18-2 神殿、そして買い物
「たぶん、あの建物が、太陽神ピロスの神殿じゃないかな」
「おおっ、すげえ大きいな」
そんな事を言いながらアルとオーソンの二人は太陽神ピロスの神殿の前に到着した。一辺二百メートルほどの敷地は金属製の柵に囲われており、その中心には複数の塔の集合体のような建物とその奥から左右に伸びる三階建ての大きな石造りの建物があった。複数の塔の集合体の建物は礼拝堂のようで外からもいくつかステンドグラスが見え、中心部分にはひと際立派な四つの塔が備わっている。
「えっ?」
建物を正面から見たアルは一瞬固まった。礼拝堂の中心にある塔に囲まれた中心には、丸い銀色の構造物が乗っていたのである。その構造物の形は、テンペストの研究塔の上にあるものと非常によく似ていた。あれは、たしか魔力伝送網の受魔装置とよばれる魔道装置だとマラキは説明してくれていた。どうしてそれがここにあるのか? それともたまたま形がよく似ているだけなのだろうか。
「どうしたんだ?」
「ごめん、勘違いだった。なんでもない」
オーソンが不思議そうな顔をして尋ねた。アルは一瞬どう返事をしようかと迷ったが、今、魔力伝送網の話をオーソンにしてもどうしようもないと考えて、軽く首を振る。
「そうか? まぁ、いいか。とりあえず入ろうぜ」
「ちょっと待って」
『探知回避』 -魔法発見
『探知回避』 -魔法感知
アルは独り言かのようにカモフラージュしながら、小さな声で呪文を唱えた。そして探知回避呪文の対象とした二つの呪文以外の呪文、浮遊眼、透明発見、幻覚発見といった呪文は解除しておく。
本来、アルは全部呪文は解除してから神殿の敷地には入るつもりだったのだが、予定を変更してこの二つだけは残しておくことにしたのだ。
探知回避呪文の効果で、普通の発見系の魔道具にはなにも反応しなくなったはずである。いままで所持していた魔道具についても、グリィのアシスタント・デバイスであるペンダントは苦労して表面に探知回避呪文の魔道回路を組み込んで反応しないようにしていたし、他の魔道具は普段から移送呪文をつかって研究塔の移送空間にしまいこんだ状態であった。
大きな神殿に入った場合、呪文をかけたままは注意されるかもしれないし、魔道具も把握されている可能性があるというのはアルも理解していた。だが、あの丸い銀色の構造物はかなり気になる。魔道装置なのかどうかだけでも把握しておきたいと考えたのだ。
オーソンはアルが何か呪文を唱えたりしているのには気づいていた様子だったが、特に何か聞いてくるわけでもなく知らんぷりをしてくれていた。
もし聞かれても、探知回避呪文という発見系の呪文をかいくぐれる呪文の存在についてはオーソンにも明かせない秘密であった。別の言い訳を何か考えておいたほうがいいだろう。この距離で建物の様子を見ようと試してみたのだと釈明するぐらいが適切だろうか。とりあえず今は彼の配慮に甘えて後で説明することにしよう。いろいろと苦しい説明があるかもしれない。
準備が終わったアルとオーソンは連れ立って敷地を囲う金属製の柵に設けられた表門らしいところから、前を歩く信者らしい男たちに続いて中に入っていった。入り口に居た神官らしき男に献金として銀貨一枚を渡す。
「ありがとうございます。太陽神ピロスの祝福がお二人にあらんことを」
神官らしい男はそう言って大事そうに受け取ると、深々とアルとオーソンにおじぎをした。
アルが生まれたチャニング村にあったのは地母神イーシュの小さな教会で、居たのは司祭一人、司祭に仕える神官などはいなかった。それに比べて、この神殿には司祭か助司祭が複数、さらにその下で働く神官もかなりの人数が居そうだった。今も礼拝に二十人ほどの信者も訪れている。平日の昼間にこれほどの人が居るというのはさすが領都というところだろう。
「おおっ」「わお……」
礼拝堂の中に一歩進んだアルとオーソンは思わず声を上げた。太陽神らしく太陽と空をモチーフにしたレリーフが天井や壁を覆っており、高価なステンドグラスが使われて、礼拝堂の中に太陽の光が導かれている。かなり明るく、神々しい印象を受ける。
「すごいな」「うん」
二人は祭壇に進んでいった。その前で跪く。アルは心の中でオーソンの傷の治療をしてくれることについて礼を言った。こういった礼拝の際に神から啓示を頂いた者もいるらしいが、特段、そういったものは降って来なかった。わざわざ残した魔法発見呪文でも、司祭の何人かが魔道具を持っていることが判っただけで、有効範囲内であるはずの建物の屋上、丸い銀色の構造物に魔法の反応はなかった。ということはただの装飾ということなのだろう。しかしどうしてわざわざこのような構造物を置いたのだろうか。結局アルには少し疑問がのこったのだった。
「すごかったな。あとは買い物して帰るか」
神殿を出たアルとオーソンは少し遠回りをして市場を見て帰る事にした。
「アルは何か買うものはねぇのか?」
「ああ、あるよ。実は国境都市パーカーの北で土地を分けてもらってね。そこに隠れ家を建ててるんだけど、家具だけじゃなく、木材とか布とか必要だなって思ってる」
国境都市パーカーの北の拠点は今の所、転移の魔道具を他の人に気付かれず安全に使うという最低限の目的を果たすために、石軟化と金属軟化が使える杖を使って作った白くて真四角のものでしかない。家具もアルがいままで野営用に買ったものが少しおいてあるだけでしかなかった。もうすこし体裁を整えてもいいだろう。
そして研究塔でも、食料についてはある程度自給の目途が立ったものの、服だけでなくベッドのシーツやテーブルクロスにも使う布類や家具に加工するための木材などは不足していた。島にある素材を使って一からつくりだすことも出来なくはないだろうが、それにはかなりの時間と工程が必要であり、作業をする上級ゴーレムの数には限りがある。さすがにアルも上級ゴーレムを作り出すことは今の時点で不可能であり、購入して運び込むのが現実的だった。
「隠れ家って、そこに引っ越すのか?」
「ううん、今の所、その予定はないかな」
「ああ、そういうことか……。ちゃんと守れるようにしてあるのか? 盗賊とか結構めざといぞ?」
オーソンが何かを思いついたようだった。パトリシアをそこに住まわせると想像したのかもしれない。誰かもそんな想像をしていた。
「まぁ、とりあえずはね」
本当にとりあえずそう言ってごまかしておく。転移用の拠点以外に使う予定はないので簡素なものだし、こちらにあまり時間をかけたくはないのだが、それでも守る仕組みを考えるべきかもしれない。
「買った荷物はどうするんだ? 木材とか家具とかあんまりおっきいのは困るだろ?」
「それはね……」
実際には研究塔と拠点に送るので使うのは移送呪文だが、さすがにそちらの種明かしは無理だ。だが、マジックバッグに入れるところまではオーソンになら見せても大丈夫だろう。転移の魔道具についてはまだ話していないが、こちらもオーソンになら打ち明けても良いだろう。今までもいろんなことを見せてきたし、手伝ってもらっても来たのだ。
マジックバッグを見せて、これに入れて運ぶのだと説明しておけば、カモフラージュとしては十分だろう。なによりオーソンはかなり驚くに違いない。
「あるんだ。秘密が……。まず買い物をして、その荷物を一旦レビ商会の屋敷に運びこんでもらったら、どうするか見せるよ」
アルはそう言って、オーソンににっこりと微笑んで見せたのだった。
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