19-9 襲撃の後
「マジックバッグ?」
セオドア王子とビンセント子爵は驚いた様子で顔を見合わせた。もちろん有名な魔道具なのでどのようなものかは知っているはずだ。
実はアルは貫通する槍呪文で倒した時、その魔法使いが以前ゴブリンメイジや他の魔導士の持っていたのと同じ釦型のマジックバッグを持っていたのに気づいていなかった。その時は服の襟で隠されていたからだ。
それに気付いたのは、ギュスターブに促されて死体を運ぼうとした時だ。血まみれの身体を運搬呪文の円盤に載せた時にようやくそれに気がついたのだった。だが、その時には周囲の目もあったので、魔法使いが身につけていた釦をとることはできなかったのだ。死体が埋葬されるようなら、その時に何とか出来れば良いなと思っていた。
「ビンセント、魔法感知に死体から何も反応がないと言ってたよな。どういうことだ?」
「わかりません」
魔法感知呪文での警戒はしていたということか。だが、魔法発見呪文ではないということは、シルヴェスター王国の直属の騎士団の魔法使いもレイン辺境伯の魔法部隊とレベルは変わらないということかもしれない。しかし、マジックバッグにはこの反応か。やっぱり貰うのは難しそうな気がしてきた。
「触れて良いですか? これです」
アルは腹におおきく穴の開いた死体が着ているローブの襟部分をめくり、首元についている釦を指さした。ビンセント子爵はセオドア王子の警備をしている第二騎士団の騎士を呼んで確認している。だが、その騎士はやはり反応がないと首を振った。
「実は私は、父が治めるチャニング村の近くで魔法使いが蛮族に食糧を与えているという話があり、その調査をしていました。その時に記録したものを見て頂けますか?」
セオドア王子とビンセント子爵が頷いたのを見て、アルは記録再生呪文を唱えて、おそらくプレンティス侯爵家の魔導士がラミアと呼ばれる蛮族に食糧が詰まっているであろう樽を何もない所から取り出して与える画像を見せる。
その時、その魔導士は目の前の魔導士の死体と同じような釦を首元に付けており、それをトントンと二回たたいた後、縁に三本指を置いて動かすことによって樽が出現しているのが記録されていた。それを見たアルは内心胸をなでおろす。ぼんやりとしか憶えていなかったが、物の取り出し方について、これで知ったと主張しても全く不自然ではないだろう。
「実は私にはこの釦からうっすらと魔法感知呪文での反応が見えています。以前より、金属などで覆ったりして魔法感知呪文に発見されにくする方法があるのではと推測しておりました。そして、そうやって発見されにくく加工した場合、魔法感知呪文の熟練度によって見えたり見えなかったりになるのではないでしょうか」
これらも事実を全て言っているわけではないものの、探知回避呪文ではなく、素材を重ねたりすることによって魔法感知呪文に反応させない手法も無いわけではないので嘘という訳でもないはずだ。とりあえずこの説明でなんとか変に思われない範囲で話には整合性を持たせられたのではないだろうか。
「なるほど、それでそなたは、これがマジックバッグだと確信しているという訳だな。試してみるがいい」
ビンセント子爵は素直にアルに釦から何かを取り出したりできるかと言ってきた。そっと手を触れ、釦を操作する。すぐに反応が返って来た。釦と紐づけされた倉庫には木の箱だけが残っており、馬車は入っていない。木の箱の中には服や皮袋などが残っているようだ。
「木の箱らしきものが中にあります。出してみますね」
アルはそう言って、木の箱ごと取り出した。急に目の前に現れた木の箱に皆が驚いている。
「おお、確かにマジックバッグだ。箱の中はどうなってる?」
セオドア王子が興奮したような声でアルに尋ねてきた。アルはそのまま木の箱のふたを開けた。中にはアルがあるのではないかと期待した通り、騎士が公式の式典などで着るような服が入っていた。他にはそれほど大きくない革袋だ。振った感じでは金貨などが入っていそうである。
アルはにっこりと微笑んで見せた。
「中に入っていたのはこれだけでした。容量はよくわからないものの、これはやはりマジックバッグです。服を調べると襲ってきた魔法使いの身分などが分かるかもしれません。一旦マジックバッグも含めて献上させていただきます」
セオドア王子とビンセント子爵は顔を見合わせる。どうするか判断に困っているのだろう。冒険者などが賞金首の盗賊を倒した際には、その盗賊が持っていた物は所有者が判明したもの以外は倒した冒険者が貰えることもよくある事だ。だが、さすがにマジックバッグは価値が高すぎるだろうという気がした。
「セオドア王子殿下が倒された方の魔法使いはもっておりませんでしたか?」
アルはそう言ってみた。二人は再び顔を見合わせる。もし、そちらも持っていたなら一つはもらえないだろうか?
