3-3 戦利品
アルたちがレスターの南を守る駐屯所あたりまでたどり着いたのは昼をかなり過ぎた頃であった。
「もぉ……、馬車が壊れそうだよ。ロシナンテ、あともうちょっとだ、がんばれ」
リッピはぶつぶつと文句を言いながら、ラバの横で身体を撫でてやっている。横を歩くアルとオーソンは泥だらけであった。大口トカゲを倒し、なんとか荷馬車に載せたまではよかったが、帰る途中にはなんども湿地に車輪を取られ、2人は何度も荷馬車を後ろから押す羽目になったのだ。
「まぁ、かなりの大物だ。代わりにちゃんとチップは弾むから勘弁してくれ」
オーソンがリッピをなだめながら進む。駐屯所あたりをすぎると道も良くなり荷馬車の進みもかなりスムーズなものになった。
「ん? 処理場への道はあっちだよ?」
いつもの道とは違う方向に行こうとしているのに気が付いたアルが指摘したが、オーソンは軽く首を振った。
「今日は素材がメインだからな。解体屋のところに行くぜ」
「ああ、そっちに直接?」
今まで、蛮族の他に倒した魔獣などは肉の買取などがあったとしても自分で解体をするか、或いは処理場に持ち込んで解体処理も含めて買取をしてもらっていた。アルも一応解体屋という商売があるのは知っていたものの、解体は自分でするものというイメージがあってあまり縁はなかったのだ。
「ああ、高級素材の場合は処理場じゃなく、解体専門のところに行く方がいいのさ。処理場の処理は雑だからもったいないってのもある。皮や肉、他にも素材に綺麗に分けてもらおう。ついでにお前さんの革鎧も良いのに替えたらどうだ?」
アルは思わず自分が身に着けている革鎧を見た。領都で冒険者を始めたころに買ったもので、それほど高いものでもなかったが、すこし綻びなどもあるものの身体になじんでいて今まで不満などを感じてはいなかった。
「替えたほうが良い?」
「俺や他の連中と組んで魔法使いとしてやってくなら、そのままでもいいだろう。でも、ソロでもやってんだろ? それだと万が一の事を考えて鎧はきちんとしておいたほうがいい。本当なら俺がつけてるみたいな鋼鉄製にしろと言いたいが、お前さんには鋼鉄製の防具をつけて今まで通り動けるほどの体力はねえだろう。大口トカゲの革で作った革鎧ならちょうどいいと思うぜ」
「んー」
アルは自分の革鎧の土埃などを払いながら少し考えこんだ。
「どうせ、お前さんの事だから、新しい呪文を手に入れるか迷ってんだろ? そっちはちょっとぐらい後になっても命の方が大事だぜ」
アルの肩を軽く叩きながらオーソンが笑い、アルはしぶしぶと言った様子で頷く。
「なぁ、アル、新しい鎧を買うのなら古いのはもう要らなくなるんだろ?今日のチップの代わりにそれをおいらにおくれよ」
「んー、とりあえず鎧を考えるべきだってのはわかったけど、大口トカゲの革でつくった鎧がどれぐらいのものか、聞いてからだな。それもこれから加工だよ? どっちにしてもすぐには無理」
アルたちがそんな話をしていると、向こうから5、6人ほどの集団が歩いてきた。前の3人は金属で補強した鎧を身に纏い、手には槍や槌矛を持っている。装備からして衛兵などではなく冒険者だろう。アルたちと同じような荷馬車を2台連れていた。
「お、オーソンじゃねぇか。若いのを連れてお前も大口トカゲ狩りか」
先頭に居た男はオーソンと顔見知りらしく慣れた様子で声をかけてきた。リッピが操る荷馬車の上の大口トカゲには街の中に入るというのでぼろ布をかぶせてあったが、そこから尻尾などがはみ出している。それを見たのだろう。
「よう、ブレア、そうさ。これならなんとか俺の足でもできるからな」
「くくくっ、こういうので稼がねぇとなぁ。泥だらけになって必死じゃねぇか。せいぜいがんばりな」
「ありがとよ」
ブレアの声には嘲るような調子もあったが、オーソンはにこやかに礼を言ってその横を通り過ぎたのだった。
