17-7 蛮族発見
足跡などの痕跡を辿ってアルとマイケルが着いた先は、林の木々に囲まれた小さな池の傍に広がった雑草だらけの土地であった。中央の草を刈りとったちょっとした広場の周りには、まだ数はそれほどないものの木の柱に布をかぶせた簡単なテントのようなものが複数並んでいる。広場と池付近にはちらちらと蛮族の姿があり、広場の真ん中には煮炊きをする焚火、そして薄汚れた布に丸とその中心に点が描かれた蛮族独特の模様のある旗が飾られていた。
「結構いるね」
「いつの間にこんな集落が……」
二人は少し離れた木の陰からその集落の様子をじっと眺めた。広場の中心の焚火のすぐ横には縄で縛られ転がされた三十才前後の男女2人の姿があった。おそらく子供たちの両親だろう。2人とも激しく抵抗をしたようで所々から血を流している。ぴくりとも動かないのは気絶しているのか。それとももう死んでいるのか……。
蛮族で目立つのは足跡もあったオークであった。見える範囲では2体だけである。ゴブリンの数は2、30体程だろうか。まだ帰ってくる蛮族が居るかもしれない。
オーク2体は焚火の前に座り、何かを飲んでいた。彼らの周りにいるゴブリンは盛んに焚火の周りに大きな石を運び、薪を積み上げたりしている。宴でもはじめようというのだろうか。
「うまく飛んで片付けられるかな……」
「飛んで片付け? どうするつもりだ? まさか集団攻撃魔法とかじゃないよな。そんなの使ったら二人とも巻き込まれちまう」
マイケルはそれは絶対にダメだとアルの肩を掴む。だが、アルは軽くそれを払ってそんなことはしませんと答えた。たしかに以前であれば、どうするか悩んだ結果としてそれを提案せざるを得なかったかもしれない。だが、アルは最近アイネスのところで魔法の火花群という呪文の書を発見しこれを習得していた。
この魔法の火花群という呪文は魔法の竜巻と同じような集団攻撃用の呪文であった。敵の真ん中に向かって呪文を放つとまず光る大きな玉が飛んでいく。その大きな玉は狙ったところで爆発して大量の小さな玉をまき散らし、それは何かに衝突すると色とりどりの魔法の火花となってダメージを与えるのだ。広場の周りにはテントはあるが粗末なものなので遮蔽とはならず近くにいる蛮族たちも十分巻き込めるだろう。
ただし、この魔法の火花のダメージは魔法の矢より弱いぐらいなので、本来なら魔法の竜巻や魔法の衝撃波のほうが圧倒的に強い。だが、この呪文の利点は飛び散る小さな玉が弾ける先を制御することができるところにあった。そのため、敵味方混じった集団に対しても、意図的に味方だけを除外するようにして使うことが出来るのである。
「そんな呪文があるのか……」
「一撃でオークを倒すところまでは難しいでしょうけど、空から何度も使えばいけるはず」
「なるほどな……」
アルは自分とマイケルに盾呪文などの強化呪文を使った後、慎重に蛮族の集落に近づいていった。だが、その途中で急にアルの足が止まった。
「だめだ、テントの中に呪文の反応がある。ちょっと待って」
飛行呪文を使って空から集団攻撃魔法を放つ。この圧倒的に有利な攻撃方法には実は弱点があった。それは魔法解除呪文だ。単純に飛行呪文を解除されればそのまま落下してしまうのである。
以前、チャニング村を脅かす蛮族に対抗するのに空から同じような方法を使ったがその時にはアルの魔法発見には何の反応もなく、ゴブリンメイジの姿もなかったのでこの危険はなかった。だが、この目の前の集落には魔法発見に反応する呪文の反応があったのである。ということはテントの中には呪文が使える者がいるということを示しており、空からの攻撃にはリスクがあるということである。
さらに、相手が使っている呪文も問題である。この状況なら警戒の為に魔法発見を使っている可能性は高い。ということは近づいていくと確実に発見されてしまうだろう。
『知覚強化』 -視覚強化 遠視
確認のためにアルは視力を強化して遠くからテントの中を覗いてみる。そこには肌の赤いゴブリンが2体居た。ゴブリンメイジである。幸い、こちらにはまだ気づいていない様子であった。ということは、この呪文の反応は魔法発見だろうか。さてどうするか……。
アルはマイケルの顔をじっと見た。
「マイケルさんは蛮族討伐の経験は?」
「オークの2体ぐらい楽勝……」
