17-3 レビ商会
呪文の書を売っている店の隣はレビ商会の本店である。アルが呪文の書が入ったカバンを大事に抱えて店の中を覗き込むと、顔見知りの店員がすぐにアルに気付き、いつもの応接室に通してくれたのだった。
「アル君、ナレシュ様から貰った土地に塔を建てているという噂を聞いていたのだが、そちらはもう完成したのかね」
ほとんど待つ間もなく、すぐに奥から顔を出したレビ会頭は、アルの顔を見るやいなやそんなことを尋ねてきた。塔というのはケーンが流した話だろうか。一応建物は作ったが、ソフテンストーンが使える杖を活用して作ったただの四角い箱のようなもので、広さは普通の家ほどしかない。アルは思わず苦笑を浮かべた。
「塔……じゃなく、石造りの小さな箱みたいな家ですけど、一応完成しました。本当に大したものは何もないですけどね」
アルとしては、安全に転移の魔道具が使えるのが目的の拠点である。移送呪文を入手したことで、事前に浮遊眼呪文の眼を送り込むことができるようになり、より転移の時の安全確認ができるようになった事は安心要素であった。あとは数人分が寝泊まりできるように最低限の家具を置いた程度である。貴重品などは何も置いていない。
「そうか。そこを隠れ家とするわけではないのだな。姫に住んでいただくには、すこし不安だと思っていたのだよ」
アルは少し微笑んで首を振った。なるほど、レビ会頭はあそこにパトリシアを住まわせると思っていたのか。
「国境が近いし、それは無理かなって思います。今は休憩場所ぐらいの拠点でしかないです。ところで、オーソンの脚の治療の件ですが、今日、レスターについたばかりなので本人ともまだ会えていないんです。予定を教えてもらっても良いですか?」
アルが尋ねると、レビ会頭はすこし眉を顰めつつ軽く頷く。
「ああ、遅くなって申し訳なかった。領都におられる太陽神ピロスの大司祭様の予定がなかなか調整できなくてね。一応、三月の末頃ということになったよ。オーソン君にもそういう風に伝えてある。アル君にもその前に行われるワイバーンのはく製を寄贈する式典から出てもらおうと思い、君に新しく与えられた土地に使いの者を走らせようとしていたところだった」
式典か。表向きは寄贈する形ではあるが、オーソンの脚の治療だけでなく、裏ではそれに対する礼としてさまざまな形で利益を得るにちがいない。そこはアルにとってはあずかり知らぬところだ。
「ということは、三月末の数日前に領都に着いていればいいですか?」
飛行呪文で領都まで飛んで行くなら数時間程度で行けるだろう。そう考えると、それまでに三週間程空いた時間ができることになる。今日入手した呪文の書の習得だけでなく、パトリシア、ジョアンナと共に辺境を逃げ回っている間に耳にした古代遺跡を自分の目で確かめに行く事もできそうだ。
「うむ、それはそうなのだが、もし可能なら護衛を頼めないだろうか。最近また街道に蛮族が良く出るらしくてね。安心できる護衛が確保できずに困っていたのだ」
アルが空いた期間をどうするか考えていると、レビ会頭がそんな事を言い出した。アルは少し考えたもののいいですよと返事をした。レビ会頭にはいろいろとお世話になっている。目的の古代遺跡はどれも調査作業が終わっているという話だったのでそちらは急ぐ話ではないし、レビ会頭の事だから報酬もしっかり貰えるだろう。探索はまたこっちに来た時に考えればいいのだ。
「何か予定があったのなら申し訳ない。だが、ナレシュ様の男爵領の方もいま立ち上げ時期でね。人手が足りないのだ。君も向こうの状況は知っているだろう」
たしかケーンのところに二人、ジョアンナのところに四人、レビ会頭の手配で新人が入ったはずだが、まだ発足して3カ月だし、あの感じだとレスター子爵家からはほとんど助力がないのだろう。レビ会頭も大変な事だ。しかし、どうしてそんなことになっているのだろう。ナレシュもレスター子爵にとっては大事な息子ではないのだろうか。
「うむ、いろいろと事情があるようだな」
アルが尋ねると、レビ会頭は軽く首を振った。彼としてはあまり言いたくない事なのだろうか。少し気になるが、あまり聞ける雰囲気でもない。
