19-4 ナレシュとの話し合い 後編
「えええええっ!!」
ナレシュが灯した光を見て、アルは思わず大きな声を上げた。
「すごい、すごい、すごい、すごい。ナレシュ様も使えるようになったんだ」
「痛いっ 痛いよ」
アルはナレシュの手を両手でとり、ぶんぶんと上下に振る。ナレシュは痛いと言いながらも、にやにやと笑みを浮かべながらアルにされるがままであった。
「ほんと、アル君のお陰だよ。これで、僕には再び自ら夢見た騎士への道が開かれた。アル君にはずっと礼をいいたいと思っていたんだ。本当にありがとう」
ナレシュは本当に嬉しそうだ。以前に幼いころから肉体強化呪文が使える騎士に憧れていたと言っていた。夢見た騎士というのはそれの事を指すのだろう。
「呪文習得のための魔道具については、もう先に土地をもらったからね。気にすることはないよ。でも良かった。良かった」
アルは何度も頷く。
「これは、一旦返しておくよ」
ナレシュはアルに水晶のようなものが埋め込まれた腕輪をアルに差し出した。呪文習得のための魔道具として渡したアシスタント・デバイスのテスだ。
「もう、いいの? 大丈夫?」
アルはちらりとクレイグを見た。 彼が長い間、努力し続けた末に、結局呪文の習得を諦めざるを得なかったと言っていたのはクレイグ本人ではなかったのか。ナレシュもクレイグをちらりと見た。クレイグは軽く唇を噛みしめた後、深々と頭を下げた。
「すまなかった。アル君……」
「えっ?」
いきなりの豹変ぶりに、アルは思わず声を上げた。
「すまない……。私は嫉妬……していたのだ。あれ程私が苦労して、何度も夢に見た、それでも私には出来なかった事を、さも簡単な事だと言う君に……反感を覚えていた。許してほしい」
やっぱり……そうか。いつもは冷静なクレイグがあの時だけは感情を制御しきれないような口ぶりで魔法使いギルドに魔道具の提出をナレシュに勧めていた。変な感じはしたのだ。感情が制御できずに言ってしまったと後悔しているのだろう。彼が言いだしたときにはびっくりしたが、ナレシュの判断であの場は結局、何も問題は発生しなかった。
「大丈夫。何も気にすることはないです。きっとナレシュ様は判っていたのでしょう。それで、クレイグさんも無事その魔道具を使って、記号のイメージを感じ取れるようになりました?」
アルはにっこりと微笑む。ナレシュに貸し出すときに、口には出さなかったが、もしクレイグの言う友人というのが本人であれば、この魔道具を使って魔法が習得できればと思っていた。どうだったのだろう?
「いえ、さすがに私もそこまで図々しくは……」
「じゃぁ、ナレシュ様。僕はもうしばらくナレシュ様にその魔道具を貸しておくことにするね。ナレシュ様は自分が使わせたいと思う人に貸してあげればいいよ」
ナレシュとクレイグの顔を見、驚くクレイグにアルは微笑んでみせた。
「やっぱりね。アル君ならそういうと思ってた。クレイグはね。私が何度言っても、頑なにこの魔道具を使おうとしなかったんだ。ほら、クレイグ、意地を張らずにさっさとこれを使わせてもらって記号からイメージを感じ取る訓練をしよう」
「アル君……ナレシュ様……」
クレイグは顔を伏せた。
「ありがとう……ありがとうございます」
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「ところで、光の他に、呪文は習得したの? 肉体強化呪文はどう?」
アルが尋ねると、ナレシュは苦笑を浮かべる。
「いや、まだ光だけだ。ゾラ卿からもいろいろと指導をしてもらっているんだが、なかなか習得までは時間が掛かりそうだ」
肉体強化呪文は第3階層で、使われている記号も多い。まだ習得数の少ないナレシュの場合時間が掛かるのは仕方ないだろう。
「それに関してですが、せっかく一緒に移動するのです。ナレシュ閣下の呪文の習得指導、アル殿が行いませんか?」
「へっ?」
アルはゾラ卿の意外な申し出に思わず変な声を上げた。
「どうして? 僕……私なんて本当に我流ですよ。最初のほうこそ爺ちゃん……祖父の手ほどきを受けましたが、途中からもう待ちきれなくって、呪文の書を自力で解釈して習得したんです。とてもじゃないですけど、他人の指導なんて」
「それについては、エリック殿とかなり話をしたのです。実は彼とはナレシュ閣下の紹介で以前話をさせていただきました。私がナレシュ閣下の部下ということで、特別に貴重な話をいくつも教えて頂きましたよ。シルヴェスター王国の魔法使いギルドで発表された呪文のオプションは実はアル殿が発見されたものだとか。また、呪文習得についても、アル殿なりの工夫があり、習得速度はシルヴェスター王国で行われている方法に比べて圧倒的に早くなるとのことでした」
エリックと……そうなのか。たしかにナレシュという存在があれば、二人がつながっていても不思議ではない。
