17-2 辺境都市レスター いつもの場所巡り
アルが辺境都市レスターで必ず顔を出す所が2か所あった。それはもちろん、レビ商会の隣で呪文の書を売っている店と限りなくスラムに近い南四番街にある魔道具屋のララの店である。
アルはひとまずララの店に行く事にした。同じ呪文があれば、こちらのほうが格段に安いからである。そして、彼女の店に行く理由がもう一つあった。彼女の本業は魔道具屋。彼女自身は魔道具を作らず鑑定するのみであるが、アルが魔道具を作るにあたって彼女から教わった魔道具に関する知識は不可欠で、アルにとって彼女は魔道具作りの師匠であった。この三ヶ月の間に作った魔道具をいくつか彼女に見てもらいたいと思ったのだ。
「こんばんは。ララさん」
ララは以前と変わらず、露店市で商品を広げていた。彼女の前に広げられた数多くのガラクタにしか見えない商品の中には魔道具が一つだけ混じっていた。形状からして光の魔道具のような感じだ。そして、彼女の傍らに魔道具や呪文の書だと思われる反応のあるものが入った大きな袋が一つ目立たないように置いてある。
「おや、アルじゃないか。元気にしていたかい?」
「うん。ありがと。元気ですよ。何か掘り出し物はありますか?」
彼女はアルの顔をちらりとみて、すこし考え込んだ。
「そうだねぇ。地味だけど、記録再生呪文なんてどうだい? あんたならなにか使い道をおもいつくんじゃないか?」
「それってどんな呪文?」
ララの説明によると、見たり聞いたりしたことをそのまま記録し、記録した内容を追体験できる呪文らしい。彼女によると熟練度で記録できる時間が増えるということらしいが、そのあたりは調べてみればオプションがあるかもしれない。
「それって、魔道具にするとかなり利用範囲が広がりそう」
「魔道具にする? なんだい、その口ぶりはもしかして魔道具を作れるようになったとか言わないだろうね」
彼女は目を丸くした。彼女としては魔道具の売買をするのにその解析をする技術をアルに教えたにすぎず、場合によって解析が難しい魔道具があれば、彼に頼めれば良いなと思っていた程度だったのだ。彼女の知る限り、魔法使いギルドお抱えの専門家以外で魔道具を作れる者はほとんどいない。アルが作れるようになるというのは彼女の予想をはるかに超えていたのである。
「これ見てくれる?」
アルはそういって、手の中に納まるほどのサイズの端に丸い球のようなものがついた細長い円筒型のものをベルトポーチから取り出してララに手渡した。
「丸くなっている片方の端の出っ張りがスイッチだよ。あと、“ライトオン”っていう合言葉でも点く。消すときは“ライトオフ”ね」
ララがそれを握って親指でアルが言う所を押す。すると、円筒の押したのと反対の丸くなっているところが光った。今はまだ夕方なのでそれほど目立つわけではないが、明るさは一般的な光呪文よりかなり明るい。出っ張りを押すと光は消えた。ララは何度かスイッチを使ったり、合言葉を使ったりして試した。さらに、店頭に並べていた魔道具と明るさや重さなどを比べた。そして、なるほどと頷いてアルにその円筒型の魔道具を返した。
「これを作ったのかい?」
ララの口ぶりには少し呆れたようなトーンが含まれている。
「うんうん。持ってた光の魔道具をちょっとだけ改造したんだ。売れると思う?」
基本的に今ある魔道具の魔道回路をみて、それを真似する形で作ったものだ。大きな改造はしていない。今のアルにはそれが精一杯だったが、それでもララの様子を見るとすごい事だったのかもしれない。彼女はすこし考え、真剣な目つきでじっとアルを見た。
「そうだね。魔石一個でどれぐらい持つ?」
「ふつうの光の魔道具より明るくしてるから、10日かな」
「なるほどね……。正規の店で魔法使いギルドの証明書付きなら金貨5枚ぐらいだろうね。うちの店だと金貨1枚か2枚で売る感じかね。買取は大銀貨5枚でしてあげるよ。どうだい?」
大銀貨5枚、初めての買取なのにそれぐらいの値付けをしてくれるというのは、品質について大丈夫と信用してもらえているようだとアルはすこし微笑みながら頷いた。正規の店での値段については、アルが知るのと一致していた。ララの店では呪文の書は定価の1/3で販売、買取は1/10というのも聞いた事があったので、それを考えると、ちゃんとした魔道具として評価してくれたということだ。
「もう一つあるんだ」
アルは次に手のひらサイズの丸い円盤型のものを取り出した。ララは知らないが《赤顔の羊》亭の天井にとりつけたものとよく似たものであった。違いとしては、探知回避呪文の効果をつけておらず魔法感知呪文で反応が出るというのと、光呪文で現れる光の玉は魔道具のすぐそばに一つだけというものだ。石軟化の杖の魔道回路を見て、石軟化呪文らしい記号の部分をごっそり削り、そこを光呪文の魔道具にある記号で置き換えたのである。
「これは?」
ララが少し不思議そうな顔をしながら、アルから魔道具を受け取る。アルは得意そうに使い方の説明をした。
「それで、作られた光の玉は大体8時間ぐらい連続して灯っていて、魔石一つで100回ぐらい出せる。場所は固定になるけど、野営とかだとこっちのほうが便利かなとか思ってね」