「ところで、レビ会頭、これを見てもらえます?」
アルはそう言って、以前古代遺跡から手に入れた古い意匠の金貨と、紫水晶の原石、大小いくつかを取り出してテーブルに並べた。
「これの価値とかを知りたいのですけど、もしレビ会頭がご存じなら教えていただければと……」
レビ会頭は最初、紫水晶をちらりと見たが、特に反応を示すことは無かった。古い意匠の金貨をつまみ上げ興味深げにじっと見つめる。
「これは、古代文明の金貨だな。真贋はきちんと確かめるべきだが、私の見る限りではおそらく本物だろう。保存状態もかなり良い。収集家なら倍の枚数の金貨と交換してもいいと言いそうだが、アル君はこれをどこで?」
「古代遺跡です。場所は言えません」
アルはすこし首を振った。レビ会頭はその様子を見て軽く頷く。
「アル君ならあり得るな。そういえば、剣も古代遺跡で見つけナレシュ様とジョアンナ殿に贈ったのだろう? ああ、パトリシア姫様がいらっしゃるのは古代遺跡だったか。ならば、そちらのほうが安全という事だな」
ナレシュに剣を贈った話はレビ会頭の耳に入っていたようだ。レビ会頭は研究塔で剣もこの金貨も発見したと想像したようだ。最初から説明するのも面倒だとアルはとりあえず適当に頷いておく。
「古代文明の金貨となれば、新しい古代遺跡の発見があったと大騒ぎになってしまうだろう。私の方で買い取ってもいいが、私も商人なので倍でとはいえぬ。五割増しぐらいならどうだろう?」
五割増し! ということは、今持っている300枚は450枚になるということか。いや、さすがに量が多いと断られるかもしれない……。だが言ってみるか。どうせ大騒ぎになるかもしれない金貨など使う気になれないし、鋳つぶして金塊にしたとしても、元の金貨300枚より価値が上がるとは思えない。
「300枚あるのですけど……、買取おねがいできます?」
レビ会頭は少し驚いた様子で眼を見開いた。だが、何かに納得した様子でおおきく頷いた。
「もちろんだ。今持っているのか?」
マジックバッグの中には入っているが、さすがに目の前で出すのは躊躇われた。マジックバッグを持っている事や移送呪文が使えるというのは、まだ話すべき内容ではないだろう。
「後日お持ちします」
「わかった。状態は全部同じようなものかな? 念のため鑑定をしておきたいが、これは預かってもいいか?」
そういって、レビ会頭は手に持った古代文明の金貨を示す。アルは素直に頷いた。
「それと、紫水晶だが、残念ながら紫水晶はあまり高値では取引されておらぬ。この塊……」
そういって、レビ会頭は古代文明の金貨を机の上に置いた後、一辺五センチほどの水晶の原石を掴んだ。
「ひび割れなどの有無、色の状態などが余程良ければ別だが、そうでなければこの大きさで金貨一枚ほどだ。半分サイズなら急に値段が下がって銀貨一枚ほどだろう。これでもだいぶ値段は上がってきたのだよ。紫水晶は昔、ジオードとよばれる大きな塊が大量に王都の市場に持ち込まれたらしくてな。大きな鉱山が見つかったのだろうな。それによって紫水晶の値段は急激に下がったらしい。綺麗なので、一般の人々には人気なのだがな……」
「昔というのはどれぐらい?」
アルの問いにレビ会頭は首を傾げた。
「この話を聞いたのは祖父で、それも祖父がまだ王都で商売を始めた頃の話だったから、四、五十年は経っているだろうな」
王都に持ち込んだのはアイネス本人なのかもしれない。今の話からすると、少しずつなら目立たずに金にすることもできそうだが、当面は古代文明の金貨の話もあって懐は温かい。換金を考えるのは後回しで良いだろう。
「アル君はこれをどこで?」
「パーカーのちょっとあやしい露天商です。ざらざらと一袋に入っていて金貨一枚でした」
アルの説明にレビ会頭は少し考え込んだが、軽く首を振って微笑む。
「昔の価値しか知らぬ者だったのかもしれぬな。得な買い物だったと思う。気になるようなら知り合いに鑑定させても良いが、或いは宝石商などに持ち込んでアクセサリにしてもらうときに見てもらうぐらいで良いのではないかな」
