16-1 辺境都市レスター
「ただいま!」
「アルさん!」
夕刻、旅塵に汚れたアルは久しぶりに辺境都市レスターの《赤顔の羊》亭を訪れると、いち早くアルの声に反応したアイリスがかけよって来た。
「元気にされていたんですね。よかった……」
アイリスと話をしたのは、パトリシアとの逃避行の前、偽装でオーソンと二人で一緒にチャニング村に用事が出来たと出発した時以来であった。その後、辺境都市レスターに来た事も有ったが、その時は研究塔で必要な家畜や資材を入手するために、レビ商会をこっそりと訪問しただけだった。まだふた月ほどしか経っていないはずなのだが、彼女の様子からすると、かなり心配されていたようだ。
「ごめんね。ありがとう」
「キノコ祭りの日の朝、テンペスト王国の姫様が居なくなったって知ってました? それも、その時にアルさんが一緒だったんじゃないかとかいう噂があったらしくて、それを確認しに知らない衛兵隊の人が来たんですよ」
偽装で出かけるときには、知り合いの衛兵たちにも声はかけていたはずなのだが、それでも疑われていたらしい。衛兵隊が動いていたということは、この都市の執政官であり、サンジェイの生母、アグネス子爵夫人の兄であるスカリー男爵か、或いは衛兵隊の隊長であるパンクラフト男爵関係だろうか。
「そうなのかぁ。僕はその前にチャニング村に向かってたのにね」
アルは不思議そうな表情を作りとぼけておく。アイリスに嘘をつくのは少し心苦しいが仕方あるまい。
「はい、マドックさんや、アルさんが親しくしていた衛兵隊の人たちもそのあたりも話をしてくれて、それ以上は何もありませんでした。でも、テンペストのお姫様が辺境で行方不明になったって聞いて、なんとなくアルさんの事も心配していたんです」
「なるほどね。いろいろと気にかけてくれてありがと。嬉しいよ」
アルの言葉に、アイリスは少し頬を染める。
「お、アル。帰って来たのか」
丁度仕事から帰って来たらしいオーソンがアルを見つけて声をかけてきた。
「うーん、またすぐパーカーに戻らないといけないんだけどね。途中ちょっと寄ってみたんだ」
「そうなのか。でも、今日は泊っていくんだろう? ナレシュ様が叙爵されるって話を聞いたぜ。アルもたぶん一緒に居たんだろ。いろいろと話を聞かせてくれよ」
「うん。今日は泊まっていくつもりだよ」
アルは一昨日の朝に研究塔を出発し、途中で離島で仮眠はとったものの、ほとんど休まずにここまで飛んできていた。ケーンと約束した日付にはあと数日しかなく、彼はちゃんと戻ってくるのかヤキモキしている事だろうが、今日はここに一泊、明日はチャニング村に立ち寄って一泊していくつもりであった。
「ところで、足の話ってどうなった?」
「ああ、あれはまだ先だってよ。俺もここに帰ってから、待ちきれずにすぐレビ商会を尋ねてみたんだが、教会内での手続きにかなり時間が掛かるらしい。たぶん三月か四月ぐらいになるだろうって話さ。でも、ちゃんとやってもらえそうな返事は来てるから安心してくれって言われたよ。ホントありがとうな」
オーソンはそういって軽く微笑んだ。
「よーし、今日は飲もうぜ。中に入ろう」
アルとアイリス、そしてオーソンの三人はぞろぞろと食堂の中に入っていったのだった。
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「こんにちは ララさん」
アルが次に訪れたのは魔道具屋のララの所だった。
「よく来たね。久しぶりじゃないか。元気にしてたかい?」
「うん、まぁなんとかね。新しいものは何か入荷してる?」
早速の問いに、ララは微笑み、そうさねぇ……と軽く間を取るとニッコリと笑う。
「あんたの欲しがってた麻痺呪文が入荷してるよ。あとはいろいろなものをその場に固定できる粘着呪文、それと……ちょっと耳を貸しなよ」
禁呪かなにかだろうか。アルはワクワクしながらララの口元に耳を近づける。
「貫通する槍呪文ってのが手に入ったんだ」
貫通する槍呪文……テンペスト王国が他国には流出を禁じた呪文ではなかったのか。
“そいつって、テンペスト王国からの避難民から?”
