17-9 無事
マイケルが自警団らしい面々を十人ちかく連れて帰って来たのは、三時間ほど経った後、もうすぐ日も暮れる夕方の事だった。
アルはそれまでに二人の応急手当を済ませ、蛮族の集落には何かないか調べ、様子を見に戻って来たらしいゴブリンを五体ほど倒した。さらには呪文の練習を兼ねて、武器作成でつくった槍の刃を広くしたような武器で土を掘り返し、大きな岩は魔道具の石軟化呪文をつかって取り除き、念動呪文、運搬呪文をつかって土を運ぶといった事で倒した蛮族連中を埋めるための深い穴を掘ったりしていたのだった。
「あのあたりだ!」
「おかえり、マイケルさん」
集団の接近を事前にグリィからも教えてもらっていたアルは、マイケルの声を聞くと、すこし薄暗くなっていた周囲を光呪文を使い付近を照らす。
「悪かったな。荷馬車とかの手配に時間が掛かってよ」
たしかに自警団の面々は大きな荷馬車を三台も連れている。二人を運ぶにしてはかなり大げさだ。これはオークも運ぶつもりなのだろうか。そう尋ねると、マイケルは大きく頷いた。
「ああ、ゴブリンはともかく、オークとゴブリンメイジ?とかいうのは村の連中にみせようという話になってな。どっちもこれからこのあたりに出てくるかもしれねぇだろ」
たしかに、それは一理ある。だが、かなり大変そうな気もする。そんなことを考えていると、すこし年配の男がやって来た。マイケルと同じ黒髪ですこし似ている感じだ。
「おまえさんがアルか。マイケルが世話になった。二人を助けてくれて本当にありがとうよ。助かったってマイケルから聞いて子供たちも喜んでた」
その年配の男は嬉しそうにアルの手を掴み、両手で握手をする。アルが誰だろうという顔をしていると、マイケルが自警団の隊長で自分の父親だと説明をしてくれた。
「えっと、まぁ、行きがかり上……ですかね。マイケルさんの勢いに押されたというか……。ちょっとやりすぎてしまったかもしれません。でも、僕もシプリー山地の村出身なんで、他人事じゃありませんでしたし」
アルはすこし歯切れの悪い返事を返す。そういえば、レビ会頭はどんな反応をしていたのだろう。隊商は昼過ぎに止まったまま出発できなかった事になる。今晩はこの村に一泊することになってしまうだろう。元の予定でもミルトンの街からオーティスの街の途中のどこかで一泊するはずだが、この村に泊まって明日オーティスの街にたどり着くのはすこし厳しいかもしれない。
「いやいや、本当、レビ商会の隊商が通りかからなかったら、俺たち自警団だけでアレを相手することになっただろう。とても無事に済んだとは思えない。俺たちの命の恩人だ」
そこまで言って自警団の隊長は想像もしたくないといった様子で首を振る。
「貧しい村だから大した礼はできねぇが、村の広場で一泊してもらう段取りと食事の差し入れはさせてもらうことになってる。それと今後もレビ商会さんの隊商を受け入れ、よい関係を築いていこうという申し入れをしてもらうように村長にお願いしてる。村長もそれには乗り気だし、近隣の村にも今回の話は伝えようとも言ってくれてるんだ。きっと隊商の隊長さんからは褒めてもらえるとおもうよ」
仕方ない展開ではあったと思うし、結果的にではあるが人の命を2つも救えたとは言え、最悪、クビにされても仕方ないかとは思っていた。この話は嬉しい。レビ会頭はこの隊長の思ってるような評価をしてくれるだろうか。ただし、オーソンには怒られそうだ。
「ありがとうございます。とりあえず蛮族の死骸は放っておけないだろうと思ったんで処分する穴は掘っておきました」
「ああ、助かる。ゴブリンの死体がたくさんあると聞いてて、これから掘ると思ってみんなうんざりしてたんだ。なら、荷馬車には生きてた二人とオーク、ゴブリンメイジを一体ずつ載せたら、残った死骸はその穴を利用させてもらってさっさと村に帰ろうか」
「そうですね。でも、その前にこれを……」
アルは手に持ったずた袋から錆びついたナイフや破損している農具のかけら、ぼろぼろになった布きれなどを取り出した。
「集落の中で見つけたものです。他の犠牲者のものじゃないかと……」
自警団の隊長は真剣な顔でそれらを見定め、沈痛な面持ちで頷いた。
「だろうな。幸い、うちの村で犠牲者は出ていなかったが、近くの村の誰かかもしれねぇ。聞いておくよ。貰ってもいいかい?」
「もちろん、どうぞ」
アルはみつけたものを袋にもどし、自警団の隊長に渡す。
「よし、帰るぞ……。皆、アルさんが蛮族を埋める穴は掘ってくれてた。さっさと片付けて、とっとと帰るぜ。二人はそっちの荷馬車、オークとゴブリンメイジはこっちの荷馬車だ」
荷馬車に載せると、道行にはかなり時間が掛かりそうな気もするが、せっかくこの人数で来たのだし、そこは任せることにしよう。ただ、二人はかなりの怪我なので、あまり長時間の振動は良くないかもしれない。
「二人は怪我もしているし、僕が呪文で運びましょう。残りはお願いします」
「アル、有難い。俺も頼めないかと思ってたんだ」
振動が不安だったのか自警団の団長の横で思案顔だったマイケルが嬉しそうに笑顔を浮かべる。アルはにっこり微笑んで頷き返す。
「うん、また出血するかもしれないからね。揺らさないように帰ろう」
「おう、アル、色々とほんとにありがとな」
隊長と一緒に来た自警団の面々も次々とアルに礼を述べ作業に入っていく。アル自身はすこし照れながらその作業を手伝ったのだった。
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自警団の面々と共にアルが村にたどり着いた頃には、日は完全に沈み、あたりは真っ暗になっている。村の入口には篝火が焚かれ、多くの人たちが帰りを待っていた様子であった。自警団の先頭を歩いていたマイケルが大きく手を上げて振ると、村からは歓声が聞こえてきた。子供が二人、他の大人たちの制止も聞かず村から走ってくる。
「パパー! ママー!」
「こっちだよー」
アルは手を振り返した。二人はアルの運搬呪文でつくった寝台のようなものに寝かせてあった。まだ二人とも意識はない。
「二人とも寝ているだけだよ。大丈夫だからね」
アルは子供たちに静かにするように言いながら、ここで無事に寝ているよと伝えると、二人は泣きそうになるのを我慢しながら懸命に頷いた。
「村には薬師さんとか居る?」
「うん、いる」
「じゃぁ、その人にお願いして、詳しく様子を見てもらおう」
「わかった。行こう!」
オークの巨大さに驚きあきれる村人たちを横目に、アルは自警団の隊長に手で挨拶をすると子どもたちに手を曳かれ、隊列から離れて村の薬師の家に向かいそこで二人を引き渡した。アルの見立てはすこし傷は残るものの、おそらく動くのに妨げになるような後遺症は残らないだろうというものだったが、薬師の意見も同じようなものだった。アルも安堵のため息をつく。
「まぁ、よかった。じゃぁ僕はこれで」
二人を預けアルは薬師の家を出る。レビ会頭はどこに居るのだろう。村の中を探しながら歩いていると真ん中の広場で自警団の面々とレビ商会の隊商の連中が仲良く談笑しながら食事をしているのに気が付いた。レビ会頭もその輪の中だ。オーソンやレダもその近くにいる。アルは急いで怒られるだろうかと思いつつ三人の居るところに小走りで向かったのだった。
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