15-11 遺跡探索 前編
アルがこの遺跡で一番気になったのは、地下の倉庫に通じる階段があった部屋から北西にあたる区画であった。そこはほとんど壁も崩れて残っていなかったのだが、一番魔法発見呪文に反応したものが多かったのだ。
かつて壁や天井であったであろう瓦礫をひっくり返しながら、魔法感知呪文に反応して青白く光るものを探す。だが、そこでみつかったものは、光の魔道具が八個、研究塔の厨房にもあるコンロの魔道具が三つ、水がでる魔道具が同じく三つ、冷蔵用、冷凍用の魔道具が一つずつであった。いずれも、実際に動かす前に魔道回路を確認しないといけないが、研究塔にあったものとよく似ていたのでおそらく間違いはないだろう。この区画は調理場か何かだったにちがいない。貴重なものであり、売るとすれば高値がつくのは間違いのない魔道具ではあるが、アルとしては、すこし期待外れであった。
少しテンションは下がりつつも、アルは残った魔法発見呪文の反応をたよりに、他の場所を探していく。光の魔道具は区画ごとに設置されていたらしく、さらに十個ほど見つかった。他にも以前マジックバッグの中でも発見された筆記の魔道具が三本である。
「うーん、生活用の魔道具しかないなぁ……。呪文の書とかないのかな?」
“魔力切れになってるとか? あとは、釦型のマジックバッグみたいに探知回避呪文がつかわれているのかも?”
探知回避呪文か……。たしかにそういった可能性もないわけではないのか……。もしそうなら一度、魔法発見呪文の精度を上げてみるしかない。魔法発見呪文は呪文の書にあるオプションの数値では、稼働中の魔道具や魔法は反応するが、魔石や魔力切れの魔道具には反応しない程度に精度が抑えられているのだ。精度を上げれば、探知回避呪文の効果を上回れる可能性もある。どれぐらいの精度が必要なのかは試してみないと判らない。
「わかったよ。試してみる」
『魔法発見呪文』 距離:半径55メートル 精度:三倍
呪文を使おうとすると、いきなり眩暈がした。思わず膝をつく。
“アリュ?! 大丈夫?”
ぼやけた視界、吐きそうになるのをアルはじっと耐えた。これは以前、レインドロップを探しているときに浮遊眼呪文を使い続けた時に起こった症状と同じだった。魔法の使い過ぎと思われる症状。しかし、今回は予兆もなく、あの時程魔法を使い続けていたつもりはなかった。
「わかんない。魔法の使い過ぎ?」
“魔法発見呪文の精度を高くして使おうとしてそうなったんだよね。魔法発見呪文はそれほど疲れるもの?”
「いや、そんな感じはしなかったな……。ゾラ卿はずっと使い続けているべきだというぐらいだったし……」
そう言いながらも、アルは足を引き摺る様にして、最初に出てきた部屋に戻り、階段を半分ほど下がる。そこで水を飲み、息を整える。
“一旦戻る? パトリシアたちも心配しているかもしれない”
「そうだね。持って帰れるだけの魔道具だけ持って、一旦帰ろう。この位置なら座標を取れるんだよね?」
グリィが座標を取れるというのなら、転移の魔道具でもここの座標を登録できるだろう。或いは釦型のマジックバッグに収納される形でも再訪問は可能である。一旦アルは研究塔に戻る事にしたのだった。
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「おそらく、それは精度と範囲を同時に広げすぎましたね」
アルが向こうの状況や戻って来た経緯を説明すると、それを聞いたパトリシアたちが顔を青白くさせたり、安堵のため息をもらしたりしていたが、マラキ・ゴーレムは落ち着いた様子でそう話した。
範囲に効果のある呪文の場合、精度を上げるのであれば、それの効果範囲を精度毎に八分の一程度ずつ落とさなければ、疲労具合は同じにならない。精度を三倍にして距離はそのままというのはさすがに上げすぎということらしい。そして、探知回避呪文で隠されたものをみつけるには四倍は必要だろうということだった。
「じゃぁ、精度四倍ぐらいにして、半径を五十メートルから三段階落として六メートルにしたら良いって事?」
アルは二分の一、四分の一、八分の一と指折り数えた。
「そうですね、アル様ならもう少し上げても大丈夫そうですが、その程度が妥当かと思われます」
マラキ・ゴーレムはそう言って頷いた。そうして範囲を狭めて少しずつ探れば、眩暈を起こすことなく調査をすすめることができるのだろう。
「後、よくわからない魔道具がひとつあったのだけど……」
アルは階段の横で金網のついた窓の奥で動いていた魔道具の話をした。目的もわからないし、数百年の間動いている魔道具というのも驚異的ではある。
「それは、おそらく換気のための魔道具ですね。その魔道具のあった小部屋は天井が高くなっていたでしょう?」
マラキ・ゴーレムの説明によると、地下というのは悪い空気が溜まりやすく、また、生物が長い時間暮らしていると呼吸が出来なくなるのだと言う。マジックバッグの倉庫そのものは生物を本来想定しておらず、虫などの侵入を考慮して換気口などは設置されていないのだろうが、それらをメンテナンスするための通路には最低限の換気が行えるように縦穴が設けられ、一番下の所で上に向けて空気を送るような魔道具が設置されているのだろうという話であった。それも、アルの出入りを感知して稼働しただけで、おそらく普段は動いておらず、そのために魔力切れは起こしていなかったのだろうということだった。
「何か、色々あるんだなぁ……」
「アル様は古代遺跡と仰いますが、実際にテンペスト様の時代には利用され、人々が使っていた施設なのです。照明があり、換気がなされ、厨房があったりするのは、当たり前のことです」
マラキ・ゴーレムの説明に、アルは思わず感心したのだった。
「ところでね、向こうだと全然太陽が見えないんだけどさ」
そう言ってアルは塔の窓を見た。皆で過ごす広いリビングには南側と西側に窓があった。そこから丁度沈んでいく夕日が見えた。
「以前、リアナの話だと、およそ二百五十年前に、大きな地震があって、空を雲に覆われて、夏なのに雪が降って来たって話だったよね。その時の雲がまだ空を覆っているのかな」
アルの問いに、マラキ・ゴーレムは首を振った。
「さすがに長すぎる気もしますが、わたしにはよくわかりません」
マラキやリアナにしても、なんでも知っている訳ではないようだ。
「じゃぁ、今日はこれぐらいにして、続きは明日朝から行く事にするよ」
「かしこまりました。回収してこられた魔道具については、状態も確認しておきますね」
マラキ・ゴーレムは軽くお辞儀をした。
「じゃぁ、晩御飯を用意するわね。今日はタバサ、ドリスも引っ越ししてきたから、それのお祝いにごちそうなのよ」
「へぇ、パトリシアも手伝ったのかい?」
パトリシアが嬉しそうに微笑む。
「リアナを通じて、上級作業ゴーレムに色々と教わったわ。ちゃんと鶏をさばくところから手伝ったのよ」
解体作業を担当する上級作業ゴーレムは話ができないはずだが、リアナを通じて、いろいろと説明を聞いて出来るようになったということだろう。この研究塔に来た頃から考えれば、パトリシアも色々な事にチャレンジしている。
「わぁ、それは楽しみ」
アルはにっこりと微笑んだ。
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