15-4 研究塔での相談 後編
「じゃぁ、遂にこれの解析かぁ……」
マラキ・ゴーレムと共に塔の一階の作業スペースに移動したアルは、服の隠しから小さな魔道具を取り出した。直径二センチほどの古びた金属製の釦に見える魔道具である。厚みは二ミリほどだろうか。作業台の上に置いたその魔道具を左手の人差し指と右手の親指で挟み、力を入れて慎重に回転させる。釦はゆっくりと回転し、薄く上下二枚の形に別れた。その内側には普通の肉眼では精緻な装飾が施されている程度にしか見えない。
「アル様が小さい、小さいと溢されていましたが、たしかに小さいですね。ゴブリンのアシスタント・デバイスからも、この魔道具については情報を得ていましたが、これほどのサイズとは判りませんでした。これが、テンペスト様がゴーレムの魔道回路を読み書きされるときに使われていた拡大鏡と呼ばれる魔道具なのですが、そのサイズではうまく見られないかもしれません」
そう言いながら、マラキ・ゴーレムは棚から一メートルほどの細長い棒のついた一辺二十センチほどの真っ黒な真四角の箱のようなものを取り出した。細長い棒の先には丸い半球が付いている。細長い棒の先、丸い半球を作業台の上に押しあてると、その丸い半球は作業台に貼りつき、棒は自立するようになった。マラキ・ゴーレムはそれを確認すると、今度は箱部分を持って動かす。細長い棒はそれに合わせて自由に曲がって箱を支えるような仕組みになっているようだった。
「この箱のこの面が操作用のパネルです。ここを押すと、起動します」
そういって、マラキ・ゴーレムは側面の左上のあたりを指で押した。すると正面の黒い面が急に透明になったようになり、作業台の表面がそこに映し出された。
「作業台の上にその魔道具を並べて置いてみてください」
アルは言われるがまま、マラキ・ゴーレムが作業台の上に広げた白く艶のある布のようなものの上に二つに分かれた釦型の魔道具の内側を上に向けて並べて置く。
マラキ・ゴーレムは釦型の魔道具の上にその読み取り用の魔道具の箱を近づける。そして、箱の側面を操作すると、映し出されている釦型の魔道具の表面がだんだんと拡大されてゆく。そして、内側に精緻な装飾のようにみえていたものが、単なる装飾ではなく、幾何学的になにか丸い点と線のようなものが組み合わさったような形をしていることが見えてきた。だが、そこでマラキ・ゴーレムは少し首を振った。
「これが十六倍……この魔道具での拡大の限界です。回路……のように見えますが、これでも記号が小さく、読み解きは難しそうです。仕方ないですね。使い方を……」
マラキがそう言うのを、アルは黙って制した。目を輝かせている。
「すごいね、ここまで大きく見えるんだ。これなら……」
『知覚強化』 -視覚強化 拡大視
「グリィ……見て、すごいよ……こんな……」
アルは呟く。だが返答はなかった。グリィのアシスタント・デバイスは先程の話で人形ゴーレムの首にかけたままだったのだ。
「マラキ、ちょっと、グリィに声をかけて、読み解き手伝ってって伝えてくれます?」
「かしこまりました」
アルの視線は魔道具の魔導回路にくぎ付けであった。マラキ・ゴーレムは少し急いで八階に向かった。
---
「わかったよ。使い方、こう、トントンと二回たたいて、縁に三本指を置いて右に回すと格納、左に回すと取り出し……。魔道具の接触感知や聴覚感知の機能を確認すれば、こう把握できるのか……」
“そうみたいね。やった!”
夕方、グリィのペンダントを胸に、アルは感心したように呟く。テンペストが遺してくれた魔道具、知覚強化呪文による拡大視、そしてグリィのサポートが無ければ、これほどの魔道回路をこれほどの短時間で理解するのは難しかっただろう。
「これには、探知回避呪文の効果が付けられている程度ですが、テンペスト様の時代では、わざと魔道回路を複雑にしてダミーや、罠が仕掛けられている場合もありました。もちろん、普通の魔道具ではそのようなことはありません。建物管理の魔道装置の不正侵入防止のためです。十分に気を付けてください」
マラキ・ゴーレムはそう説明する。探知回避呪文……名前から想像するに、魔法探知呪文に対抗する呪文に違いない。もしかしたら魔法発見呪文にも効果があるのではないだろうか。それならば、この釦型の魔道具が魔法発見呪文に反応しないのもわかる。しかし、そんな呪文もあるのか。アルが今まで知っていたのは、分厚い革や木の箱などで覆う事によって物理的に探知しにくくする手法だけだった。魔道具屋のララからもそんな話は聞いたことがない。かなりレベルの違う話であった。
「ということは、この研究塔やテンペスト様の墓所の魔道装置も?」
「研究塔の装置はかなり厳重に作られております。墓所のほうは警備装置といっても、守護ゴーレム程度でしたのでそれほどではありません」
「そうか。でも、どちらにしてもうまく建物管理の魔道装置を騙すことが出来たら、警備用の装置や守護ゴーレムがあっても、それを無効化できるって事だよね」
アルの言葉に、マラキ・ゴーレムは頷いた。古代遺跡を探索したいというアルの希望を知っていて、そのためにこの魔道具の解析をする様に勧めてくれたのだろう。
「さて、このマジックバッグには何が入ってるのかな?」
アルは二つに分けていた釦型の魔道具を元の形に戻すと、嬉しそうにトントンと叩くと、左に回す。だが、中に入っていたのは大量の大麦やライ麦、イモ類などの穀物、枯れ草、倒木、そしてゴブリンやリザードマンの死骸だった。それも何故か凍っている。
「ちょ……ちょっと、なにこれ?」
マラキ・ゴーレムに状態を説明すると、彼は軽く頷いた。
「マジックバッグには二種類あるという説明は以前したことがあったと思います。一つは個数に制限があって、時間の経過が無いものは格納呪文を利用した魔道具、もう一つは別に用意された倉庫のような空間を利用し、移送呪文で出し入れする魔道具です。この魔道具で移送先として設定されている倉庫は極めて寒い地域に設定されているのではないでしょうか?」
なるほど、そういうのもアリか。しかし、大麦やライ麦は家畜の飼料につかえるかもしれないが、それ以外はあまり利用価値もなさそうだ。
「そうですね。ゴブリン・メイジもゴブリンやリザードマンなどの蛮族の食料として保存していたのでしょう。価値のありそうなものだけ残して、それ以外は飼料や肥料に回して綺麗にしておきましょうか?」
「うん、申し訳ないけどお願いできる?」
何か凄い物を期待していたアルは、マラキ・ゴーレムの申し出に少しがっかりとしながら頷いた。
「はい。かしこまりました。では今日中に整理をしておきます。サイズの確認は明日にでもお願いいたします」
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。