「わかった。とりあえず一旦マジックバッグや中に入っていたものについては預かる。褒賞についてはセレナ殿と協議の上沙汰するものとする。一旦下がれ」
ビンセント子爵がそう言い、アルは頭を下げた。結論はすぐには出ないだろう。いうだけは言った。これ以上は任せることにしよう。
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アルがセレナの護衛に戻ると、ギュスターブ兄とオービルがほぼ同時にどうだったと聞いてきた。二人とも心配してくれていたのだろう。第二隊や輜重隊の死傷者について考えていたのかもしれない。とりあえずセオドア王子に報告したのと同じように説明する。
「あの食糧を与えていた話は調査というよりデュラン様に相談しただけだったがな」
ギュスターブは苦笑を浮かべるが、まぁ間違った話ではなかったよねと言っておく。アルとしても全てを包み隠さずに言う訳にはいかない事情もあるのだ。
話をしていると、セレナが馬車から出て来た。彼女の顔は蒼白だ。襲撃を受けたショックからだろうか。
「ギュスターブ、アルフレッド、後方に行っていたのでしょう。第二隊の皆はどうでした? 魔法部隊は?」
気にしていたのはそちらか。そういえば、どちらの部隊もセレナに報告には来ていない様子だ。という事は彼女が指揮を執っていたわけではないということだろうか。セレナはナレシュやアルと同じ16才。レイン辺境伯の三女という立場で政治や社交の経験はあっても、部隊を指揮した経験はなく、指揮はセオドア王子に委ねられているのかもしれない。
「第二隊で死亡したのは私の知っている限り従士2名です。ただし、生き残った者も皆、怪我の具合はかなり酷い状況でした。輜重隊の方は確認できていません。魔法部隊の者たちはおそらく大丈夫かと思います」
「そう」
アルの答えにセレナは肩を落として頷く。
「ギュスターブ、オードリー、襲撃は落ち着いたのでしょう? 様子を見に行っても良いわよね?」
「姫様……おそらくかなり凄惨な状況でしょう。姫様が行かれるようなところではないかと」
オードリーが制止しようとするが、セレナは意を決したように立ち上がった。だが、その時に二人の女性がアルたちのところにやって来た。ノラ・タガードとその御付きの女性である。
「セレナ様、今回の襲撃は大変でしたわね。招待した身としてお詫び申し上げます」
「いえ、ノラ様、ご丁寧に痛み入ります。襲撃者はまだはっきりとしておりませんが、おそらくプレンティス侯爵家ということなのでしょう。責めるべきは予告もなくいきなり襲い掛かって来た非道な者たちです」
セレナの言葉にノラは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「プレンティス侯爵家の魔導士たちは全く手段を択ばず、酷い事を平気で行います。彼らには我々もいつも酷い目に合っているのです。ですが、今回はさすがシルヴェスター王国と感じ入りましたわ。二人もの魔導士を討ち取るなど大戦果でございます」
タガード侯爵家はずっとプレンティス侯爵家と戦ってきたはず。その彼らもやはり魔導士には手を焼いてきたらしい。
「ありがとうございます。皆その言葉に報われる事でしょう」
「お世辞ではないのですよ。本心です。もちろんシルヴェスター王家の魔法無効化呪文には期待をしておりましたが、それ以上に素晴らしかったのはそちらの魔法使いの方ですわ。以前ナレシュ様の所にいらっしゃいましたよね。確か冒険者アルと。魔導士相手に一歩も引かぬ魔法合戦をして倒してしまうなど久しぶりに胸のすく思いを致しました」
そう言って、ノラはアルをちらりと見て微笑んだ。いや、あのタイミングで貫通する槍呪文を使ってトドメを刺せたのは、魔法部隊の連中が相手の盾呪文の効果をすべて剥がしておいてくれたおかげでしかない。とは言っても、彼女の言葉を否定するには、身分が違いすぎる。アルはごまかすように頭を掻く。
「それはよろしゅうございました。個人の技量は、このように優れた者が居ます。とは言え、我が国の大半の騎士や魔法使いは人間同士の戦いに慣れていません。彼のような者の指導の下、技量を上げてゆき、プレンティス侯爵家に対抗してゆくつもりです」
セレナもアルをちらりと見てからそう答える。この視線は何だ?どうしたのだろう?
「そうでしたか。また我々の魔導士たちとも是非とも情報交換をお願いしたいところですわ」
魔法使い同士の情報交換! すごい。
「それはぜ…「それぞれの国の魔法使い同士の交流につきましては、興味深い所でございますが、またセオドア王子と相談して返答させていただきますね」…」
それは是非と答えようとしたところに、セレナが口を挟む。直答はダメだったのか。それとも何か他に理由があるのだろうか。
二人はその後、お互いの苦労などを話し、最後にノラは再びアルに微笑みかけ帰っていった。会釈で見送るアルをセレナは第二隊の様子を見に行きますよと呼ぶ。アルとしてはいろいろと気になりながらも、その後ろについて行くのだった。
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