18-10 出来る事
アルはオズバートと一緒に家に戻り、丁度帰って来た父やネヴィルたちに見てきた事を説明した。中級学校に行っていないジャスパーはもちろん、父ネルソンも領都や騎士団の動きには疎く、結局オズバートの勧めるデュラン卿に状況を報告し対策を考えてもらう事で話はまとまった。チャニング家としてはゴブリンたちがまた増えて襲って来る可能性があるので監視を継続することになる。鉱山らしきところまでの道は整備したので、数日おきぐらいには様子を見に行くことが出来るだろう。もう一つみつけた集落についてはチャニング村からは距離があるので、デュラン卿に判断をゆだねることになる。
領都にはまたオズバートを連れて空を飛んでいくことになり、彼はすこし辛そうな表情であったが、あまり悠長に出来る事でもないので仕方ないと腹をくくったようだった。
出発は一時間後となり、アルは一旦、自分の部屋に帰って来た。荷物もほとんどなく、ベッドと空っぽのチェストだけがある部屋だ。アルはベッドに座り、何かできることはないだろうかと考え始めた。
“ねぇ、あの人はマジックバッグの中に穀物の樽をどれぐらい入れているのかな”
「そりゃぁ、これから配る予定の集落の分だから、何十樽も……」
そうか、グリィの言葉で思いだした。マジックバッグに割り当てられた倉庫の中身なら見ることが出来るじゃないか。もしかしたら何か証拠になるようなものもあるかもしれない。最悪、穀物だけでもマジックバッグから回収すれば蛮族に渡す量は減るかもしれない。
移送呪文をつかって、自分用に割り当てた部屋から、グリィの人形ゴーレムと、壁が壊れている方の釦型のマジックバッグを急いで取り出した。人形ゴーレムにグリィのペンダントをかける。
「グリィ、悪いけど、僕をこの釦型マジックバッグに収納(移送)してくれる?」
グリィのペンダントが首にかかった人形ゴーレムはすぐに動き出したものの、ダメだとばかりに首を振る。
「だめよ、アリュ、ちょっと落ち着いて。まず、転移の魔道具を使って、この部屋を転移先に登録ね。それをしないとここに戻れなくなっちゃう。それと、この釦型のマジックバッグに割り当ててある倉庫に浮遊眼の眼を収納(移送)して安全確認することも忘れないで」
そうかとアルは頭を掻いた。移送呪文が使えるようになり、転移の魔道具と併用することによって行動範囲は広がったが、まだまだ手順は複雑だ。もし、ここを転移先に登録し忘れていれば、釦の魔道具に割り当てられた倉庫での作業を終えて、戻ろうとしても、転移の魔道具に今登録されているのは研究塔である。そんな状況になってしまったら、チャニング村に戻るには、一旦研究塔に戻ってパトリシアたちに手伝ってもらい死の川の先の拠点に転移の魔道具の転移先を登録しなおし、そこに転移してから飛行呪文でチャニング村まで飛んでこないといけなくなる。それは避けたい。
アルはグリィの指摘に従い、チャニング村の部屋を転移の魔道具の転移先に登録し直した後、釦型の魔道具に割り当てられた倉庫の安全確認として浮遊眼の眼を収納(移送)した。倉庫は特に変化はないようだ。悪臭がまだ残っているのではないかと息を止めつつ、グリィ・ゴーレムに収納をしてもらう。
特にこの遺跡には異変はないようだった。地上の廃墟部分には再びシロケナガボンゴが住みついたらしく、三体のシロケナガボンゴがのんびりと毛づくろいらしき事をしている。あの死骸は高く売れたが、そのときコーディは同じように買い取れるかどうかはわからないと言っていた。今は倒さなくてもいいだろう。地下倉庫群からまずは星の2を描いた馬車が置いてあった倉庫部屋の天井近くに移動する。魔法の反応はなし。石軟化の杖をつかって石壁に穴をあけた。
慎重に中を覗き込む。中も特に変化はなく、装飾が少し施された木箱と馬車が同じ場所に置かれていた。あの男がマーローの街に向かったとしても、まだ到着している時間ではないはずだ。あの馬車は星の2ではない可能性が高いということだろう。アルはここではないと判断し、続けて星の3の馬車が置いてあった部屋を調べてみる事にした。
