15-7 発見
翌朝、特に作業のなかったアルは研究塔を訪れた。事前にドリスに聞いていた通り、タバサ男爵夫人は彼より先に研究塔に来ており、一階の作業スペースでパトリシアと果物や木の実、芋などの森の恵み、貝や魚、エビ、カニといった海の恵みの品定めをしていた。森の恵みのものには彼女たちが採って来たものがかなり混じっていて、アルの初めて見るものがいくつもある。
「おはよう。どう? 美味しいのはあった?」
アルの問いにパトリシアがすこし顔を顰めて首を振る。
「今は果物を試しているけど、苦いか酸っぱいのばかりね。もうちょっと熟すと良いのかもしれない。この後は木の実、芋類、そしてアル様が昨日採ってきてくれた海の恵みに火を通して試してみるつもり。果物にも火を通せば美味しいものがあるかもしれないわ」
「そっかぁ。こればかりは食べてみないとわからないからね」
「うん。そうなのよ。でもリアナがいろいろと憶えていて教えてくれるから助かるわ。そうじゃなければ、この作業ってとっても面倒だったと思うの」
今、テーブルの上に乗っている果物や木の実だけでも二十種類ぐらいはありそうだ。他にも何種類か芋のようなものもある。魚などはあまり見たことがない色鮮やかなものが多い。おそらく、森の恵みであれば葉や花の形、採取した木のサイズ、海の恵みの場合は頭やひれ、しっぽの形などもアシスタント・デバイスであるリアナは記憶していることだろう。似たようなものもあるだろうし、ちゃんと区別して、ひとつひとつ絵や説明書きを残そうとするならこれだけでも膨大な作業になるに違いない。
「たしかにね。でも、全部を検査する必要は無いよ。よく見かけるものだけで良いんだ。食べるものに困っている訳じゃないからさ。美味しく食べれるものを見つけるって感じで十分さ。あと、くれぐれも毒には気を付けてね」
「本当にアル様は心配性ね。ありがとう。今日の分は全部、昨日果汁や体液を皮膚に塗ったり、豚に食べさせたりして害がなかった事を確認したものばかりだから大丈夫。島を巡っているときに一度、すこし触っただけで皮膚が赤く腫れる草の球根があってびっくりしたけど、そんなことになったのは、今の所、それだけよ。魚や貝はアル様のおっしゃるようにヒレや内臓に注意をして、ちゃんと毒のあるものは発見できているわ。蛇や虫も最初は怖かったけど、もう大丈夫。リアナが先にそういうのを見つけてくれるから安心よ。豚が何匹か犠牲になっているけど、そこは許してね」
グリィもいろいろと気付く事は得意だ。きっとリアナのアシスタント・デバイスも同じようなものなのだろう。島の食材が食べられるかどうか、最終確認に豚を使って、最悪、それが犠牲になるのも残念だが仕方ないだろう。
「豚はまた買って来るさ。ところで、マラキがどこに居るか知ってる?」
パトリシアは首を傾げた。彼女は知らないらしい。
「畜舎の横の堆肥処理設備のところに行くと言っておりましたよ」
タバサ男爵夫人の言葉にアルはありがとうと答え、堆肥処理施設に向かったのだった。
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「マラキ、あのマジックバッグになっている釦の中身の整理は終わった?」
「はい。一通りの処理は終了しております。価値がありそうなものは、これぐらいでしょうか……」
そう言って、マラキ・ゴーレムが指さした汚れた作業台の上には、錆がこびりついた硬貨類と、小枝ほどのサイズの棒型のものが二本、あとは雑多な金具や錆びついた武器・防具類がちょっとした山になっていた。作業台の横には黒くつやのある石、おそらく魔石と思われるものが二つの手桶に山盛りになっている。
「硬貨はあわせて8金貨に少し足りないほどでしょうか。一応洗いましたが、あまり綺麗にはなりませんでした。この棒型のものは筆記の魔道具だと思われます。金属類は、アル様に抽出呪文を使っていただいて種類別にインゴットかナゲットにして頂いて再利用できればと考えております。黒い石は魔石ですね」
