17-5 出発
翌々日の朝、辺境都市レスターの東大通りと四番環路が交差するあたりで、アルはオーソンと共に大きな荷物を足元に置いてのんびりとおしゃべりをしていた。二人はそこでレビ会頭の希望より1日遅れで出発することになったレビ商会の隊商を待っていたのである。
「お前さんと組んで、もうすぐ1年か。いや、ホント、金もけっこう稼げたし、もう無理だと思ってた足まで治療してもらえるなんてな。ほんと、アル様々だ」
「ううん、僕もオーソンのおかげで色々助かったんだ。本格的な冒険者としての知識も教わったし、キノコ祭りの時もなんとかやり過ごせたしさ」
そんな事を言いながら時間をつぶしていると、しばらくして立派な馬車と荷馬車の一団がやって来た。レビ商会の隊商である。馬に乗った護衛の一人がそこから離れ、アルたちのすぐ近くまで来て馬から降りた。レビ商会の傭兵の一人、レジナルドである。
「アル、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「こんにちは。元気にやってますよ。今回はレジナルドさんの指揮ですか? よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。実は今回護衛を八人しか連れてこれなくてな。それも二人は新人なんだよ」
そこまで言って、レジナルドは胸のポケットから櫛を取り出して自分の髪を整える。
「街道を移動するし、夜は宿に泊まる予定だから、普通ならまぁ、これでも大丈夫なんだろうが、最近は街道に蛮族がよく出るって話があるからなぁ……。ちょっと心もとないと思っていたんだ。お前さんが来てくれるって聞いてほっとしたよ。そっちのオーソンさんも腕は立つんだろ? 何かあった時には、おまえさんたちとエリック様のところから来てもらった魔法使いが頼りだ。よろしく頼む」
蛮族が良く出るのなら注意しないと。アルは気持ちを引き締める。エリック様の所の魔法使いも参加するのか。一体誰だろう?
「ああ、ちょうど来たぜ。あの馬車だ」
レジナルドは遅れてやってきた馬車を指さす。以前、隊商の護衛でエリックが乗っていたのとはまた違う、一頭立てのさほど大きくない馬車である。御者には見覚えがあった。以前、屋敷の門番をしていたあのだみ声の男である。
「レダとかいう魔法使いだ。すごい美人だが、言葉がきつくてよ。俺はあんまり好みじゃねぇな。聞いた話だとエリック様の弟子の中では一番腕が立つらしい。アルは彼女の馬車に乗ってくれ。オーソンさんはレビ会頭の身辺警護という形であっちの馬車に一緒に乗ってもらう」
わかったとオーソンはアルに手を振り、会頭が乗っているであろう立派な馬車の方に向かって行った。レダが一緒なのか。それは心強い。彼女は浮遊眼呪文も憶えているはずだし、第一、アルの魔法をある程度知ってくれているのでやりやすいだろう。
「わかったよ。何かあったら念話で連絡するのでよろしくです」
「念話??」
レジナルドは体験したことないらしく、不安そうな顔をした。指を動かし、念話を送る。
“こんなやつ。口に出さなくても、明確に言葉を考えたら返事は返せるから”
レジナルドは眼を見開いて驚いた。
“う、うわっ これが念話かよ……。すげぇ……えっと、たしか返事は言葉で考えるんだな。バーバラにそんなことを聞いたことがある。……アル? アル? 聞こえるか?”
