17-6 遭遇
出発してから二日が経った。噂通りいつもより多くの蛮族を発見したものの、隊商自体の人数が多いことも有ってか襲撃を受けることなく順調に進んでいた。
昼を少し過ぎた頃の事である。アルとレダはずっと交代で周囲を見張りながら、馬車の中で魔法の話を続けていた。と言っても、レダがアルに聞くことが殆どである。というのも、彼女は魔力制御呪文を使う事によって、既に習得済みの呪文、例えば光呪文で光を灯した後、その光の明るさを変えたりすることはできるようになっており、他の呪文のオプションの使い方などを聞きたがったのだ。そして、アルの魔法の使い方に感心しつつも、半ば呆れていた。
「でも、これは本当に楽になりました。ですが、ちゃんと見る範囲を広げることのできない術者の場合だとどうしても死角が出来るかもしれません」
レダは出発の時のアルの提案した馬車の天井につけた棒の先に浮遊眼呪文の眼を載せる方法もかなり画期的だと感じていたようだった。だが、自分以外のエリックやフィッツが使う際にどうすればよいか悩んでいる様子でもあった。エリックは魔力制御呪文も既に習得してしまっており、オプションについては未だにうまく扱えないのだ。
「うーん……」
それについては、アルも良い方法が思いつかない。そんな話をしていると、前方で何か叫び声がして、馬車が急に止まった。アルは窓の外とレダの顔を交互に見る。丁度浮遊眼呪文で周囲の警戒をしていたのはレダの番で、アルは彼女に任せて周囲をあまり見ていなかった。村の近くを通り抜けようとしていたところらしく、窓の外には石造りのレンガを積んだ粗末な家がいくつか見えた。
「村の広場に人が集まっていて、そこから子供が二人、隊商の前に飛び出してきたのです」
「子供が? 轢かれた?」
「いえ、それは大丈夫です。先頭はレジナルドさんでしたが、ちゃんと止まっていました。でも何か子供がレジナルドさんに泣きながらお願いをしている様子です」
アルたちの乗っている馬車のすぐ前はレビ会頭の馬車だ。扉の開け閉めする音がした。レビ会頭たちは馬車から降りたらしかった。
「ちょっと見て来ます。レダ様は周囲の警戒をおねがいします」
アルは急いで馬車から飛び降りた。少し先をレビ会頭とオーソンが歩いている。アルも急いで二人を追いかけた。
「会頭、申し訳ありません。あの子供たちの親たちが蛮族に襲われたらしく、助けを求めているのです」
レジナルドの話によると、ここから少し離れた畑で農作業をしていた家族が蛮族に襲われたらしい。親たちは精一杯抵抗してなんとか子供たちは逃がしたのだそうだ。村の自警団たちがどうするか村の広場で相談していたところに丁度隊商が通り過ぎ、子供たちがそれに気がついて親を助けて欲しい一心で隊商の前に飛び出してきたということだった。
アルは隊商の前に座り込んでいる二人の子供と、それを慰めつつ隊商を止めて申し訳ないと謝っている自警団らしい男たちの姿を見た。二人の子供はレジナルドにむかって親を助けて欲しいと必死に頭を地面にこすりつけるように何度もお願いしていた。顔は涙と鼻水とでぐちょぐちょである。
「レビ会頭、ちょっと僕、見て来ても良いですか?」
「行ってくれるかね? アル君が行ってくれるのなら追いつけるかもしれない……」
思案顔だったレビ会頭はアルの申し出に頷く。だが、左手でなにかこっそりとアルにサインのようなものを送っていた。何か意図があるのだろうか。話を続けるレビ会頭にアルは密かに念話を送る。
“どうしました?”