同じような手順で倉庫部屋の天井に近い所の壁に穴をあける。そこに馬車はなく、食料の樽が20個並べられていた。予想より少ない。もう、蛮族の集落に配る予定は2か所しかないということなのか。それとも再びマーローの街で買うつもりなのだろうか。
アルは一旦下まで降りて、床と同じ位置に穴をあけた。サラマンダーのサーリの話をパトリシアやマラキ・ゴーレムにした時に、悪い空気は下に溜まることがあるので気を付けたほうが良いとマラキ・ゴーレムに忠告されたのだ。サーリと一緒に地下に潜っていったときはアイネスというサーリの契約主が遺したマスクがあったが、今、それはない。以前もこの中には入ったので大丈夫なはずだが、そういう知識を持っていると逆に色々と不安になってしまう。そのため安全を考えてそうすることにしたのだ。
中の空気はどんよりとしていた。下から見ても樽の数は変わらない。他にあるのは装飾が少し施された木箱だけだ。アルはその木箱に近づき、慎重に開けてみた。以前は立派な服と、ずっしりと硬貨の入った袋が一つだったが、今回は違う。立派な服はそのままだが、その他に、麻の袋が大量に入っていたのだ。袋の一つを開けて見るとそこには全部金貨が入っていた。他の一つも開けてみる。それも全部金貨。一つだけサイズの違う袋があり、それだけは半分ぐらい銀貨なども混じっている。袋は全てで22個あった。そのうち、21個は全部金貨である。一袋につき金貨100枚は入っているだろう。となると、あわせると金貨2千枚以上あることになる。これは穀物などを買うのに用意された金に違いない。
すごい金だ。どうしたらいい? きっとこれがなくなれば一旦蛮族への食糧の供給は止まるだろう。だが、このマジックバッグの倉庫部屋のからくりに気付くかもしれない。アルが持つ以外のすべての倉庫部屋を魔法解除で潰してしまうのが良いだろうか? 或いは、倉庫部屋に何らかの方法で悪い空気(場合によっては水でも)を入れて致死罠として利用する方法も無いわけではない。
“ねぇ、パトリシア。今いいかな? マラキに聞いてくれない? 移送用の倉庫で動物を運ぶと死んでしまうっていう話があったと思うんだけど、20メートル四方の部屋を密閉して、そこに動物……たとえば鶏とかを入れるとそのうち同じことになるのかなって”
アルは契りの指輪を通じてパトリシアに尋ねてみた。しばらくすると返事が返ってくる。
“かなり時間が掛かりますがなりますって言ってたわ。でも、どちらかというと火を燃やしたほうが早く、同じような事になりますって”
そうなのか。アルがたいまつを使う事はあまりないので意識したことはなかったが、それで危険なこともあるらしい。パトリシア経由でマラキに詳しい事を聞いた後、移送呪文を使って硬貨の袋を全部自分の研究塔の棚に、穀物の樽はここに来るときに使わなかった方の釦型のマジックバッグの中に移した。そして中でたっぷりの薪に火をつけた後、覗いたり出入りしたところを全て閉じて倉庫部屋を密閉したのだった。馬車があった部屋には全て同じように中で焚火をして空気を悪くしておく。
証拠は見つけられなかったものの、少なくとも大量の金が消えたプレンティス侯爵家はマジックバッグを使うことを躊躇するに違いない。調査するにもこうしておけば、マジックバッグを調べることは簡単にはできないはずだ。これでしばらくは蛮族に食料を配るということはできないだろう。
魔導士に直接はなにも出来なかったものの、きっと同じような効果は得られたに違いない。しかし、この2千枚以上の金貨はどうしたら良いものだろうか? 手を付けるのも少し怖いなとそんな事を考えながらアルは転移の魔道具を使いチャニング村に戻ったのだった。
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