アルは思わず苦笑を浮かべた。
“はいはい、聞こえてます。移動中に何か見つけたらこうやって連絡するかもです”
“わ、わかった。よろしく頼む……うわぁ、びっくりしたな……。念話ってエリック様が使えるって聞いてたけど、アルもこんな事出来るのか”
いろいろと思念が漏れ聞こえてくる。アルは一旦念話の接続を切り、オーソンを見送ると、レダの馬車に近づく。アルに気付いたらしく、御者は馬車を停めてくれた。
「おはようございます。えっと、門番さん。荷物は後ろに載せていいですか?」
「ああ″、ええど。げんぎにじでだが? (ああ、いいよ。元気にしていたか?)」
なんとなく意味は分かるが相変わらずのだみ声だ。
「はい。ありがとうございます」
馬車の後ろに自分が持ってきた大きな背負い袋を載せる。移送先の区画やマジックバッグを使えば荷物を全部詰める事もできなくはないのだが、数日掛かる旅程に手ぶらで参加するのは不思議に思われてしまうので、着替えや金属製の食器など、あまり高価でないものは以前と同じく背負い袋に入れて持ち歩いているのだ。
「アル君、マーカスたちにあなたが訪れてきたって聞いて驚きました。心配していました……」
レダが馬車から降りてきて、アルの手を取る。少しオーバーなと思ったが、よく考えれば、彼女と最後に会ったのは辺境都市レスターからパトリシアと共に逃げ出したとき以来であり、アルとパトリシアの仲も知っていた。彼女はアルとオーソンが行った偽装にうすうす気づいて逆に心配していたのかもしれない。アルはとりあえず自分の頭を掻きながら、にっこりと微笑んだ。
「元気です。今回の仕事では一緒みたいなのでよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。馬車は私の馬車に乗ってもらうということで、こちらにどうぞ」
レダは何故か少し緊張している様子であった。以前とすこし口ぶりが違う気がする。いや、エリックと話しているときのレダはこんな口ぶりだったかもしれない。とりあえず、レダに案内されるまま、アルは馬車に乗り込んだ。中にはレダやアルよりもまだ若い女の子が一人座っていた。年のころは十二、三才ぐらいだろうか。身長は140㎝程、髪は黒く、レダと同じように短く切りそろえている。
「その子は新しい弟子でミーナといいます。まだ呪文は使えませんが、私の身の回りの事をお願いしているの」
ミーナと紹介された女の子はアルに軽くお辞儀をした。よろしくねとアルも会釈を返す。
「じゃぁ、警戒作業の分担ですが……、1時間交代でどうでしょう」
レダとアルが馬車に並んで座ると、早速レダが尋ねてきた。おそらく浮遊眼呪文の担当の話だろう。浮遊眼呪文は眼を動かすとかなりの気力を使ってしまうようで疲れやすい呪文なのだ。アルが最初に疲労しすぎて魔法が使えなくなったのも浮遊眼呪文でレインドロップを探して回ったときだった。
「うん、レダ様が良ければ僕はそれでいいです。念話呪文は使えるのでレジナルドとの連絡で必要なら言って下さい。そういえば、浮遊眼呪文の眼は極力動かさないほうが疲れにくいみたいなのです。長い棒みたいなのを馬車に付けてその先に乗せてみるというのを試してみたいのですけどどうでしょうか」
アルは最近浮遊眼呪文の熟練度を上げるために、眼を自分の頭の上に後ろ向きに載せて歩くということを試していた。もちろん死角をなくすためにそうしているのだが、これをしていて気がついたことがあった。眼をずっと頭の上という位置に置いておくだけならそれほど疲労は酷くないのである。逆に、浮遊眼呪文の眼を激しく動かすとかなり疲労するようだった。それなら、この方法を使えば疲労はかなり減らせるはずだ。実際に試すには絶好の機会だろう。
「なるほど、是非試してみたいですね。ですが、急に長い棒は……」
アルの提案にレダも乗り気な様子であった。だが、すぐに準備はできないのは当然か。アルは少し考えて方法を一つ思いついた。
「ちょっと可能なら用意してみてもいいですか?」
アルは出発まで時間があるのかなと馬車の外を眺めてみた。荷馬車の具合を確認している者も多い。まだ大丈夫そうだ。アルは再び馬車の扉を開けて外に出る。何をするつもりなのかとレダも一緒に外に出た。
『武器作成』『飛行』
呪文を唱えた途端、アルの手に4mほどの棒が現れた。棒の先には小さな網カゴのようなものが上向きについている。アルはその棒を持ってふわりと浮かび、馬車の天井近くにまで行く。そこで粘着呪文を使って棒の根元を馬車の車体のしっかりしたところに固定した。その様子をレダはあっけにとられた様子で見ていた。
「馬車の上だから、これぐらいの高さでいいですか?」
レダはアルにそう問われて、慌てて頷いた。その顔をみてアルは少しやりすぎたのかもしれないと思った。だが、レダはともかくエリックならこれぐらいの呪文はきっと使えるはずなので、それほど驚くことではないだろうと考えなおした。
「そろそろ出発するぞー。大丈夫かー?」
レジナルドの声が聞こえた。浮遊眼呪文で実際に眼を載せて様子を見るのは出発してからでよいだろう。アルはレダとだみ声の御者の顔を交互に見た。気を取り直した様子で彼女は軽く微笑んで頷き、大丈夫といった様子で片手を上げた。他の馬車からも問題ないと言う様子で返事が返って来た。出発らしい。荷馬車が十台、普通の馬車はレビ会頭がのっているものとレダの馬車の二台だ。アルの魔法発見に反応するものはレビ会頭の馬車で5つとレジナルドが2つである。透明発見、幻覚発見に反応は全くない。問題はないだろう。
「はーい」
アルも手を振って応えつつ、大急ぎで馬車に乗る。レダもそれに続いた。隊商の出発であった。
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