1-2 友人の苦境
「ふははっ、驚いたか。血みどろ盗賊団の頭目様は魔法も使えるぞ。どうせ貴族の坊ちゃんが護衛の力頼みでしゃしゃり出てきたにちがいねぇ。後悔させてやれっ。捕まえてたっぷり身代金をふんだくってやろうぜ」
「おおっ!」
ナレシュたちを囲んだ盗賊たちが雄叫びを上げた。彼らは完全に勢いづいて手に持った武器でナレシュを攻撃しようとし、彼の護衛は懸命にそれを防いでいた。ナレシュたちを囲む輪は徐々に小さくなりナレシュたちが倒されるのも時間の問題になりつつあった。その後ろでアルは物陰に身を隠して盗賊の頭目をじっと見つめていた。最初はいつでも逃げ出せるようにと考えていた彼であったが、5年間同じクラスで学んでいた友人のピンチを放っておく事はできなかった。
『知覚強化』 -視覚強化 望遠
盗賊の頭目の鎧は胸元だけを守る簡素なものだった。視力を強化したせいで狙う指先の震えが大きく見えるが、岩に肘をつけてそれを補う。気付かれていない今が一番のチャンスである。アルは頭目の首筋に狙いをつけた。
『魔法の矢』 - 収束
アルの指先から、先ほどの頭目と同じような光り輝く長さ30㎝程の矢のようなものが飛び出した。その本数は1本だけだが矢は彼の狙い通り50m程離れた盗賊の首筋に突き刺さり、切り裂いた。
「ひっ、ひっ?! なんじゃ?」
頭目とその血しぶきを浴びた盗賊が悲鳴を上げた。その傷口からは勢いよく血が噴き出した。何が起こったのかよくわからないまま、頭目は慌ててその傷口を抑えようとするが、噴き出す血はなかなか止まらない。
「何かが飛んできて首が斬られた。あのあたりに誰か居るぞ。魔法か? 矢か?」
頭目のすぐ横で一緒に指示をしていた男は魔法が飛んできた方向、すなわちアルが居るあたりをにらみつけた。彼は慌てて岩の影に身を隠す。
『幻覚』 -魔法使いとその護衛たち
アルはすかさず岩の上につばの広い黒い帽子をかぶり、全身を黒いローブで覆った人影とその左右に金属鎧を身につけた騎士の幻を出す。いきなり姿を見せた3人に盗賊たちが驚きの声を上げた。
「くそっ、どうなってんだ。あんな鎧を着たやつなんか居なかったのに」
「げほっげほっ うげっ」
狼狽する盗賊たちの横で急速に血を失った頭目が手足を痙攣させながら変な声を上げて倒れた。
「お頭っ?! やべぇ、お頭がやられた。だめだっ、俺は逃げるぞっ」
「待て、逃げるな」
頭目のすぐ横で一緒に指示をしていた男が引き留めようとするが、強そうな敵の出現に他の盗賊たちは一気に逃げ腰だ。
「よし、今だ。負けぬぞ」
ナレシュがよろめきながらも立ち上がった。呆然としていた盗賊たちの隙を突き、護衛のうちの1人が前に飛び出してきて頭目のすぐ横で指示をしていた男に斬りつけた。周りに気を取られていた男は苦痛のうめき声をあげて倒れた。
「だめだ、逃げろっ」
盗賊団は頭目に続いて、リーダー格の男を失って一気に逃げ出しはじめた。護衛の2人はそれを追い、さらに何人かを倒す。
「追わずともよい。勝鬨を上げ、倒れている盗賊を縛り上げよ。どなたか知らぬが魔法使い殿、助力感謝する」
ナレシュは護衛たちに指示をしつつ、幻影に向かって声をかけた。その様子を横目で見ながらアルはよいしょと掛け声をかけて岩から飛び降りる。それと同時に彼が出した幻影が消えた。
「えっ? ア、アルフレッド君?」
突如現れたアルにナレシュは驚きの声を上げた。アルの本来の名前はアルフレッド・チャニング。アルは領都の冒険者ギルドで使っていた通称であった。だが、冒険者稼業で生きていくと決めた彼は常にアルと名乗っていたのでまだ数ヶ月前の事でしかないにもかかわらずアルフレッドと呼ばれると妙に懐かしさを感じたのだった。
「やぁ、ナレシュ君。うまく行って良かった。久しぶりだね。こんなところで会うとは思わなかったよ」
「これは……先程の魔法使いと騎士の方は?」
ナレシュは近づいてきたアルと幻影が消えた岩の上をなんども見比べた。
「あはは、そいつはうれしいな。本物に見えたかい? 3人とも僕が作った幻覚だったんだ」
「なっ、そ、そうだったのか」
ナレシュは思わずそう言った。護衛の2人も感心したのか何度か頷いている。
「まだまだ練習中。近くで見たらすぐおかしいって思ったはずだよ」
アルはまだまだ満足できていないという口ぶりだった。ナレシュは自らの剣を鞘に納めたところで胸の傷が痛むのか左手で胸を押さえた。シャツは赤く染まっている。まだ出血は止まっていないかもしれない。護衛の1人がナレシュに肩を貸した。
「大丈夫かい? かなり出血が酷そうだ」
アルは心配そうに駆け寄った。ナレシュの息は荒い。
「ああ、とりあえず馬車の方に戻ろう。とりあえず助かった。後で話を聞かせてくれ」
アルは安堵のため息をつき、ナレシュと共に盗賊の襲撃をうけていた馬車の方に急いだのだった。
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2023.5.26 遠視を望遠に訂正