「なぁ、オーソンさん、あのブレアってのは何者なんだ? あんなこと言わせてよかったのか?」
「昔一緒に組んでたんだ。事実だから仕方ねぇ。勝手に言わせておけばいい」
アルは肩をすくめ、その横でリッピは口を尖らせて不満そうな顔をしたものの、オーソンに頭を撫でられて仕方ないと頷いたのだった。
―――
オーソンにつれられて行ったところには、おそらく捕殺した魔物の解体や屠畜を専門におこなっているのであろう建物が並んでいた。意外にもあまりそれらしい臭いはしない。
「俺がよく頼んでいるのは、コーディって奴がやってる店だ。ほらそこの曲がったところにあるナイフが3本交差した絵が看板になってるところ」
オーソンが指さしたところにはたしかにそんな看板がぶら下がっていた。リッピは以前来たことがあったらしく軽く頷いている。
「お邪魔するよ」
建物の入口近くで荷馬車を停めると、オーソンはアルを連れて一つの大きな建物の中に入っていった。建物の中はいくつかの区画に分かれており、それぞれの中央にはフックらしきものが鎖でぶら下がっていた。床はつるつるの石がしきつめられており、区画にはそれぞれ水を流すための溝も掘られていた。
「いらっしゃい、やぁ、オーソン。久しぶりだね」
対応に出てきたのは女性だった。年は20代後半といったところだろうか。黒い服を着て白いエプロンを付けていた。金色の長い髪は後ろで束ねられている。身長は170㎝程だろうか、女性にしては少し高いほうだが、かなり華奢な感じである。
「よう、コーディ。今日は大口トカゲを持って来たんだ。処理を頼めるか?」
「ああ、やっぱりそうか。いいよ、君が持ってきたのならきれいに倒しているのだろうけど、一応確認させてもらうね」
「やっぱり? ああ、ブレアが来てたのか」
「うん、でも、持ち込まれた大口トカゲの死骸はよほど力任せに突いたり殴ったりしたらしくて傷だらけでさ。今、うちの職人たちが解体作業をしているけど、あれだとあまりいい値はつけることができない。君が一緒に居たらこんなことにはならないはずなのにと不思議に思っていた。一緒に行動をするのはやめたのだね」
「ああ、怪我をした後に別れた」
「そういうことか。最近君が持ち込んでくる獲物が減ったとは思っていたけれど、怪我のせいだけじゃなかったのか。ブレアにはかなりいろいろ教えてあげていたのだろう? 冷たいものだ」
「この足じゃ隊商の護衛の仕事とかができないからな。仕方ない」
オーソンは頷いて、入口に停めた荷馬車のところにコーディを伴ってやってきた。かけたぼろ布をはぐ。コーディは大口トカゲの脇の傷や目などを調べた後何度もうなずいた。
「へぇ、さすがだね。傷口は脇からの一刺しだけ。頭はつぶれてないから頭蓋骨も取れそうだ。死んでからまだ3時間ぐらいかね。それにこのサイズはなかなかないよ。全部買取で良いのかい?」
「いや、皮をこいつの革鎧にしたいと思ってる。それ以外は買取で頼む」
コーディはアルのことを初めて気が付いたかのようにじっと見、手を取ると、二の腕あたりの筋肉の付き具合を確認した。
「へぇ、君が新しいオーソンの相棒か。戦士ではないな。斥候か? いや、そうでもなさそうだが」
「斥候ですけど、一応魔法も使います」
「そうかそうか、それで大口トカゲの革鎧を作りたいと。オーソン、鎧職人はどうするんだ?」
「デニスに頼もうと思うが、手は空いてるかな?」
「ああ、デニスなら丁度いいだろう。いろいろと大変だろうけど是非頼んでやってくれ。じゃぁ、皮の必要なサイズはあいつに確認すればよいな?」
「いや、その前に、どれぐらいのものなのか、おしえてくれない?」
とんとん拍子に話が進んでいく。思わずアルが口をはさんだのだった。
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