16-2 チャニング村 帰省 前編
辺境都市レスターでの買い物を終えたアルは、都市を出て人目のない所まで来ると、飛行呪文を使ってふわりと空に浮かんだ。彼の生まれであるチャニング村まで、普通なら街道を通ってミルトンの街、オーティスの街、マーローの街を巡る迂回ルートを通るしかなく、およそ百五十キロ、かなりの健脚であるアルでも三日はかかる道のりとなる。だが、飛行呪文を習得した今となっては、空を飛んで、シプリー山地をまっすぐに南に行くルートでゆけばおそらく二時間ほどで到着できるのだ。
“チャニング村から、迂回せず、まっすぐに抜ける道ってないの?”
グリィが尋ねたが、アルは首を振った。アルも以前同じことを父親に聞いたことがあったのだ。だが、その時には、途中、魔獣がたくさん出るところを通る必要があるから難しいと言われたのである。
チャニング村は、シプリー山地とよばれる高山地帯のなかでは辺境地帯のほぼ最南端にあたる地域にあり、ミュリエル川と言われる山間を流れる急流が未開地域との境となっていた。前回、空を飛んでチャニング村に向かうときに気付いたのだが、そのミュリエル川はかつてアルたちがレインドロップを求めて分け入った深い森のあたりを源流にしているようだった。そこからさまざまな川が合流して水量を増やしつつ西に流れ、チャニング村のある辺りで北に流れを変えていた。道を作るとすれば、あの深い森のイシナゲボンゴやムツアシドラたちをなんとかしないとだめだということなのだろう。
夕方、ミュリエル川を辿るようにして飛行したアルはチャニング村に近づいた。そして村から少し手前で、空を飛ぶのを止め、土産として買ったものを入れた大きな袋と、途中で狩った猪の死骸を運搬呪文の円盤に積み直し、村の中に入っていく。
「おお、アル様、おかえりなさい!」
村の入口近くで、塀の修理をしていたのはマイロンであった。今では従士の立場を息子のネヴィルに譲ったものの、長らくチャニング家に仕えてくれていた歴戦の戦士である。
「ただいま、マイロン。腰の調子はどう?」
「うーん、今日はまだ暖かいからマシだな」
「無理しないでね」
「おお、デカい猪だな」
「うん、途中で狩ってきた。後で肉を届けるよ」
「おー、ありがとうございます」
アルは他の村人ともそういった話をしながら歩いて行く。人々の表情を見る限りは平和そうで、あまり問題などは起こっていなそうだ。
村の用水路の横にある共同の解体場で、アルが鼻歌を歌いながら解体作業をしていると、妹のメアリーが走り込んで来た。
「アールー」
相変わらずの大きな声である。
「今回は早く帰って来たのね。でも丁度良かった」
以前、チャニング村に来た時から、ひと月ほどしか経っていない。しかし丁度良かったというのはどういう意味だろう。
「お願いがあるのよ。アルが行っちゃった後、色々と考えてたの。アルは、飛行呪文が使えるでしょう? ミュリエル川の向こう側にあるはずの蛮族の集落をなんとかできないかなって」
ミュリエル川というのは、こっちに来るときにアルとグリィが話していたように辺境地域と蛮族や魔獣が多く住む未開地域を隔てる境となっている川である。シプリー山地は不思議とリザードマンなどの水棲の蛮族や魔獣が少なく、川幅が百メートル近くあるこの川の水量が自然の防護壁となっていたのだ。とは言え、それを越えて来る蛮族や魔獣も全くいないわけではない。幼い時のアルやイングリッドを襲ったゴブリンもそういったものたちであったのだ。
「川を越えて、集落を見つけたら、それをどうするの?」
「焼き払ったりすれば、こっちに来る蛮族を減らすことが出来るんじゃないかなって」
メアリーはメアリーで彼女なりに蛮族や魔獣から村を守る方法を色々と考えているようだ。アルはその成長に少し嬉しくなった。だが、蛮族の集落を襲うというのは効果的なのだろうか。集落を失った蛮族が逆に大挙して川を渡ってくるようなことは無いのだろうか。アルはそのあたりを尋ねてみた。
「パパに相談したけど、それは判らない、アルが帰ってきたら相談してみたらどうかと言っていたわ」
祖父のディーンは同じように空を飛べたはずだ。試したりはしなかったのだろうか。
「とりあえず、解体を済ませて肉を村の皆に配ったら、晩御飯を食べながらみんなで相談しようか」
「うん! 解体手伝うよ」
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「この魔道具は、お土産だよ。自由につかってほしい」
