18-3 《情熱の兎》亭
「じゃぁ、今日の夜はここでどうかな?」
レビ商会を含めていくつかの店を巡り買い物を終えたアルとオーソンがやってきたのは《情熱の兎》亭と看板のある料理屋であった。奥には宿泊カウンターもあるので宿屋も兼ねているらしい。建物の大きさはいつもアルが辺境都市レスターで定宿にしている《赤顔の羊》亭とおなじぐらいである。店内に入るとかなり繁盛しており、空いているのはテーブル席が一つだけだった。何かの肉を焼いているらしく店内にはかなりの量の煙が漂っている。
「お、いい匂いだ。入っただけで腹が減って来るな」
「うんうん、でしょ? ここの野ウサギのローストは絶品なんだよ」
テーブルにつくと、オーソンが鼻をくんくんさせた。店員が二人のところにやってくる。
「あ、アル君?」
店員はアルの事を憶えていたらしい。
「こんにちは。お久しぶりです。みなさんお元気ですか?」
「ああ、元気にしているよ。アル君も元気そうだね。アル君が引っ越してからウサギ肉の確保に苦労しててさ。店長の髪の毛が薄くなる一方だよ」
店員はそう言ってニヤニヤと笑う。領都で中級学校に在学している間、ウサギを捕まえてここに納品するのはアルの大事な金稼ぎ仕事だった。ウサギを納品したあと、前日の残りものや賄い料理を振舞ってもらえることもあり、おかげで店長はもちろん店員たちとも仲良くしていたのだ。
「そんなに? 一応領都を出る時には冒険者ギルドの人には猟場を紹介しておいたんだけどなぁ」
「うーん、まぁ、お前さんほどの狩りの腕をみんなが持ってる訳じゃないって事だろうよ。一緒に来たのは先輩かい?」
店員はオーソンをちらりと見る。
「うん、こっちはオーソン。辺境都市レスターで色々と教えてもらってるんだ」
「へぇ、そいつはよかった」
店員はにっこりと微笑んだ。オーソンも会釈を返す。
「ところで念願の古代遺跡の探索ってのはできてるのかい?」
懐かしそうに店員が尋ねる。そんなに探索の事をしゃべっていたのだろうか? 不思議そうな顔をしているアルに店員は苦笑いを浮かべた。
「捕まえたウサギを納品するたびにさ、『貰ったお金を貯めて新しい呪文の書を買い、古代遺跡に行くんです』 って言ってたよ」
「ぇー、そんなに言ってたかな」
「うんうん、毎回だったね」
それを横で聞いていたオーソンがクククッと笑う。
「あー、あんまり喋っていると店長に怒られちまう。残念ながらウサギは品切れ中で、今日のおススメはキジかハトのローストだね」
「おー、キジがあるんだ。それならキジで。あとワイン。あんまり高くなくておススメなのをおねがい」
アルの注文を聞いて店員はわかったと頷いて奥に戻っていく。
「へぇ、なるほどな。中級学校の時は金がなかったと聞いてたのに、こういう店に出入りしてたのかと思ったが、そういう繋がりがあったのか」
オーソンは感心したように呟く。
「うん、領都だとゴブリンとかも少ないからね。主に狩りと採集をして稼いでたんだ。狩りはウサギやホロホロチョウ、ウズラとかそんなのが多かったかな。シカとかイノシシとかの大物は狩った後解体したり運んだりするのが大変だったからね」
当時も運搬呪文があったら楽だっただろうなとアルは心の中で思う。もちろん、その呪文の書を買う金などとてもなかった。辺境都市レスターに行く途中でナレシュやレビ会頭と出会い、彼らを助けたことがきっかけで礼金がもらえ、それで呪文の書を入手できた。そこから運が開けてきたのだ。目の前で座っているオーソンと出会えたことも良かった。彼に色々と儲け話を聞き、かなり稼がせてもらったのだ。
「乾杯しよう。運命の女神 ルウドに」
アルは丁度運ばれて来たワインのカップを手に取る。
「ああ、俺も感謝します。運命の女神ルウド、そして太陽神ピロスにも」
オーソンも嬉しそうにカップを持った。
「いつもありがとよ、アル」「こちらこそありがと、オーソン」
料理が運ばれてきた。塩とスパイスの効いたキジのいろいろな部位のロースト、ニンニクの効いたキジ肉と野菜のトマト煮込みだ。
「おー、どれも美味しそうだ」
オーソンは思わず声を上げる。店員はにこりとして頷く。
「店長も後でアルの顔を見に来るって言ってた」
「うん。相変わらず忙しいんだね」
アルがウサギなどを納品していた頃、ここの料理は店長が一人でぜんぶ取り仕切っていた。皿洗いなどはもちろん居るのだが、料理の助手については、結局店長が納得できる者が見つからないのだという。そんなことを話していると新しい客が入って来た。年配の男性二人組だ。
「いらっしゃいませ。あー、参ったな。テーブルが空いてない。どこに相席を頼もうかな」
店員はそんなことを呟きながら店内を見回している。入って来た二人の顔にアルは見覚えがあった。以前クラレンス村の奥の湯治場で会った騎士デュラン卿とその従士ヒースである。
「オーソン、あの人騎士だけど、顔見知りの気さくな人なんだ。相席に誘っても構わない?」
アルは小声で尋ねる。オーソンはもちろんと軽く応えた。
「僕の所で良かったらいいよ」
アルは店員に小さな声で告げた。店員はあの人はお忍びだけど実は偉い人のようなので、本当にいいかと最初は躊躇した様子だったが、アルが実は知り合いだから大丈夫だと説明すると、それならと胸をなでおろした様子で頷いた。
「デュラン様、ヒース様、生憎と席は満席なのです。こちらと相席でもよろしいでしょうか?」
ふたりもアルに気付いて最初は驚いた様子だったが、微笑みながら席に近づいてきた。
「これはこれは、半年ほど前に湯治場でうまい肉を食べさせてくれた少年じゃないか。奇遇じゃな」
「ほんと、奇遇ですね。向こうは落ち着いたのですか?」
従士ヒースが先に声をかけてきた。二人も憶えてくれていたらしい。彼らの任地は機密かもしれないので、アルも向こうとしか言わない。喋りながらもアルはオーソンの隣に移り、料理を自分たちの前に動かして二人が食事のできる場所を空ける。
「かたじけない。いやぁ、まだまだ落ち着かんよ。それよりも酷くなりそうじゃ。おぬしの爺様ほどの魔法使いが居てくれたら、安心なんじゃがなぁ」
デュラン卿がそう言って苦笑を浮かべながら席に着いた。その横にヒースも座りながら、アルたちの食べている料理をみて、同じものをくれと店員に注文していた。
「酷く? まさか?」
もしかして、テンペスト王国との戦争が始まる……ということだろうか?