15-9 偵察 後編
「ふぅ……、うわぁ、やっぱり臭いな」
再び、マジックバッグの倉庫に移送してもらったアルは、周囲を見回しながらそう呟いた。
“窓があれば開けれるのに……、そういうのは全然ないのね。荷物を入れる事だけ考えてるのかな? 虫とか入って来ないように?”
「そうだろうね。レビ会頭が貸してくれたのも、ずっとそういう状態になってるから、動物もちょっとしか生きていられないのかもね」
“そうね”
アルはグリィとそんなことを会話しながら、崩れた壁の部分をじっと見上げた。部屋の一部の天井の角におよそ幅一メートルの亀裂があり、その向こう側にも空間があるのが見える。移送してくる前は気付かなかったが、周囲の壁にも縦にひび割れがかなりあり、触れるとさらに崩れそうである。そして、新たにもう一つ発見もあった。魔法発見呪文にはひっかからなかったが、倉庫のほぼ真ん中が微かに青白く光っているのだ。魔法感知呪文に反応しているのだろう。なにかはよくわからない。警備用の何かだろうか?
「魔法解除したほうが良いと思う? それともこのまま?」
“わからないわ。でも、魔法解除したら、釦型のマジックバッグが使えなくなるかもしれない”
そうか、移送呪文で倉庫として設定しているせいかもしれないのか。ならば、よくわからないまま魔法解除するのは勿体ないことになる。魔法解除するのは、帰ってマラキに相談してからで良いだろう。
『浮遊眼』
再び、アルの手元にぼんやりと青白く光る球体、眼が姿を現した。
“まずは同じフロアにある2つの魔道具の反応ね”
「そうだね」
アルは浮遊眼呪文の眼を操り、まずその亀裂から外を覗かせた。そこは幅2メートルほどの通路で、アルが今居る倉庫となっている大きな部屋の周囲をぐるっと回っているようだった。通路の高さも部屋と同じく約五メートルである。
アルは眼を通路に沿って移動させていく。扉はなく、通路は規則的に20メートル毎に曲がり角が作られていた。十字になっているものもあれば、三方に交差しているところもある。壁は同じようにところどころ亀裂があり、アルが移送してきた倉庫となっている部屋のように完全に穴が開いている場所もあった。何があるのか期待して中をそっと覗いたが、中には何もなかった。
「これは……マジックバッグ用の倉庫としてある部屋がたくさん並んでいる感じなのかな?」
“そうかも? 最初の私たちが出てきたところを入れて全部で16部屋。大きさも同じだし、全部倉庫用かもしれないわね。どこかの部屋に財宝が詰まっていたりしないのかな”
そんなことを話しながら巡っていると、やがて、壁の一か所に鉄製のがっしりとした扉があった。扉の左右に金属製らしいかなり目の細かい網で塞がれた縦長の窓のようなものがついている。位置としては20メートル×20メートルの倉庫らしい部屋が縦に4、横に4並んでいる、その外側にある角の一つである。扉は人間が出入りするようなサイズで金属製の取っ手が有り、しっかりと閉まっていた。これでは、扉も左右にある窓も浮遊眼呪文の眼は通り抜ける事はできない。窓の向こうにはそれぞれ小さな部屋が見えていて、右側の部屋の真ん中には青白く光る丸い魔道具らしきものがあるのも見えた。
「まいったな。これじゃぁ、ここが本当に地下なのか、そして、外に出れるかもわからないな」
アルがどうするかと頭をガリガリと掻いた。
“魔法発見呪文でこのフロアには二つ反応があったのよね。あと一つはどこ?”
