17-8 蛮族集落
マイケルがすこし強張った表情をして奥歯をかみしめつつ進み、そのすぐ後ろをアルは周囲を警戒しながら続いた。そのまま蛮族の集落の周囲にある林をもうすぐ抜けるところまでくると、テントの中からゴブリンメイジが姿を現しオークの近くに行こうとしているのが見えた。発見系の有効射程内、距離にして四十メートルほどだ。おそらくアルが自分たちを強化した呪文の反応に気付いたのに違いない。二人は足を早める。
マイケルが接近してくるのに気付いたオークが立ち上がりこん棒を握った。ゴブリンメイジ二体はアルたちを指さしている。だが、蛮族たちはそこでマイケルたちがたった二人なのに気付いてせせら笑うような様子を見せた。
「オ、オークどもめ! ここで好き勝手はさせないぞ!」
「ギッ ギグギギギ!」
マイケルは眼を見開き少し震えながらも精一杯大きな声を上げた。その様子を見てオークが何か答えた。人間族二人ぐらい大したことがないとおもっている様子で余裕たっぷりだ。アルの存在にもオークやゴブリンメイジはあまり注意を払っていない。マイケルの後ろでアルは掌をオークに向かって突き出した。
『魔法の火花群』 -除外対象(倒れている二人、マイケル)
アルが突き出した掌に青白く大きな玉が浮かび上がった。その玉は真っ直ぐにオークをかすめ、その背後まで飛んだ。オークは一瞬不思議そうな顔をし、ゴブリンメイジは呪文に気が付いた様子で目を見開き逃げ出そうとした。だが、その瞬間には青白く大きな玉はパーンと甲高い音を立てて破裂し、周囲に無数の玉をまき散らす。
パパパパーーーーン
「ウギャギャギャ」「ギャギャギャーーーー」
まき散らされた小さな玉は何かにぶつかると派手な音をたてて破裂した。玉から色とりどりの光が放たれ、周囲に居たゴブリン、ゴブリンメイジがビリビリと震えたかとおもうと、ドサリ、ドサリと倒れていく。オークも痛みに悲鳴らしき声を上げる。
「やったぞっ! アル! すげぇ!」
呪文の効果に思わず大きな声を上げて喜ぶマイケル。だが、膝をつきそうになっていたオーク2体はカッと目を見開き、しっかりと両足を踏ん張るとアルを睨みつける。だが、アルはその視線にたじろぐことなくにやりと笑って見せた。
「マイケルさん、オークが来ます。気を付けて」
「お、おう」
マイケルは剣を持ち直し、オークを見た。オークの皮膚はところどころ黒く焦げているが大きなダメージはないようだ。ギョォオオオと叫び声をあげて、マイケルとアルがいるところに向かって突進してきた。
「こっちだ! ブタ野郎っ!」
マイケルはギリギリまで待ち、すこし上ずってはいるがしっかり声を上げて右に走る。目の前で叫びながら移動するマイケルにオークたちは持ったこん棒を横に振るう。マイケルは辛うじて一つは躱したものの、もう一つは躱しきれなかった。だが、それは六角形の盾の形をした光に弾かれる。盾呪文の効果だ。
「うへぇ、早ぇ。やばいぞ」
慌てるマイケルを横目にアルは軽く頷いた。彼は次の呪文を唱えることができるだけの時間は十分にかせいでくれた。
『貫通する槍』
アルの手元に4本の光る槍のようなものが現れる。その槍は現れた刹那、光の残影を残しつつ飛び、2体のオークのそれぞれ鳩尾あたりに2本ずつドスンと突き刺さる。
「ブギャ……ァ」
小さな悲鳴のような声を上げ、オークはその場で膝をつき、そのまま倒れた。
「な……な?」
「よかった。なんとか」
マイケルは呪文の効果に思わず声をなくし、口をぽかんと開ける。アルは平然とした様子で倒れたオークの状態を確認しようと注意深く近づいていく。
“アリュ、後ろ!”
アルの死角を狙ってか後ろから赤い肌のゴブリン、ゴブリンメイジが近づいてきていた。だが、アルは最初から浮遊眼を使って全周囲を映しているのだ。ゴブリンメイジは30メートルまで近づいてきていて、アルたちに何か呪文を唱えようとしていた。
『魔法の衝』『痙攣』
ふりむきざまのアルの呪文にゴブリンメイジはビクッと身体を震わせる。唱えようとしていた呪文は止まった。
「マイケルさん! やっつけて!」
アルに言われてマイケルははっとした様子で剣を握り直し、ゴブリンメイジに向かって走る。呪文を邪魔されたのだと気づいたゴブリンメイジは急いで逃げようとするが、加速呪文の効果が残っているマイケルの脚の方が断然早い。
「うりゃぁああああ!!!」
大きな声を上げてマイケルは両手で剣を持って振りかぶるとゴブリンメイジの肩口から大きく斬りつける。ゴブリンメイジは成す術なくギャギャギャーーーッと悲鳴らしき声をあげ、緑色の血しぶきを噴き出して倒れたのだった。
「ふぅ、やったね。マイケルさん」
「ああ。やったぜっ。ありがとう ありがとう。はっ、二人は?」
倒れている二人に走り寄るマイケル。だがアルは浮遊眼の眼を空にあげて周囲を警戒した。魔法の火花群呪文の効果範囲を逃れたゴブリンが4、5体居たようだが、襲ってきたゴブリンメイジを除いて他はみな普通のゴブリンで逃げ出してしまったようだった。とりあえず今は安全だろう。
「やった、二人とも息はある!」
うれしそうなマイケルの声が響いた。アルもおもわず頬をゆるめる。二人とも命があったというのはかなりの幸運だ。
「マイケルさん。よかった。すごかったですよ。しっかり仕事もこなしてくれましたし、おかげでオークを倒す呪文も打てました」
「お前さんの魔法がすごいんだよ。ほんとうに助かった。よかった……」
マイケルはその場で涙を流し始めた。言われた通りの事は上手にしてくれるだけの能力はある。ゴブリンメイジを咄嗟にアルの指示をうけて倒したところなど、戦士としてはかなりの素養がありそうである。だが、かなり感情に流されやすいタイプのようだ。
「マイケルさん、もう大丈夫そうな気はするけど、まだ、他に蛮族が残っているかもしれない。僕はここで周囲を警戒しながら二人の手当をするんで、一足先に村に戻って状況を報告して、応援を連れて来てくれます?」
「俺一人で? お前さんが飛んだ方が早いんじゃ??」
アルはため息をつく。
「もし、オークがあと一体でも居て戻ってきたら、マイケルさんはどうするんですか? 今は加速呪文や盾呪文の効果が残っているから良いですけど……」
「そ、そうだな。わかった。行ってくる」
マイケルは走り出した。村まではおそらく三キロぐらいだ。念話が届く距離ではなかったが、走れない距離ではない。マイケルが主導で動くほうがレビ商会、村双方とも動きやすいだろう。さて、マイケルは息があると言っていたが、ふたりの状態はどうなのだろう。アルも一応、幼い頃から狩人としての訓練はして来たので応急手当ぐらいなら出来る。
「グリィ、周囲の監視は引き続きお願いね」
“わかったわ。まかせて”
アルはそう呟いて、二人のところに急いだのだった。
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