「へぇ、普通に売られてるのは魔道具自体が光るけど、これは光の玉が出せるってことなんだね」
「そうそう。呪文で使う時には、杖の先とかだから、普通の魔道具は、魔道具自体が光るのがほとんどでしょ。でも、これは単にその魔道具のスイッチを押したときに存在した場所が光るんだ」
アルの説明を聞いてララは感心した様子で頷いた。
「そんな簡単に魔道具を考えて作り出せるものなのかねぇ……。まぁ、見せてもらったからには疑いようもないんだけどさ。両方とも売ってみるかい? 値段はとりあえず同じにしておくよ」
「じゃお、試しにお願いしようかな」
とりあえず一つづつ買い取って、売れるかどうか様子を見てくれるらしい。魔道具屋のララの目から見ても一応合格を貰えたという事だろう。アルは嬉しくなった。
「わかったよ。で、記録再生呪文はどうする? 3金貨だよ」
「もちろん買う」
アルは円筒型と円盤型、両方の魔道具と、あとは財布から金貨2枚を取り出してララに手渡した。ララはその代りに傍らの大きな袋から呪文の書の入った包みをとりだして手渡す。
「もし、他の魔道具を作ってくれってお願いしたらできるのかい? 例えば魔法の矢呪文とか」
ララの問いにアルは軽く首を傾げた。そういえば、守護ゴーレムが持っていたが、どれぐらいの性能なのかはよく知らなかった。だが、マラキから借りる事も出来るだろうし、実物を見て作るなら、それほど苦労しないに違いない。
「性能次第だけど、たぶんいけるかな。上手く出来たら持ってくる。ところで、ララさんのところで魔道インクって安く買えません?」
魔道インクというのは呪文の書を修繕したり、魔道具の魔道回路を描いたりするのに使う特別なインクのことである。普通のインクでは、いくら記号を描いても読み解きで読み手にイメージは想起されず、魔道具の魔道回路も動かない。だが、この特殊なインクは魔法使いギルドでしか売っておらず、それも小さいインク瓶一つで金貨1枚もするのだ。現在のところ、魔道具を作る際に一番高い材料が魔道インクであった。
「うーん、あれは製法が秘匿されてるからね。うちでも扱ってないよ」
ララなら知っているかもと少し期待したのだが、無理だったようだ。マラキに聞いても、テンペストは他から購入していたようで自分では作っていなかったらしい。あとの頼みはエリックぐらいだ。彼は魔法使いギルドの評議員だったはずなので、もしかしたら少し安く売ってもらえるかもしれない。アイネスの事もあるし、後で寄ってみることにしよう。
「そうか、仕方ないな。じゃぁ、ララさん。また」
アルはそう言って手を振り、ララの店を後にしたのだった。
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「こんにちは」
アルはいつもの呪文の書を売っている店のドアを開けた
「いらっしゃいませ。アル様」
いつもの店員がアルに気付き、にこやかな笑顔を浮かべて応じる。すっかり名前まで憶えられているらしい。
「えっと、冒険者向きのおすすめ呪文、何かありますか?」
「そうですね、まずは攻撃呪文の魔法の竜巻呪文か魔法の衝撃波呪文でしょうか。こちらは35金貨ですね。あとは眠り呪文、麻痺呪文が25金貨です。防御系の魔法抵抗呪文と盾呪文は既にお買い上げくださいましたよね。透明発見、幻覚発見、魔法発見といった発見魔法は15金貨ですね。他にとなると……変わったところですが、武器作成呪文や鎧作成呪文などいかがでしょうか? こちらは共に10金貨となります」
店員のお勧めには既に習得済みのものが多くなってきた。アルがまだ習得していない呪文となると、魔法の衝撃波呪文か武器作成呪文、鎧作成呪文ぐらいだろうか。
「武器作成呪文でどんなものが作れます?」
「そうですね、目安としては重さ二キロまでの武器でしょうか。切れ味はさほど良くないのでメイスやハンマーといった殴る系の武器が手ごろだと思います。熟練度が上がるとその分作れる武器の重量が上がるようです。作った武器は1時間ほどで消えると聞いております。また、武器だけでなくスコップとかつるはし、金づちといった道具も作れるようです」
店員は少し得意そうにそう答えた。道具が作れるのは便利かもしれない。
「鍋とかは?」
「申し訳ありません。そこまではわかりません」
アルの問いに店員は苦笑を浮かべる。さすがに鍋までは行き過ぎたか。そこは自分で試すしかないのだろう。ただ、道具としての応用が利くのなら、いろいろと便利に使えそうである。ということは鎧作成呪文もある程度応用が利くに違いない。
「じゃぁ、武器作成呪文と鎧作成呪文をください」
「ありがとうございます!」
店員は嬉しそうに微笑んで、呪文の書の入った豪華な箱を二つ、店頭のカウンターに並べた。アルは金貨を20枚支払うと、その箱を大事そうにカバンにしまったのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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