「ありがとうございます、そうします。あ、そういえばレビ会頭の出発はいつ頃?」
とりあえず懸念の話は解決した。使いにくかった金貨300枚も450枚になりそうなので、アルとしては嬉しい限りである。買い取りしてもらったら、先程買わなかった魔法の衝撃波呪文も買いに行っても良いかもしれない。
「出発は出来るだけ早いほうが良いのだが、準備も有るので早くても明後日の朝ぐらいだろう。確認して後ほど連絡する。いつもの宿屋で良いだろうか」
レビ会頭がそう話していると、トントンとノックの音が聞こえた。
「お父様、アル君が来ていると聞いたのだけど……」
ルエラの声である。レビ会頭はアルが頷くのを確認して、部屋に招き入れる。
「アル君、塔ってどんなすごいのを建てたの?」
彼女が開口一番に尋ねてきたのもそれだった。もちろん彼女が言うのは、研究塔ではなく、きっと最近建てたほうの事だろう。
「全くすごくないよ」
アルは思わず苦笑した。転移の拠点であるので秘密にしておきたかったが、この雰囲気だと噂はどこまで広がっているのだろうか。転移の拠点はもっと川の上流の方に移動させ、ダミーの塔を建てたほうが良いのかもしれない。そんなことを考えながら、アルはレビ会頭にも説明した四角い簡素な建物の説明をくりかえした。
「そうなんだ。それだけ簡素にしか作ってないってことは、住むんじゃないって事? もしかして……、転移の魔道具を使うための拠点?」
ルエラは勘が良いらしい。どこからそれを思いついたのだろう。アルは再び苦笑を浮かべざるを得なかった。横でレビ会頭も転移の魔道具の話を知っているはずだが、そこまでは思いつかなかった様子で、ああなるほどと感心している。
「そういえば、ナレシュ様にも転移の魔道具の話は」
「ああ、もちろんしていない。君が話した時に、ルエラとバーバラ君は居たので二人は知っているが、私から固く口止めしてある」
レビ会頭はそう答えた。
「私はナレシュ様には話していいんじゃないかって言ったんだけどね。それはアル君に確認しないと駄目だってお父様が……」
ルエラはすこし不満げだ。
「うん、悪いけどナレシュ様にもしばらくは今のままにしておいて欲しい」
転移先を一か所しか登録できないので便利に使えるものではないし、その転移の魔道具が奪われればいきなり研究塔の内部に侵入されてしまう場合もある。それを知られると、今度はアル自身が狙われることになるだろう。その可能性はできるだけ減らしておきたい。アルの説明にルエラはしぶしぶと言った様子で頷いた。
「仕方ないわね。それはわかったわ。でも、ねぇ、前にもお願いしたんだけど、一度、わたしにもそれを体験させてもらえないかしら。今なら時間はあるんじゃない?」
そういえば、ルエラとはそんな事を話した記憶はあった。それほど転移で移動する経験というのをしてみたいものなのだろうか。だが、転移の魔道具を使う事はすなわち研究塔を見せることになってしまう。
とは言っても、ルエラはパトリシアが苦しい時に彼女を支えてくれた一人だ。パトリシアの了解を取るべき事柄だろうが、彼女に言えばすぐにいいわと言いそうである。どちらかといえば、タバサ男爵夫人がどういうかだろう。アルは少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「わかったよ。でも一応パトリシアの了承を取る必要があるから、少し待ってほしい。返事は出来るだけ早く返すよ。そうなったら、レビ会頭も一度、パトリシアのいる所に行ってみます? 道具の特性上二人同時は無理ですが……」
レビ会頭は首を振る。
「そこはルエラに頼んでおくよ。そういう事ならルエラのほうが、姫とかなり親しくしていたから向いているだろう」
ルエラは軽くウンウンと頷いている。ではまた、とアルはレビ商会を後にしたのだった。
2024.10.7 11:54 レビ会頭の口調を訂正しました。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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