「あとは、隣の隣の倉庫らしい部屋だと思われる区画の中に一つだよ。亀裂がなかった所だな。亀裂がすでに出来てて、何もないってわかってる倉庫らしい部屋は三つ」
アルはそう言ってため息をついた。
“扉を開ける、扉の横にある窓につけられた金属製の網を金属軟化呪文を使って、魔道具が見える小部屋に入る、どれかの倉庫を石軟化呪文を使って穴をあけて無理やり中に入る、どれをするにも、一旦この倉庫を出ないとできないよね”
「そうだなぁ。ということは、これ以上調べるには転移の魔道具は持っていくしかないかな。さすがに、ここがどこか判らず、地上まで出られる保証もないのに、それを預けたままにして、僕がこの倉庫から出るというのは危険すぎる。そう考えると、タバサに今すぐ研究塔に移るか、それとも戻るまで国境都市パーカーに居てもらうか、決めてもらうしかないかな。ケーンと約束した十日後まで、探索を後回しにはしたくない」
“そうね”
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約束した通りに、二十分後、パトリシアに取り出してもらって研究塔に戻ったアルは、タバサ男爵夫人に、事情を伝えた。
「そうですね、では、私は研究塔に移らさせていただくことにしましょう」
タバサ男爵夫人の答えは即答だった。以前はここに知り合いも居ないがどちらでも良いといった感じの答えであったのにどうしたのだろうか。
「何か研究塔に移りたい理由でもできた? 果物が美味しいとか?」
「というより、私がパーカー子爵領に残ると、この研究塔では、パトリシア様は、今されている毒があるか識別する作業をお一人で続けられてしまうでしょう。それは危険なのかと思いまして……どうしても万が一の事がございますし」
なるほど、確かに食べれるかどうかの確認には時間が掛かるし、ちょっとしたミスが危険な事になる事もある。マラキやリアナが居るとはいえ、人間が他に誰も居ないのは危険かもしれない。
「焦らず、ゆっくりで良いし、急ぐことは無いんだけどな」
「はい、ですが、パトリシア様はパトリシア様で、少しでもアル様の役に立ちたいと思っておられるのです」
タバサ男爵夫人の言葉にパトリシアは一瞬焦ったような表情を浮かべて顔を伏せる。
「わかったよ。まぁ、僕もタバサがパーカーにずっといて欲しいと思っているわけじゃない。ああ、ドリスもそれで良いのかな?」
「はい、彼女も付いてきてくれると言っていました」
以前話した感じでは、無理をしているという様子でもなかった。パトリシアとしても、彼女が居るほうが気楽かもしれない。
「じゃぁ、ナレシュ様にタバサとドリスを引き取ると言いに行こうか」
そう言う事ならと、アルは彼女たちと共にナレシュやレビ会頭に挨拶に行った。だが、明日領都に出発する二人はパーカー子爵邸に出かけており、戻る時間も読めないということであった。ラドヤード卿だけが屋敷には残っていたので、彼に、二人を引っ越しさせることを説明した。
「ふむ、まぁ、良いぞ」
彼の返事は簡単なものだった。もちろん以前から引き取ることは説明していたし、特に彼女たちがこの屋敷で何かの役割を果たしていたわけでもなかったのだ。
「では、急な話で申し訳ありませんが、すぐに荷物をまとめて、昼過ぎには出ます。ナレシュ様、レビ会頭様にはくれぐれも礼を」
「ああ、わかった。伝えておく。まぁ、来た時は二人ともかなり暗い表情だったが、そのような明るい顔をして出ていけるという事はよいことじゃ。幸せにの」
最後のフレーズは何か誤解があるような気もしたが、アルも敢えては聞かないことにしたのだった。
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「じゃぁ、行ってくるよ。地上に出れば、念話が通じると思うから、きっとそれほどかからないはず。心配せずに待っていて」
慌ただしくタバサたちの荷物を研究塔に運び終えると、アルはその日のうちに倉庫に行く事にした。目の前に魔道具が大量にあるとわかっている古代遺跡があるのに、行くのを翌日にするなんてことはとてもできなかったのだ。
「くれぐれも気を付けてくださいね」
「うん、大丈夫だよ。移送よろしく」
アルはパトリシアを軽く抱きしめると、移送を頼んだ。パトリシアは祈るようにしながら、釦型の魔道具を操作し、アルに手を触れる。そして、同じように動けなくなる十秒、それを過ぎると本日三度目の倉庫の中であった。
“さて、どっちから行くの?”