アルが数日前に古代遺跡で入手した光の魔道具を十、コンロの魔道具、水の魔道具を一つずつテーブルに載せると、父ネルソンや母パメラ、兄のジャスパー、姉のルーシー、妹のメアリーは目を丸くした。
「わっ、これって、コンロの魔道具でしょ? 一度だけ学校に行ってるときに授業で見たことあるわ。使ってみたかったのよ」
姉のルーシーが平たい四角形の魔道具を指さし、父に似たすこしぽっちゃりした頬を緩めるようにしてにっこりと微笑んだ。彼女は十九才で、アルと同じように中級学校に行ったのだが、結局領都での暮らしにはなじめずにチャニング村に帰って来て家事を手伝っている。
「水の魔道具はいいな。水汲みって地味に辛いからなぁ」
しみじみと言うのは兄のジャスパー。彼も父に似て、ぽっちゃり体形だ。村の領主であり、従士も居るのだが、貧乏で人手が足りないチャニング家では領主の一族も水汲みをするのだ。アルも中級学校に行く前には毎朝水汲みをしていた。
「光の魔道具は、えっと 十個もあるの? 一つ、僕、持ち歩いてもいい?」
そう言いだしたのはメアリーであった。彼女はアルと同じように狩人として森を歩いたりすることも多い。光の魔道具があればたしかに便利だろう。
「売ればいいのに……本当に良いのかい?」
母のパメラは心配そうに尋ねる。アルは首を振った。
「コンロと水の魔道具があれば、すごく楽になるでしょ。薪を集めたり水を汲むのが大変なのは僕も経験済みだしさ。あとは光の魔道具はたくさん見つけたんだ。僕は光呪文が使えるから要らないしね。生活用の魔道具って買ったらそこそこの値段はするけど、売ってもたいした金にはならないみたいでさ。それならうまく使ってもらおうと思ったんだ。メアリーが個人的に持つのもいいかもだけど、その配分とかは父さんにまかせるよ。あとはこれ用の魔石」
そう言って、アルは大きな布袋を一つテーブルに置いた。
「全部見つけたのか?」
ネルソンが驚きながら問うと、アルはにっこりと微笑んだ。
「場所は内緒だけどね。大丈夫、これで全部じゃなく、他にもいろいろと見つけたから、これは好きに使ってくれていいよ」
「アルはすごいなぁ……」
兄のジャスパーが呟くように言った。
「ジャスパー兄さんだって父さんの手伝いして、かなり大変でしょ。僕は好き勝手させてもらってるんだし、これも余ったものだからさ」
アルは首を振りながら答える。
「ところで、メアリーが川の向うを調べてみたいって言ってたんだけど、その話って、父さんやジャスパー兄さんは聞いてる?」
アルの問いに、父ネルソンとジャスパーは顔を見合わせ、すこし不安そうな顔をした。母パメラは初めて聞くといった様子で眼を見開く。
「ああ、アルと一緒に空を飛んで、安全に行けるのなら……だ」
ネルソンの返事に、パメラは胸をなでおろした様子でため息をついた。
「そういう事ね。集落を見つけて焼き払ったりするというのは?」
「もし、集落を見つけることが出来たら、まず一か所やってみて、様子を見たいな。これも、焼き払うのは安全な方法で……というのができるならな」
確かに、アルが探している方法とは違うものの、少しずつでも川向うの蛮族なりの数が減れば、チャニング村など、シプリー山地の安全は向上することだろう。
「わかったよ。でも、今回は一泊だけのつもりだったからどうしようかな」
「安全に焼き払う方法はあるのか?」
ネルソンは念を押すように尋ねる。
「ああ、うん、空から魔法の竜巻呪文を撃ち込めばいいかなって……」
……。
アルの返事に、皆、ぽかんとして顔を見合わせた。皆、ゴブリンが居る集落に安全に火を放つ方法については思いつかず、それが一番問題だと思っていたのだ。だが、アルが当たり前のように、遠くから集団攻撃の魔法を放てばいいと提案したことに少し呆れながらも頷くしかなかったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
なんと新たにレビューも頂きました♪ 書かれている通り、少し甘い考えな所もあるとは思いますが、感想などでご指摘を頂きながら、この形で進めてゆければと思っています。成長していると言って頂いているようで嬉しいです♪
書籍版の発売は9月2日 本日です。 是非よろしくお願いします。
また、コロナEXではコミカライズ版が第1話~第5話まで公開されています。こちらもよろしくお願いします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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