「うん、抽出するのは全然良いけど……、筆記の魔道具?」
アルが尋ねると、マラキ・ゴーレムは頷いた。 アルは話で聞いたことがあったが、実物を見るのは初めてだ。インク切れのないペン型の魔道具である。値段は知らないが、それほど高いものではないだろう。手に取って、ペンのように手に持ってみる。メモ用に使っている木の板に先を当て、すっと動かしてみた。当たった先にすっと黒い線が引かれる。
「へぇ、噴射呪文とはまた違うんだね。インクを補充する必要はないというのは便利だけど……」
アルがつかうことはあまりないかもしれない。パトリシアが使うだろうか。後で聞いてみよう。
魔石というのは、魔力切れの魔道具に押し当てると、魔力が補充できる鉱石である。たしか直径五センチほどのサイズのものが十銀貨ほどで売られていた記憶があった。アル自身は魔力制御呪文があるので、必要とはしないが、アルが居ない時に、万が一、何かの魔道具の魔力が切れた時のために置いておいても良いかもしれない。
「ありがとう。じゃぁ、抽出呪文の前に、このマジックバッグの容量がどれぐらいなのか見てみよう」
アルは以前、レビ会頭に借りたマジックバッグを調べたのと同じように、小石に光呪文をつかって光らせたものを先にマジックバッグに格納し、その後、浮遊眼呪文で眼を作り、それもマジックバッグに格納し、中を覗き込む。
釦型のマジックバッグの格納先の空間はかなり広かった。石造りの床と壁、天井で床の広さは二十メートル四方ぐらいだろうか。天井までの高さも五メートルぐらいある。以前のものと容量を比べれば十倍ぐらいの大きさになるだろう。床は白く氷のようなものがこびりついており、岩の塊がいくつかころがっていた。マジックバッグの中身としては岩などなかったはずだ。その上を見ると、天井に近い辺りで一部の壁が崩れていた。崩れた先にもなんらかの手によって加工されたであろう石壁が見える。ということはそこから先に通路があるのかもしれない。
「壁が崩れている……のですか。なるほど、少し予想外ですが、地震などがあったのかもしれませんね」
見た状況を話すと、マラキ・ゴーレムはそう言った。
「以前話した事が有ったと思うのですが、この魔道具は、別に用意された倉庫のような空間から、移送呪文を使って、生物を含む様々な物を出し入れすることのできるものです。その時代でも入手しにくい魔道具ではありましたが、テンペスト様自身もいくつか持たれていました。そして、この魔道具には使い方によっては、その倉庫に扉が設置されることも有りました」
「扉?! 格納先で物を出し入れすることも有ったって事だよね。それって転移呪文みたいにも使えるんじゃないの?」
アルはおもわずそう尋ねた。そんな使い方があったのか。
「そうですね。マジックバッグとして利用しているので、物を出し入れするというイメージが強いですが、本来、移送呪文は人や物を指定した場所に送り届ける呪文です。倉庫として定義された空間に行くのは問題なく行けるでしょう。ただし、扉などを通って倉庫として定義された空間から出てしまった物は、格納されたものの一覧に表示されなくなり、取り出せなくなるそうです。ご注意ください」
あの壊れた壁の先には通路のようなものが見えた。一体、何があるのだろう。今は、送り込んだ浮遊眼呪文の眼は動かすことはできず、一方的に画像を送って来ることしかできないが、アル自身が倉庫に行けば、自らは倉庫から出なくてもその眼も動かし通路の状況を確認することが出来る筈である。とはいえ、最悪の事を考えて、転移の魔道具を持っていったほうが良いだろうか。
「これは……倉庫まで行ってみないと! でも、さすがに勝手には行けないな。パトリシアたちと相談しないと……。 マラキ、塔に戻ろう」
アルはそう言って走り出した。
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