20-4 若い男
アルは倒れたままピクリとも動かないプレンティス侯爵家の魔導士を警戒しつつ、ラミアが居ると思われる小屋の上に浮かんでいたままだった浮遊眼の眼を戻した。
魔法の衝撃波呪文によるダメージを金属鎧と盾呪文で防いだとはいえ、それでも全身の至る所が痛い。もしかしたら肋骨にひびぐらいは入っているのかもしれない。
斥候として周囲の警戒を怠ったつもりはなかったが、油断があったということなのだろう。普段ならグリィはオプションを使ってほぼ全周囲の視界を持つ浮遊眼の眼を通じてアルに近づく脅威を監視してくれている。それに甘えてしまっていた。
“大丈夫そうよ。見える範囲では誰も居ない。倒れた魔導士も息をしていないわ”
「ありがとう。グリィ」
アルはそれでも警戒を崩さずに魔導士に近づいてゆき、慎重にその身体に触れた。まだ温かいが、脈動は感じられない。ようやくそこでアルは大きく安堵のため息をついたのだった。
死体から持ち物を探る。残念ながら身分を示すものは何も持っていなかった。それどころか、財布や食糧などの類を一つも持っていない。そして、以前蛮族に対して穀物の樽を出していたマジックバッグの釦型の魔道具も持っていないようだ。
「どういう事?」
持ち物はどこかに置いて、攻撃してきたということか。アルは男が最初に魔法の衝撃波呪文を放ってきたあたりに目をやった。よく見ると他のところでは繁茂している下生えがある程度刈り込まれ、歩いても音がしにくいような細工がなされている。元々、この襲撃は細かな所まで計画されていたということらしい。二千枚超もの金貨(研究塔に預けて上級作業ゴーレムたちに数えてもらい、厳密には2105金貨であった)が奪われた事が痛手であったのかもしれないが、その相手がここに来るという確証でもあったのだろうか?
しばらく考えてみたが、特に思いつくことはない。アルは痛みを堪えつつ痕跡を追うことにした。念のため、盾呪文を自分にかけ、死体は自分が元から持っていた釦型のマジックバッグに収納しておく。
浮遊眼の眼で痕跡を追うか少し悩んだが、それはやめて自分で行く事にする。身体に痛みはあるが、なんとか行けないことはないと判断したのだ。
慎重に草や枝が刈られた跡を頼りに注意しながら進むと、途中で大きな岩があった。この岩には昇り降りしたような痕跡があり、地面には足跡も残されていた。足痕は二種類だ。一つは先程倒した魔導士が履いていた靴と一致するもの、もう一つはあまり変わらないサイズで、少し体重が軽い者のものだと思われた。この上で誰かがこないか見張っていたのだろう。岩の周りには木が繁茂していて岩の上に人が居ても空からはあまり気付くことは出来なさそうだ。そして、その岩からはアルが襲われた辺りが良く見えた。
さらに100メートルほど進んだところで魔法発見呪文に反応があった。魔法の反応が1つ、魔道具の反応が3つである。それを頼りに調べると40メートルほど先の地面に岩が露出しているところがあり、そこに目立たないながらも亀裂があった。おそらく魔法と魔道具の反応はさらにその中、10~15メートルぐらい奥のようである。亀裂の大きさは幅1メートル、高さ30センチ、体格の良い大人でも腹這いになれば中に入れそうだ。とは言え、さすがにアルがそのままその穴を覗き込むのは危険すぎる。アルは不意打ちを受けにくい地形に身を潜め改めて浮遊眼の眼を飛ばす。
『知覚強化 暗視』
眼はゆっくりと亀裂の中に入っていく。入り口の狭い所を抜けると中は広くなっていた。よくこんな場所を見つけたものだ。その広くなった奥に光呪文が一つ灯されており、その下で毛布にくるまって人が一人横になっていた。まだ若い男だ。アルよりは少し身長は高いだろうか。革鎧を身に付け、枕元には片手剣と弓、矢筒、そして大きな背負い袋が置いて寝ているようだ。魔道具の反応は背負い袋の中に2つ、男が寝ているのとすこし離れたところに1つであった。離れたところにある一つはおそらく水の出る魔道具だと思われた。
“あの魔導士の仲間のようね。寝ているということは、わざわざ起こすほどの戦力ではないということかしら? それとも……”
グリィの言葉にアルは首を傾げる。アルが一人だと見て侮ったのかもしれないし、理由は色々と考えられる。しかし、どうするか? あの穴に入っていくのは危険な気がするが、寝ている男に魔法を撃つのは外からでは無理だ。男が顔を出すのを待ってそこを襲うか?
アルはいろいろと考えた末、他に出入口がない事を確認したうえで入口を石軟化が使える杖を使って塞ぐことにした。身体が痛いのに無理することはない。兄たちを呼んできてみんなで捕まえれば良いだろう。アルは入口となっている岩を柔らかくし、浮遊眼の眼が通れる程度の穴だけ残して手で押し込むようにしながら全部塞いだのだった。
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空を飛び、チャニング村まで帰ってくると、屋敷の入り口前でギュスターブが少し怒った顔で立っているのが見えた。
「ただいま」
降下してアルが近づくと、ギュスターブは大声を上げて何か言おうとした。だがその前に、アルが怪我をしているのに気付き、慌てて駆け寄る。
「おい、その怪我はどうした? 親父! お袋!」
ギュスターブの大声に、屋敷の中からみんな出てくる。
「うん、様子を見に行ったところを待ち伏せされてたみたい……」
アルが苦笑を浮かべつつ、ジャスパーたちと一緒に以前行った、鉄鉱山を見渡せる山頂まで飛んで行き、様子を見ている所を襲われた事、なんとか撃退し、その仲間らしい男を見つけた経緯を説明する。
「なんと……。それは、簡単な道を作っていたのを見つけられたのか?」
ジャスパーのつぶやきにアルはああ、そうかと呟いた。確かに鉱山の様子を確認できるようにジャスパーたちと道を拓いた。木も切ったし、ところどころ簡単に岩を越えたりできるように、ロープを垂らしておいたところもある。それを発見され、待ち伏せに利用されたのかもしれない。たしかに正解ではあるが、そこまで執念深く探したのだろうか。
「とりあえず怪我は? よく死なずに済んだな」
「うん、第二隊が魔法の竜巻呪文を受けた時、従士たちの怪我は酷かったけど、騎士たちはまだマシだったでしょう? それを参考に呪文で金属鎧を着たんだよ」
ギュスターブの問いにアルは少し微笑んで答えた。効果時間の短さや動き難さについては想定外ではあったが、それでも十分に役に立ってくれた。
「そんなところに立ってないで、アルフレッドの怪我が大丈夫か、見てみましょう。私、中級学校でそういった事を勉強したの。ほら、家に入って……。みんなもよ」
姉のルーシーが促す。アルは言われるがまま家に入り、姉の診察を受けることにしたのだった。
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