勢いのある答えだが、おそらく嘘だろう。すこしだけだが足が震えている。アルはじっとマイケルの眼を見た。
「すまん………自警団で協力してゴブリンを討伐したことが何回かある。最大で3体だ」
蛮族を倒したことが無いわけでもないということか、だが、それではすこし厳しいだろう。飛行呪文にリスクがあって使えないとなると下手をするとオークにつかまる。
「帰りましょう」
せめてオーク二体を足止めできれば、魔法の火花群呪文を使った後、オークを倒すための呪文を使う余裕があるのだが、マイケルにそれをしてもらうのはリスクが高すぎるだろう。レジナルドとオーソンの二人を連れてくればなんとかなるか……。
「だめだ。それだと、二人は食われちまう」
飛行で村まで戻って、ここに再び来るまでには十分以上はかかるだろう。オークとゴブリンの宴の準備は着々と進んでいた。先が二股になった太い木が焚火の左右に準備され、その横に二メートルはある鉄の串が転がっていた。あの鉄串をどうするつもりなのか。しかし……。
「お願いだ。頼む。なんとか……なんとか……」
「死ぬかもしれません。そして死んでも助けられないかもしれない。だめです」
マイケルにも親が居るだろう。もしかしたらもう結婚して子供も居るかもしれない。自警団は冒険者ではないのだ。こんなリスクは冒すべきではない。
「それでもだ。お互い助け合わないとここでは生きていけない。見捨てるのはだめだ」
マイケルの顔は真剣だ。アルの故郷、チャニング村でもそれは同じだった。蛮族を相手にするのに、村人は皆お互いを信頼している。確実に安全ではないからといって仲間を見捨てるなんてことは考えていなかった。
アルはじっと考え込んだ。
石軟化が使える杖で石を加工して防護設備を作るほどの時間はないだろう。
密かに隠蔽呪文などで近づいて二人をマジックバッグか或いは移送呪文を使って回収できないかも考えたが、二人を救出した時点で確実に見つかってしまうだろう。
では幻覚呪文を作って脅かすのはどうだろう? 出来るかもしれないが効果は確実ではない。失敗しても再チャレンジできるような状況なら試してみたいが、すこし厳しいだろう。
他に魔法の火花群呪文より先にオーク2体とゴブリンメイジを眠り呪文か麻痺呪文で無力化できないか試みるという手もある。これについては、どれぐらいの確率で呪文が効くのか少し不安がある。抵抗されればどうしようもないのだ。そして、もしオークに効いたとしてもゴブリンメイジに効かなければ飛行呪文と同じく解除されるという可能性もある。いや、ゴブリンはともかくゴブリンメイジは魔法の火花群呪文で倒せるだろうか……。それとも近づいて先に貫通する槍呪文でオークを片付けるか、でもその場合、大量のゴブリンに襲われる事になる。そちらのほうがリスクは高いかも……。
どれも不安要素はある。どれが一番確実だろうか。色々と考えた結果、アルは心を決めた。
「マイケルさんは逃げ足に自信あります?」
「お、おう。鬼ごっこなら負けねぇ」
「三十秒……いや、十五秒ぐらいオークを引き付けてもらえます? 場合によってはゴブリンメイジも……」
「えっ?」
マイケルは大きく目を見開いた。だが、少し考えてこぶしを握る。
「呪文を使う時間を稼げばいいんだな? わかった」
「加速呪文を使います。抵抗しないで……」
『加速』
アルはそう言って呪文を使った。マイケルは手を振り回してその効果に驚く。
「大体、2、3割ぐらい早く動けるはずです。慣れないうちは躓いたりすることもあるので、本当は余裕が欲しいところですが、そうも言っていられません。肉体強化よりはまだ馴染みやすいとおもいます。盾呪文の効果もあるし、先にゴブリンを倒せばきっとなんとか……お願いします」
「おお、すげぇ。わかった。これなら凌げそうな気がしてきた」
マイケルの言葉にアルは頷いた。
「じゃぁ、行きますよ。呪文が届くようになったら僕はそこで立ち止まって打ちますが、マイケルさんは止まらず進んでオークを挑発してください。怖いと思いますが、お願いします」
「わかった、行く!」
マイケルは大きく自分の頬を両手で叩いて気合を入れると、剣を抜きアルの前を走りだした。
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