意だけど、オークやオーガと同じぐらいの脅威度っていう話もあるみたい。どうする?」
おおまかな地図を描いた羊皮紙を渡しながら、アルは改めてギュスターブにそう尋ねた。
「倒せない相手ではない気がするな。もし石壁がなく、見張り台みたいなところにラミアが居たら逆に厄介だったかもしれない。領都に戻り、セレナ様に討伐を試みたいと申し出てみないか? それと、プレンティス侯爵家の魔法使いの件も報告すべきだろう。男もできれば色々と話は聞きたいところだが……」
アルもその判断に頷いた。鉄鉱山の情報はもう十分そうだ。男の様子を見るのに、アルは鉄鉱山から浮遊眼の眼を手元に戻すことにした。魔導士の部下としてはのんきに寝すぎている気もする。あの男はどういう立場なのだろうか。
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