「まずは外に出るのが優先かな」
マラキに確認したところでは、倉庫となっている部屋の真ん中に浮いている薄く光るものは、グリィが懸念した通り移送呪文で倉庫として設定したために存在するのではないかという話であったので、そちらはとりあえず放置である。
『飛行』
アルはふわりと宙に浮いた。部屋の天井近くに空いた壁の割れ目からおそるおそる顔をだし、外を見る。倉庫の部屋と違い、通路では悪臭はそれほどでもないようだった。慎重に通路らしきところを進んでいく。そして、浮遊眼呪文を使って偵察した際に見つけた扉と金属製の網のついた窓が並んだ所まで、特に問題などなくたどり着いた。
「この網のついた窓は……」
アルが近づくと、その窓からかすかに風が感じられた。扉の右側の窓からはアルの居る通路から、窓の向こう側に、左側の窓からは窓の向こう側からアルの居る通路に向かってゆるやかに流れてきているようである。金属製らしき網はかなりの強度があり、取り外したりするのは難しそうであった。
「うーん、わかんないな。まずは扉かな」
『知覚強化』 聴力強化
アルはそう呟いた後、呪文で聴力を強化する。そして、扉に耳を当てた。扉の向こうは広い空間になっているのか、音がかなり反響していた。遠くで獣の叫び声のようなものが聞こえた。その声はかなり微かなので、扉の向こう側すぐに何かが居るという訳ではなく、そこにある広い空間の先に扉があってその向こう側で獣が騒いでいるような感じである。
扉を開けても大丈夫だろうと踏んで、アルはその扉のノブをゆっくりと回そうとした。だが、ノブは回らない。かぎが掛かっていそうである。
『解錠』
カチャリ、鍵が開いた。アルは思わず微笑み、ノブを回す。軽く回った。慎重に扉を開ける。
扉の先は階段のフロアであった。階段は上へと続いていて、そこからうっすらと光が射してきていた。一面に崩れてきたものらしき岩や土砂などが散らばっており、その上に、うっすらと白い粉のようなものが積もっている。氷ほど固くない……おそらく雪であった。
“早速階段! よかったわ。これで地上に出られるかも。あ、座標情報が出たわ。国境都市からはかなり北ね。ざっと五千キロはある。リアナに聞いたテンペスト一族が暮らしていた所よりも、さらに北西に千五百キロぐらいかしら”
グリィがそう言っていたが、アルはそれよりも初めて見る雪に心を奪われていた。ふわふわとして、触れると水になる。
“そんなにびっくりするもの?”
グリィは不思議そうな反応を示した。だが、アルにとっては、温度調節呪文で水を氷にしたことはあったのだが、天然の雪を見るのは初めてであった。
「だって、雪なんて、爺ちゃんの話とリアナの話でしか出てきたことがなかったからね。すごい所に来ているんじゃないかって思っていたんだ」
“なるほどねー。でも、あまりのんびりしているのは危険かも? 獣の叫び声みたいなのが、また聞こえたわ”
グリィの言う通りであった。叫び声らしきものは階段を登った先から聞こえてきている。階段は折り返しでおよそ十メートル、その先は地上らしかった。
「うん、行こう」
何か罠でも仕掛けられていないか、注意深くアルは階段を登っていく。その先は半ば崩れた巨大な建物の一室のようであった。ところどころ天井も崩れており、昼間であるはずなのに月夜のような暗い空が見えている。十メートル四方ほどの大きな部屋だが、その中に動いたものが見えたような気がして、アルはあわてて身を伏せた。
崩れかけた建物の隅、壁と天井がある所に、白い毛におおわれた巨大な猿のような生物が五体、互いの毛を繕うような事をしながら身を寄せ合っている。体毛の色は違うが、以前遭遇したことのあるイシナゲボンゴより一回り大きくしたような感じである。アルにはまだ気づいていない様子だ。
”魔獣かな?”
アルはグリィの問いに、わからないと思いつつ、自分の膝に指で二回、横に線を引く。五体か……もし、魔獣だとすれば、こちらを見ると攻撃してくるのだろう。普通の野獣ならどうかわからない。 倒すか、倒さずに一旦、身を隠して建物の外に出ることにするか。どちらが良いだろうか。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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