19-10 再出発
「気を付けて」
「お前も気を付けてな。セレナ様を頼むぞ」
「いっしょに行けなくてすまんな。俺たちの分もしっかり護衛してくれ」
襲撃を受けた翌日の朝、プレンティス侯爵家の魔導士に襲われた場所から最寄りの村でアルの兄、ギュスターブはレイン辺境伯騎士団第二隊の小隊長や他のメンバーたちと挨拶を交わしていた。
多数怪我人を出した第二隊、そして、輜重隊のほとんどのメンバーがここに残ることになり、第二隊で使節団に同行するのはギュスターブとアルたちだけであった。
ギュスターブは7年前に中級学校を卒業し、すぐにレイン辺境伯騎士団に入団が許されたのだが、所属はずっとこの第二隊であったらしい。最初は従士として経験を積み、3年ほど前に騎士――ここでいう騎士というのは、爵位として世襲の権利を持つ騎士爵ではなく、役割としての騎士のことである。ギュスターブは俸給を支払われて騎士として働く準騎士とも呼ばれる地位であった――として認められたのだが、その間もずっと同じ寮に住んでいた者も多く、お互いの身を案じていた。
「兄さん、行こう」
アルはそんな兄を促しつつ歩き始めた。ギュスターブの馬はオービルが曳いている。だが、ギュスターブはここに残る第二隊の他の連中と名残惜し気に別れの挨拶を繰り返していた。
“アルの事、すっごい睨んでるよ? あのメルヴィンとかいう人……”
グリィがアルに囁く。魔法部隊の小隊長であったメルヴィン男爵は、残る者たちの護衛を命じられ、使節団から外されたらしい。もちろん使節団だけでなく、この村に残る者もシルヴェスター王国の国民であり、プレンティス侯爵家の魔導士が襲ってくる可能性もあるので、アルから見れば必要な措置だろうと思うのだが、彼はその護衛に命じられて以来ずっとこの様子であった。
アルからすれば、落下抑制呪文を使って命を助けたのに恨まれるとは訳が分からないという感じなのだが、貴族相手に問い質すわけにもいかない。出発したら別れるのだからと放置するしかなかった。
出発する使節団の隊列は襲撃前から少し変わっていた。タガード侯爵家のノラが乗る馬車、そのすぐ後ろをシルヴェスター王国第二騎士団一個小隊、そして、セオドア王子たちの乗る馬車、セレナの乗る馬車と続くところまでは同じだったが、その後ろはメンバーの半分を村に残したレイン辺境伯騎士団の魔法部隊の馬車で、すぐに最後尾のナレシュたちの乗る馬車になっていた。
輜重隊の荷馬車が無くなったので、隊列はかなり短くなっている。輜重隊が運んでいた荷物はどうなったのかわからないが、無くなったはずはない。噂では王子がどこからかマジックバッグを出してきてそれに収納したという事だったが、それはおそらくプレンティス侯爵家の魔導士が持っていたマジックバッグだろう。そのマジックバッグのからくりを知るアルとしては不安が残るやり方ではあるが、説明できない事なのでそこは黙っているしかなかった。
「荷馬車がなくなったから、だいぶ速度もあがった感じだな。歩くのは大丈夫か?」
「大丈夫だよ。いつも狩りごっこしてたじゃないか」
横を歩くオービルは心配そうに尋ねるが、アルは問題ないとばかりに微笑んだ。アルたちがいるこの荒れ地は確かに起伏に富んでいるが、チャニング村の周囲の山道と大して変わりはない。
「アルフレッド、セオドア殿下に何を言ったんだ?」
しばらくして別れを惜しんでいたギュスターブが追いついてきて、アルにそう尋ねた。
「えっと、報告をしたあと、褒美に何が欲しいって聞かれたから、兄さんを騎士爵に推してほしいって言っといたよ」
「は?」
ギュスターブが驚きの顔をして固まった。
「それと、相手の魔法使いが持ってたマジックバッグの事に誰も気づいて無さそうだったから、出来ればそれが欲しいって言って、その説明をした」
「お、おい……」
ギュスターブとオービルが顔を見合わせる。
「セオドア殿下にそんな事を……」
「大丈夫だと思うよ。気さくそうな感じだったし、実際マジックバッグを殿下は早速活用しているでしょ?」
