16-4 ケーンの部下 【付近地図有り】
アルは、見聞きしてきたことを父には報告したが、それ以上の事は、ひとまず父や兄、ネヴィルたちに任せることにした。
自分自身は国境都市パーカーに向かう必要があるという事情もあったが、なにより、資源として報告するべきなのか、そうした場合に開発利権はどうなるのかといった話にはアルは興味がない、というよりは極力関わりたくない事柄であったのだ。彼自身は三男で、半ば家を出ている状況である。自分には関わりがない事だろうとも考えた。
父はアルたちの突然の発見にかなり困惑した様子であったが、悪い話でもないはずなので、おそらく領都に居るアルの兄、長男のギュスターブと相談して決めて行くだろう。
翌日の夕方、アルは国境都市パーカーのレビ商会の屋敷に到着した。ケーンは広い部屋を占有して朝から晩までなにか作業をしているらしかった。とりあえず戻ってきたことを告げようと、アルは部屋をノックした。
「ケーン、そろそろかなと思って戻ってきたよ。予定の方はどう?」
すぐに扉が開いた。顔を出したのは二十歳前ぐらいの若い女性である。アルとしては初めて見る顔であった。身長は180センチほどとかなり高い。栗色の髪はストレートで短めに切りそろえられており、青色のタバードと呼ばれる従士の着るような上着を身につけている。すらっとした体格ですごく顔が小さい印象を受けた。
「どなたか存じ上げませんが、ケーン様は今お忙しいのでお会いできません。御用がありましたらお名前と……」
「おっ、帰って来たのか。良かった。テレサ、入ってもらって」
女性の話の途中で部屋の中からケーンの声が聞こえた。テレサというのは、目の前の女性の事だろう。アルはその女性と目を合わせる。整った顔の彼女は申し訳なさそうにお辞儀をして、アルを部屋の中に迎え入れた。
「本当に丁度良かったよ。そろそろ用水路の確認に行きたいと思っていたんだ」
広いテーブルの上には地図らしきものが広げてあり、その横には羊皮紙の束が積み上げられていた。ちらりとみると、以前ケーンと一緒に飛び回った国境都市パーカーから川を越え、国境となる大河との間にある一帯が描かれている。おそらく新しいナレシュの男爵領の地図ということだろう。ちらりとアルの視線を感じ取ったのか、ケーンの向かいで作業をしていたこちらも二十歳前後の若い男がその地図らしきものに別の羊皮紙をかぶせて隠そうとしていた。
「トール、大丈夫だよ」
ケーンがトールと呼んだ男はテレサよりもさらに背が高く身長190センチほどありそうだった。こちらはテレサよりがっしりとした体格をしており、武芸のたしなみもありそうだ。髪はテレサとおなじような栗色だが、こちらは髪がウエーブして眉のあたりにかかっている。ケーン、トール共にテレサと同じ青色のタバードを身につけていた。
「もしかして、この二人って……」
「ああ、トールとテレサ。レビ会頭の紹介で新たにセネット男爵家の内政官である僕の部下として働いてもらうことになった。実はかつてセネット伯爵家に仕えていた人の血縁者なんだ。だから信用しても良いよ。こっちはアル。僕やルエラと同じくナレシュ様とレイン辺境伯家の中級学校で学んだ間柄で、凄腕の魔法使い。ほら、凄すぎて、みんなからおかしいって言われてるやつさ」
「おかしい……って」
そんなふうに言われてたのか? アルは少し首を傾げつつ、よろしくねと二人に軽くお辞儀をした。
「ああ、あなたがアル様でしたか。失礼しました。ケーン様やレビ会頭からは色々とお話は伺っておりました。こちらこそよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
トールとテレサは揃ってアルに深くお辞儀をした。どんな話をしていたのだろう。少し気になる。
「ふたりともかっこいいね。お揃いの青のタバードは作ったの?」
「ああ、ナレシュ様と相談してね。ナレシュ様の生家であるレスター子爵家に仕える者たちが着る濃紺に近い色ということで青色に揃える事になったんだ。僕は腕章だけで良いんじゃないかって提案したんだけどね。僕たち三人は納税などで直接、領内の村を廻ったりするから揃える事になったんだよ。金がないっていうのに、いろんな事に出費がかさんで大変だよ……」
