3-5 大口トカゲ狩り 翌日
次の日は朝からどしゃぶりであった。アルとしては鎧代を稼がなければと少し気持ちは焦っていたのだがどうしようもない。
「まぁ、そう腐るなって。稼ぐネタは他にもあるからよ」
裏庭に面した軒下でアルとオーソンは並んで腰かけ、武器や道具類の手入れをしていた。近くでは宿屋のローレインとアイリスの母娘が洗濯している。一心不乱にナイフを磨くアルの横で、剣の油をぼろぼろの布で拭いながらオーソンはあっけらかんとした調子で呟いた。
「ありがと、うん……そうなんだけどね」
「休みもたまにはいいもんだぜ。昼間っから酒も飲める。お前さんも1杯どうだ? 金がねえなら、ちょっとぐらいなら貸してやるぜ」
オーソンは片手で杯を持っているようなしぐさをしてみせたが、アルはそれを見ることなくナイフを研ぐのに集中していた。その様子にオーソンはかるく苦笑いをうかべた。
「そういえば、昨日の肉体強化、すごかったな。てっきりああいうのって自分にかけるだけかと思ってた」
魔法の話題ならどうだとばかりにオーソンが言うと、アルはすぐにうんうんと頷き、途端に饒舌になった。
「そうだね、でも、他人にかけるのは調整が難しいんだ。力仕事とか走るとか、そういった1つの動きに限定して強化するのなら大丈夫だけど、戦闘となると複合になるから自分でやらないとだからあまり意味がないかもね」
「そんなものか。あの呪文でこいつを……」
そういって、オーソンはうまくうごかない左の足首を叩いた。彼の足首は魔物の攻撃を受けて骨折したらしく、傷自体は治癒したものの骨が歪んでおり足首は全く動かなくなっていた。
「悪いけど、それはごめん、無理だ」
アルは首を振る。
「やっぱりそうか……すまん、判ってたんだ。だが、なかなか諦めきれなくてな。訊かずにはいられなかった」
「回復呪文じゃ無理だった?」
「ああ、高位の再生呪文じゃないと無理らしい。一発でちぎれた腕が生え変わるような強力な呪文さ。使えるのは王都にある教会に居る聖者様とかだってよ」
「そっか……」
アルはナイフの刃に親指の腹を当てて砥ぎ具合を確かめた。いい具合だった。最後に油の付いたぼろ布で拭って鞘にしまう。
「もう一つ練習中の呪文があるって言ってたよな。どんなのなんだ?」
「ああ、運搬呪文だよ。店員は結構人気だって言ってたような気がするけど、使ってる人間はまだ2回しか見たことがない」
「どんな呪文なんだ?」
『運搬』
アルはオーソンに尋ねられて呪文を唱えた。彼の前に黒く半透明の円盤が現れる。
「この円盤は?」
オーソンがその円盤に触れようとすると、円盤はそれに反応したのか、オーソンの手からすこし離れた場所に移動した。
「その上に荷物を載せることが出来るんだよ。僕以外の人間が手を伸ばすとそこから逃れようと移動する」
アルはその円盤の上に鞘に収まったナイフを載せた。言われたようにオーソンが手を出すと円盤はその手から逃げるように移動した。
「ふぅーん」
オーソンがそう呟いた後、素早く手を動かす。円盤は移動しようとしたもののその時にはすでに円盤の上に載っていたナイフはオーソンの手の中にあった。
「そんなに素早くねぇんだな。横から簡単に取れそうだ」
オーソンの言葉にアルは何度も頷いた。
「そうなんだよ。それに、人込みを通り抜けようとするとその円盤が引っかかって止まることがある。そうしたら、すぐ戻らないと距離が離れすぎて円盤そのものがなくなっちゃうんだ。野外なら使えなくもないけど、人のたくさんいる街の中だと使いにくい感じだね」
「なるほどな。どれぐらいの量が乗るんだ?」
「聞いた話だと50㎏ぐらいは大丈夫って話だけど、そっちの検証はできてない」
「50㎏か、ちょっと超えてるが、俺は乗れねぇか?」
オーソンはかなり超えているだろう。装備も入れたら倍ぐらいはありそうである。でも、確かに人を載せるってのは面白いかもしれないとアルは考えた。
「へぇ、試してみよう。じゃぁちょっと待ってね」
『運搬』
アルは一度運搬用の円盤を消し、再度呪文を唱えた。円盤は茶色、形はまるで足のない椅子のようになった。ちゃんと背もたれと肘置きもある。アルは手を添えて運搬の円盤が形を変えた椅子を支える。
「へぇ、色とか形を変えれるのか」
「ああ、試してみたら変えれた。あんまし複雑なのはだめだけど、結構いろんな形にできるんだ。最初はそっと乗ってみて」
オーソンはアルに差し出された宙に浮く椅子の肘置きに手を乗せると、それを持って引き寄せて座ってみた。だが、その椅子はオーソンが座るとゆっくりと地面に着いて動かなくなってしまったのだった。
「くくくっ、重すぎるって」
地面に着いた様子を見て思わずアルは笑う。横目でみていたローレインとアイリスもクスクスと笑っていた。
「ちっ、いや、人は載せれないってことかもしれんぞ」
オーソンがそう言い返したので、アルはローレインとアイリスの2人に交代して座ってみないかと尋ねてみた。
「え? いえ、それは……ちょっと……」
「私乗ってみたい」
母親のローレインが躊躇していると娘のアイリスが元気よく片手を上げた。
「よし、じゃぁ、どうぞ」
アルは楽しそうにアイリスに近づくと、運搬でつくった椅子に片手、そしてもう片方の手を彼女のほうに差し出した。アイリスはその手を取って慎重に椅子に座る。椅子は軽く震えたが、オーソンの時のように地面にまで下りたりすることは無く、宙にふわりと浮かんだのだった。
「おお、人が乗れた。すごい」
アルは思わずアイリスの手を両手でぎゅっと掴んで叫んだ。アイリスはすこし顔を赤くしてウンウンと頷く。横でオーソンとローレインも驚いていた。
「よーし、アイリスちょっとつかまってなよ」
アルはその場で軽く跳ねたり、狭い中庭の軒下をくるくると一周したりというのを繰り返してみた。アイリスの座った椅子が宙を浮かびながらそれを追いかける。
「きゃー、勝手に動くっ、楽しいかも?」
椅子の手すりを握りしめながらアイリスは思わず声を上げた。アルとアイリスはしばらくそうやって楽しんでいた。
「ちゃんと付いていくな。揺れも酷くなさそうだし、利用する方法はいろいろあるんじゃねぇか?」
しばらくして、少し羨ましそうにオーソンはアルに尋ねた。
「そうだね。はずれかもと思ってたけど、意外とそうでもないかもしれないね」
アルはそう言って色々と考えを巡らすのだった。
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