平然と答えるアルに、ギュスターブとオービルの二人は信じられないという顔で首を振った。
「マジックバッグについては、俺も噂は聞いた。持ってるなら最初から使えばいいのにと思っていたが、そういう事だったのか……。しかし、爵位についてはどうするつもりなんだ? 俺は何年後かには、チャニング村に戻って跡を継ぐつもりだったんだが……」
「ギュスターブ兄さんは今、ちゃんと騎士として頑張っているんだから、そのまま家を立てればいいじゃない? 僕がお願いしたのは切っ掛けにすぎないよ。チャニング村はジャスパー兄さんが継げばいいんだし、お互い助け合えればいいと思うんだ」
アルの言葉を聞いて、ギュスターブはうーんと唸って考え込んだ。オービルはその横でなるほどと呟きながら眼を輝かせて何度も頷いている。その様子を見ると彼は賛成のようだ。チャニング村は貧しい。アルとしては、ギュスターブ兄が騎士爵として領地なり俸給なりが貰えるようになれば、チャニング村に援助も出来、チャニング村の暮らしも助かるのではないだろうかとも考えていた。
「まぁ、言いたい事はわかった。アルフレッドの判断が正しい事を祈るしかないな」
少し諦めた様子の口調でギュスターブは呟くように言う。
「あ、それと、野営の時、ナレシュ……セネット男爵閣下のテントに行くのは継続なんだよ。でも、やることは変わった……かな」
「ん? どう変わったんだ?」
襲撃を受けるまでは、ゾラ卿やその配下の見習いたちと発見系の呪文を使って警戒をしつつも、一緒にオプションを意識して魔法を習得や練習をしていたのだが、そこに王国第二騎士団の魔法使いや魔法部隊のうちでもアルに助けられたことを強く感謝する者たち、そしてビンセント子爵まで加わる事になったのだ。そして、プレンティス侯爵家の魔導士に対抗するための机上演習などもやることになったのである。
「机上演習?」
「うん、魔法使い同士で戦うときに何を注意するとか、どういう呪文が有効かっていうのを、状況を想定しながら話し合うんだって。ゾラ卿はかなりそういった事に経験を積まれているから、教わる事も多いと思う」
「ふぅん。成程な」
ギュスターブは大きく頷いた。アルとしても、一人だけで考えていた部分も多いので他人と話し合えるというのはすごく興味がある。
「セネット男爵閣下とは中級学校で同じクラスだったんだろう? いい友人を持ったな」
アルは大きく頷いた。学生時代はお互い忙しくてあまり話すことはなかったが、この縁というのは確かに得難いものであった。ナレシュのおかげで習得できた呪文はいくつもあるし、パトリシアの件でもいろいろと助かっていることも多い。
「しかし、アルフレッドが来た時、セレナ様はタガードと同盟してプレンティス侯爵との戦争準備をすると仰ってたが、この襲撃でそれはもう揺るぎないものになったな。向こうは同盟推進派のセオドア殿下を亡き者にして同盟を阻止したかったのかもしれないが、結果的にはプレンティス側から宣戦布告したようなものだ。今回の外交使節は、同盟だけでなく、具体的な作戦行動まで話をすることになるだろう。早くあの蛮族に食糧を与えていたという魔導士に鉄槌を下したいものだ」
そう言って、ギュスターブは拳を握りしめる。確かに兄の言う通りだ。戦争……シルヴェスター王国はそれに踏み切ることになるだろう。決して良い話とは思わないが、今回の件でシルヴェスター王国としてはもうタガード侯爵家と協力し、どうやってプレンティス侯爵家と戦うかという話になるのは間違いないだろう。
「アルフレッド、引き続き頼むぞ」
「えっ? いや、今回の依頼が終わったら、僕は……」
アルの答えが耳に入ったかどうかはわからない。ギュスターブはそのまま、話は終わったとばかりに、オービルから手綱を受け取ると、自分の愛馬に飛び乗る。何を頼むと言うのだろう? アルは慌てて兄の後を追いかけたのだった。
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