“申し訳ないが、これが凝った芝居の可能性も無いわけではない。ここまでの状況なので疑いたくはないが、長年このような事をしてきたのでね。例えば親を盗賊が人質にしているといった事もかつてあったのだよ。アル君も一応その可能性も意識しておいて欲しい”
なるほど、レビ会頭はそこまで配慮しているのか。蛮族、子供……アルの頭の中は自分の子供の時の経験から蛮族に対する憎しみで一杯になってしまっていた。頭の中がすっと冷える。
“わかりました。ありがとうございます。意識しておきます。とりあえず魔法発見等には何も引っかかっていません”
“頼む。もちろんこれを意識しすぎて助けられないという事になれば意味がないので心の隅にだけね……”
最後の言葉は悲しそうだった。アルはグリィにもレビ会頭から注意してもらった事を伝えておく。
「とりあえず、その襲われたところまで行きますね。誰か案内を……」
アルはそう言いつつ、運搬呪文で宙に浮かぶ椅子を作る。自警団の若い男が手を上げた。
「俺が行く! こいつらの親父さんとはよく飲んでたんだ」
年はアルより2つか3つ年上だろう。黒髪で身長は180センチ位ある。腰にはすこし古びてはいるが剣を下げている。名前はマイケルというらしい。
「じゃぁ、ここに座って」
アルはマイケルに落ちないように肘置きをしっかり持つように伝えた。彼は何のためかよくわからない様子だったが、言われるがままに腰かける。
『飛行』
アルはふわりと飛び上がった。マイケルが座った椅子も一緒にふわりと浮かぶ。
「うわわっ」
マイケルはあわてて肘置きをしっかりとつかみ直した。
「襲われたっていう所まで飛ぶよ。どっち?」
「あ、あっちだ」
マイケルは慌てつつも、西に向かう道を指さした。
「しっかりつかまっててよ!」
アルは徐々に速度を上げ、西に向かう道にそって飛行を開始したのだった。子供たちは魔法使いさん、マイケル、おねがい!と大声で叫びながら二人を見送ったのだった。
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「襲われたのは、あの小屋があるあたり……のはずなんだが」
マイケルが子供たちに聞いた話では、昼に農作業が一息ついたところで、母親が休憩をしようと小屋に置いてあった水を取りに行ったところで蛮族に遭遇したようだった。父親と一緒に居た子供たちは逃げろと言われて必死で村まで助けを求めに走り、父親は母親を助けに行ったのだという。その時父親は、ゴブリンが十体程だと言っていたらしい。
アルはその小屋のところまで警戒しながら降下した。ゴブリンなどの気配はもう残っていない。小屋の入口近くの地面には争った形跡があり、人族だと思われる赤い血とゴブリンらしい蛮族の緑色の血が小屋の壁やあたり一面に残っていた。そして、地面にはまだ新しい何かを引き摺った跡まで残っていた。そして、ゴブリンや人間の靴に混じって別の種類の足跡も残っていた。痕跡の深さからして人間の二倍ぐらいの体重があり、二本足で歩いているので蛮族だろう。四本指だが、真ん中の二本が明らかに大きく尖っていて、リザードマンとも違っていた。
「この足跡は……まさか、オーク? ゴブリンだけじゃなかったの?」
オークは猪のような頭、身長は三メートルほどででっぷりとした身体の力の強い蛮族で、人族を好んで食べるのだとか、若い女性は弄ぶのだとかいう悪評がよく知られていた。
とは言え、オークはもっと北方や西方で生息しているらしく、このあたりではあまり見かけない蛮族であった。アル自身も領都や辺境都市レスター、国境都市パーカーの冒険者ギルドでオークの討伐依頼などは見たことがなく、実際に足跡を見るのもこれが初めてであった。ただ、アルがまだ小さいころ、一度だけチャニング村の近くで小さな集落が発見された事があり、その時には、領都から衛兵隊が二個小隊、すなわち二十四人前後の衛兵が派遣されるといった騒ぎになったのだけは憶えていた。
オークという言葉にマイケルは顔を強張らせた。彼もその悪評を聞いたことがあったのかもしれない。だが、何かを否定するように懸命に首を振る。
「死体がないってことは、まだ二人とも生きてる可能性はあるってことだよな」
確かにその可能性もないわけではない。ないわけではないが……。アルは唇をかみしめた。とりあえず、この状況からするにレビ会頭の懸念は杞憂に終わったのは確かだろう。だが、事態はかなり悪そうだ。
「僕はこの足跡を追跡するよ。どうする? ついてくる? 報告に帰る?」
「行く」
マイケルは怒り心頭の様子で顔を真っ赤にし、アルの言葉に強く頷いた。
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