「呪文のオプション、パラメータについては、テンペスト王国では伝えられていなかった?」
「伝え?……まさか、オプションはアル殿が発見したものではないのですか?」
驚いた顔のゾラ卿の問いにアルは頷く。
「オプションというのは、私が見つけて名付けたものですが、古代文明では、同じものをパラメータという名で意識していたようです。テンペスト王国では古代文明のものがたくさん残っているという話だったので、その技術も残っている可能性があるかもと思っていたのですが……残念です」
アルの説明にゾラ卿はショックを受けたような表情で首を振る。アルもマラキからパラメータの話を聞いた時はすごくショックだった。彼の反応を見る限りテンペスト王国にも伝わっていなかったのか。切り札としてずっとプレンティス侯爵家の魔導士を相手にするときは使わずに居たが、心の底ではプレンティス侯爵家の魔導士は実はパラメータを知っているのではないかと恐れていたのだ。だが、ゾラ卿の反応からすると、テンペスト王国でも伝わっていない可能性が高そうだ。
「全く……。これは、是非ともアル殿に二人の呪文習得の手助けをしていただかなければ。私どもの一門のものにも是非その見学の許可を……」
アルはナレシュの顔をじっと見た。ナレシュは目をキラキラさせて何度も頷いている。断るのは難しそうではある。しかし……。
「じゃぁ、ナレシュ様。改めて聞くけど、我流の僕が教えても効果的なのかどうなのか全く自信はないよ。本当にそれでいいの?」
「大丈夫だ。考えても見てくれ。君が居なければ魔法の習得以前の話だったのだよ? 失敗して元々さ。それに、エリック殿の話を聞いて、君の呪文に憧れる気持ちを持っても不思議じゃないだろう?」
ナレシュの言葉にアルは肩をすくめた。
「わかったよ。時間があれば呪文習得まで説明する。でも警備もあるし……」
アルとしてはギュスターブの従士として警備もしなければならない。魔法に対する警備での協力という話をしに来たぐらいだ。そんな時間はあるだろうか。首を傾げるアルに、ゾラ卿は、アルがこちらに来ている時間のうち、ナレシュの手の空いている時間は呪文習得の指導してくれても構わないと言い出した。
「ここからまず、メッシーナ王国内を移動するのはおよそ百五十キロです。道は整備されていると聞いていますが、それでも五日~一週間はかかることでしょう。この区間はさすがのプレンティス侯爵家も手は出してこないはず。その間は魔法の警備は我々と共同して行うということで、セレナ様にアル殿が夜は我々のテントで過ごすことを了承していただき、空いている時間を呪文習得に当てましょう。ナレシュ様、セレナ様にそのように調整していただけますか?」
成程、それなら時間はとれなくはないか……。
「ちなみに、その後ってどういう予定なのか判ります?」
アルはゾラ卿に尋ねてみた。セレナの警護という話でやっては来たが、地理感覚などは全くない。すぐにタガード侯爵領にはつかないのだろうか。
「メッシーナ王国からテンペスト王国に入ると、ノーマ高原と呼ばれるサバンナ地帯です。木はほとんど生えておらず、土地は起伏に富んでいて、人々は主に放牧をして暮らしています。点在する水場に街があり、それらを治めているのはノーマ伯爵です。彼は配下に多くの遊牧部族を抱えており、彼の騎士団はかなりの力を持っています。そのため、ノーマ伯爵家にはプレンティス侯爵家とタガード侯爵家、どちらも手出しできずにいます。そして、ノーマ伯爵は他家の軍勢が領内を通ることを許していません」
中立地帯ということか。だが、それならば我々使節団は通れるのだろうか?
「十分に賂を贈れば歓迎してくれるそうです」
ゾラ卿の説明にナレシュは苦笑いを浮かべる。それでなんとなく判ってしまった。ノーマ伯爵自体は中立で軍勢が通ることも許していないが、賂次第では許す。もしかしたら配下の部族を完全には制御できていないのかもしれない。どちらにしても、プレンティス侯爵家の連中も賂次第で通り放題ということではないだろうか。
「ノーマ高原を抜けるのに、急いで行っても五日ほどかかります。この区間が一番危険だと思われます。そこさえ抜けてしまえば、タガード侯爵領です」
五日……。タガード侯爵領までは結構遠そうだ。とは言え、プレンティス侯爵家を自由にさせておくと、また蛮族に食糧を与えたりもするだろう。なんとかそれだけは阻止しなければ。そのためには今回の使節団は無事タガード侯爵領まで送り届けたいものだ。
「いろいろと、よろしく頼むよ。アル君」
「わかったよ。頑張ってみる。まかせて」
ナレシュは片手をだして来た。アルはその手を掴んで握手をする。
「ところで、ナレシュ様、僕、ちょっとオリオンの街に行って来ても良いかな?」
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