領内の人々と触れ合う機会が多いからこそ、それの憧れとなれるようにタバードを揃えたということか。青色は目立つだろうが、それを着るというのはいろいろと大変そうだ。特にこの二人は、容姿が整っているし、背も高い。二人の間に立つケーンは背が低くて……。
「なんだよ、アル! 僕の事をなんか変な目でみたろ?」
「えっ? いや、何も……。えっと、用水路の点検をすればいいの? 出発は明日?」
アルはあわてて話題を変えた。ケーンはすこし疑わしそうな顔をしていたが、アルがにこにこしていると根負けした様子で肩をすくめる。
「テレサ、用水路の確認ポイントは整理出来てる? トール、各村からの苦情で確認しないといけないところとかもどうかな?」
「えっと……最終確認は必要ですが、あと二時間ぐらいあれば、なんとか……」
テレサの言葉に、トールも同じですと呟く。二人ともある程度の整理までは出来ているということなのだろう。だが、もう夕方だ。明日の朝では間に合うのだろうか。
「じゃぁ、二人にはもうちょっと頑張ってもらおう。アル、明日の朝からお願いするよ」
「わかったよ。まぁ、今晩はこちらの御屋敷で泊まらせてもらうお願いをして来たから、都合のいいときに声をかけてくれたらいいよ」
アルの返事にケーンは軽く頷いた。
「ところで、ケーン、ナレシュ様が僕に土地をくれるって話らしいんだけど、聞いてる?」
「あーーー!!」
アルの問いにケーンは急に思い出した様子で声を上げた。
「ごめん、聞いてはいた……けど、まだ調べられていなかったんだ……。ねぇ、アル?」
ケーンが急に優しい声を出した。その言い方はなにか思惑がありそうだ。
「アルは塔を建てるだけで、作物を育てようとか言う予定はないんだよね? えっとさ、このヨーク川……」
ケーンはテーブルの上に広げられていた地図で国境都市パーカーのすぐ西側をながれる川を指さした。この川の名前はヨーク川と言うのか。
「ヨーク川には、北部の山々からいくつかの川が流れ込んでいるんだけど、実はその中の一つに死の川と呼ばれている川があるんだ。このあたりに詳しい狩人に話を聞いたところでは、死の川っていっても、そこに行ったら死んじゃうっていう訳じゃなくて、その川がながれている辺りは何故か木や草がほとんど育たない荒地で、そういう名前になっているらしいのさ。そこからさらに上流には、一面に白い岩がごろごろと転がっていて、何か臭い煙みたいなのが漂っているらしい。そのあたりは誰も近づかないらしくて、それぐらいの情報しかないんだ。でも、ナレシュ様の話だと、君は魔法使いの塔を建てるんだろ? 丁度いい雰囲気かもとか思ったんだけど……」
“ちょっと……! 人が住めないような土地を押し付けようってしてるんじゃない?”
アルの耳元でグリィの怒ったような声がする。だが、ケーンの言う事が本当だとすると、誰も近づかないというのは転移先として利用するのに丁度良いかもしれない。それに、たしかテンペストの墓所のあった近く、クラレンス村の奥の泉の温泉でも臭い煙が漂っていたような気がする。ということは、そこと同じように温泉があるのではないだろうか。一度か二度実際に利用してみたが、お湯に浸かるというのは意外と気持ちの良いものだった。農作物を育てる予定があるわけでもないのだし、それで良いのではないだろうか。
「ふぅん。ケーンは忙しいなら、僕が調べてみるよ。それで、僕が良いって思ったら、その死の川とよばれる川とその一帯は全部、僕の土地って事で良いのかな?」
「本当かい? うん、それでお願いするよ」
ケーンの喜び具合は、単純に一つ仕事が減ったということなのか、それともなにか別の思惑があるのか、アルにはよくわからなかった。だが、とりあえず、ケーンの仕事が終わったら、どんな場所か見に行ってみようと考えたのだった。
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