15-8 偵察 前編
「……という感じなんだ。もちろん、行きたいと思うんだけど、その時に、できれば最悪の状況を考えて転移の魔道具を持っていきたい」
アルから説明をうけて、パトリシアとタバサ男爵夫人は顔を見合わせた。
「アル様、それは危険な事では?」
タバサ男爵夫人の問いにアルは首を振った。
「それはわからない。もちろん、知らない所に行くんだから絶対に安全とは言えない。でも、僕は古代遺跡への探索はしたいんだ。僕や僕の妹、イングリッドは幼いころにゴブリンに襲われた。同じように、今も蛮族や魔獣の脅威に晒されている人々はたくさんいる。どこかの古代遺跡には蛮族に対応するための知恵がきっと残っている筈なんだ。もちろん、前のマジックバッグみたいに数分で死んでしまうことがないかといった事は、家畜を送り込んで確認するし、他にも慎重に行動はするつもりだよ」
アルがそう答えると、パトリシアは少し寂しそうな表情を一瞬浮かべたものの、すぐににっこりと微笑んだ。
「わかりました、アル様。無理はしないで下さいね」
「もちろんだよ」
アルは微笑む。
「出発はすぐですか? しばらく戻られないのでしょうか?」
パトリシアの問いにアルは首を振った。
「うーん。出来るだけ早く行きたいけど、すぐ行くのは無理かなぁ。今日はさっき言ったみたいに、パーカーに行って家畜を買って、それを格納して半日ぐらい様子を見る って感じだから出発はせいぜい明日かな? 向こうでは、まず浮遊眼呪文を使って周りを見るだけのつもりだから、せいぜい一時間滞在するだけで一旦戻ってくることになると思う。それ以降は、その結果次第だね。とはいえ、最悪の事を考えて食料や毛布は用意しておくよ」
アルの答えを聞いて、パトリシアは少しだけ安心した様子で頷く。
「じゃぁ、明日一日、タバサは国境都市パーカーに居る予定にしておけば、良いでしょうか?」
「そうだね。あとは、また明日の探索結果をみてからね」
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「じゃぁ、いってくるね。パトリシア、収納お願い」
アルはそう言ってゆっくりと手を振った。
「はい、気を付けてくださいね」
パトリシアはマジックバッグとなっている魔道具の釦の縁を弄って操作すると、改めてアルに触れた。アルはその操作を素直に受け入れる。動物などと違って、人間のような知能のある生物の場合、マジックバッグへの収納は、収納される事を嫌がる気持ちが少しでもあると、失敗してしまうようだった。
アルの視界はパトリシアが手を触れるとすぐに塔からマジックバッグの収納先の倉庫に切り替わった。だが、すぐに動くことはできない。それは転移の魔道具で転移したときと同じような感じであった。おそらく、転移先ではぼんやりと姿を現しはじめているのだろう。温度調節呪文をつかっているので、それほど寒くは感じないが、吸った空気はかなり冷たく、何より何かが腐ったような臭いと黴の臭いが強く、空気が淀んでいる感じであった。十秒ほどかかった後、ようやく身体を動かすことが出来るようになり、アルはあわててポケットから古い布を出して鼻と口を覆う。
「転移と同じか。物の出し入れをするとき、入れる側はすぐに姿が消えていたから意識しなかったけど、倉庫まで移動するのに時間がかかるのかな」
“うーん、そうみたいね”
グリィの囁き声が耳元で聞こえる。予想外の発見はあったものの、移送は問題なくできたようだった。嬉しい事に移送される前に事前に用意していた魔法発見呪文にはかなりの数の魔道具と思われる反応がある。一、二……数えてみるとかなりある。二十は超えていそうだった。そのほとんどは今アルが居るところから上に十メートルは行ったところに存在しており、同じ階層にあるのは二つである。
「ここはどこ? 地下かな?」
“現在位置はよくわからないけど、きっと地下ね”
グリィが呟いた。そういえば、以前、研究塔を求めて飛行しながらグリィと同じような事を聞いたことがあった。その時、彼女は現在位置の座標数値は大抵のところで判るが、地下や水中では駄目なことがあると言っていた。ここもそういうところなのかもしれない。これほど魔道具の数が多いということは、手つかずの古代遺跡なのだろう。その中には有用なものもあるに違いない。
アルは契りの指輪を振ってパトリシアとの会話を試みた。だが、つながらない。今まで、つながらなかったことは無かったのだが、座標情報とおなじようなものだろうか。
“契りの指輪の念話も地下や水中に居るときはつながらないのかもしれないわ”
グリィも同じように考えたようだった。そうなのか……。契りの指輪の魔道回路を詳しく調べたことがないので原理はよくわかっていないが、そういう事もあるのだろうか。しかし、連絡できないのはかなり痛い。
「仕方ない。向こうから取り出ししてもらうのを待ちつつ、調査を進めよう」
“そうね”
『浮遊眼』
アルの手元にぼんやりと青白く光る球体が姿を現した。もちろん、これはアルが魔法感知を使っているから青白く光って見えるだけで、普通の人の眼から見れば透明な球体である。
これを飛ばそうとしたところで、アルは身動きが出来なくなった。
呪文か何かで身体を麻痺させられたのか?焦りつつ、周囲の状況を探る。動くものは何もなかったはずだ。そこで、浮遊眼の眼から見える自分の姿が徐々に薄くなっているのが見えた。
これは、移送呪文か? それも、取り出すときは、転移とは逆で、元の場所で十秒ほどの動けない時間が存在するのかもしれない。パトリシアか或いはタバサ男爵夫人が取り出してくれたのだろう。十秒ほどして、視界は倉庫から見慣れた研究塔の部屋の中と泣きそうな顔のパトリシアと心配そうなタバサ男爵夫人の顔に切り替わったのだった。
「ただいま」
「よかった。アル様」「ようございました」
アルが声をかけると、二人は安心した様子で笑顔に変わった。
「すぐに念話が通じなかったから、とても心配したの。マラキが、古い鉱山などに入ると、悪い空気で倒れることがあるなんて言いだすし……」
「申し訳ありませんでした。契りの指輪で念話が通じなくなったと伺ったので、可能性の一つとして言っただけだったのですが……」
マラキ・ゴーレムが頭を下げる。
「心配してくれてありがとう。まだ、詳しくは調べてないけど、向こうは地下っぽいんだよ。だから念話は通じないんだと思う。空気が淀んでいるのは確かだけどね」
攻撃を受けたのではなかったとアルも安堵のため息をついた。
「大丈夫そうでしたか?」
「うーん、臭いはきつかったけど、倒れるほどじゃなかったよ。一応、鶏や豚で色々と試しているから、マラキの言うすぐ倒れる、なんてことは無いはずだから安心して」
そう言ってアルは微笑む。その笑顔を見て、パトリシアはすこし涙目になりながら抱き着いてきた。アルは彼女を慰めるように肩を撫でる。
「大丈夫、大丈夫。でも、念話が通じないから、タイミングを計るのは難しいね。二十分ほどしたら一度取り出してくれるかな?」
パトリシアは顔を上げてゆっくりと頷いた。
「じゃぁ、タバサ、マラキもよろしくお願いね。パトリシア、収納お願い」
パトリシアは釦に手を触れ、その後、恐る恐るという感じでアルに手を伸ばした。そうして、再び、アルの姿は研究塔から消えたのだった。
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