アルは思わず念話を起動してララに尋ねた。彼女は最初驚いていたが、念話を受け入れて軽く頷く。
“へぇ、もう念話呪文は習得したんだね。びっくりしたよ。ああ、貫通する槍呪文の話かい? 珍しいだろう。私も初めて扱うよ。でも、仕入れ先は言えないね”
“テンペスト王国が他国には流出を禁じた呪文らしいからね。僕も別ルートで入手したけど、取扱には注意したほうがいいみたいだよ”
アルの説明にララは少し驚いたようだったが、すぐに表情は元に戻った。元々、呪文の書の売買は魔法使いギルドの目を盗んで行っている事なので、おおっぴらにはしていないだろうが、売買をもちかける相手に注意は必要だろう。
“そうなのかい。情報ありがとよ”
「じゃぁ、麻痺呪文と粘着呪文は貰うよ。いくら?」
「十五金貨だね」
アルはララに金貨を渡す。ララは受け取った金貨を数えながら、不思議そうな顔をした。
「ねぇ、これって見ない金貨だけど、えらく綺麗だね。どこの金貨だい?」
彼女が摘まんでいるのは、この間の古代遺跡で見つけた三百枚の金貨のうちの一枚だった。塔に返ってからマラキと話をして、古代遺跡の持ち主が誰かは結局わからなかったものの、魔道装置などからすると、テンペストの時代のものであるのは間違いないらしかった。ということは、おそらく金貨もその時代の物であるのだろう。
目を細め、ララはアルの顔をじっと見た。アルは答えに詰まり、にっこりと微笑んでみたが、彼女は首を軽く振る。
「私を誤魔化そうってしてもだめだよ。どこか遠い国に出かけてた? いや、それなら二月ぐらいで戻ってくるわけがないね。まさか、古代遺跡……」
どっちも正解ではあるが、マジックバッグや移送呪文の話は言えない。
「まぁ、そんな感じ?」
仕方なくそう返事を返してにっこりと微笑む。
「ふぅん、まぁ、細かくは聞かないさ。でも、これはできれば勘弁してもらいたいね。持ち込むところによっては付加価値がつくかもしれないが、その分、取扱もね」
こっちはこっちで取扱注意らしい。アルは仕方なく古代遺跡で見つけた金貨は手許に戻し、他の金貨をララに手渡した。こちらはこちらでレビ会頭と相談してみよう。それとも鋳つぶしてしまったほうが手っ取り早いだろうか。
「毎度有り」
ララが二巻の呪文の書を差し出す。アルはおもわずにっこりして受け取った。古代遺跡でみつかった三百枚の金貨をどうしようかという懸念は、麻痺呪文と粘着呪文、二つの新しい呪文の書の前に後回しにされるのだった。
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続けてアルは、レビ商会の横の商店で、以前勧めてくれていた魔法への抵抗力が上がる魔法抵抗呪文と念動呪文が残っていたのでこれも入手し、金貨四十五枚を支払った。こちらは注意して、古代遺跡で見つかった金貨は使わずに、以前から持っていた金貨で支払う。この後、チャニング村にも寄るつもりなので、別の店も巡り、父ネルソンや母パメラ、そして兄弟姉妹たちにも土産物を買うことにした。
もう数日で新しい年になる。きっと古着なども喜ぶだろう。買ったものを鞄に詰め込みながら、アルはおもわず微笑んだ。古代遺跡での三百枚を除けば、貯めていた金貨は二十枚ほどになってしまったが、ナレシュからの報酬もまだ貰える予定なので問題ないだろう。
最後にアルが立ち寄ったのは解体屋のコーディの工房であった。シロケナガボンゴについて、買取か解体を相談できないか聞いてみようと思ったのだ。アルも見たことのない珍しい魔獣である。高く売れるかもしれない。工房にたどり着く前に人目のない場所を見計らって、アルはシロケナガボンゴの死骸をマジックバッグから取り出し、運搬呪文の円盤に積み替えた。温度調節呪文で保冷し、梱包呪文、保持呪文を使っているので腐敗はほとんど進んでいないはずだ。
「うーん、私もこの魔獣は見たことがないな。一体どこで?」
コーディはシロケナガボンゴの死骸を調べてそう呟いた。
「それはちょっと……」
アルは口ごもる。そのあたりを明かすわけには行かない。
「そのあたりに物語があると、はく製などにしても高く売れるのだけどね。入手元が秘密と言う話になると、オークションなどでも、あまりいい値がつかないことが多いのだよ。そうだな、五体合わせて二十二金貨でどうだろう。これでもかなりサービスしているよ」
二十二金貨! オオグチトカゲよりかなり良い値段だ。今後、定期的に狩っても良いかもしれない。
「珍しいからそれぐらいの値段がつくんだよ。次持ってきても同じ値段じゃないからね」
思った事が顔に出ていたのだろうか。アルは頭を少し掻く。その様子にコーディはすこし苦笑しながら金貨の入った袋を差し出したのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
書籍版の発売は9月2日 あと少しでドキドキしています。 是非よろしくお願いします。
また、コロナEXではコミカライズ版が第1話~第5話まで公開されています。こちらもよろしくお願いします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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