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15-3 研究塔での相談 前編


「悪いけど、タバサさんに、完全にこちらに引っ越してもらうのは、少なくとも年明けになってしまいそうなんだ」


 一旦、研究塔に戻って来たアルは、研究塔の八階でパトリシアと話をしていたタバサ男爵夫人にナレシュやケーンとのやり取りを説明した。


「私は構いませんわ。パーカー子爵領(向こう)に親しい者が居るわけでもありませんし、今でも一時間に一回程度、急な連絡がないか確認に戻る程度で、ほとんどの時間は研究塔(こちら)でパトリシア様と共に過ごさせていただいております。何も気にされることはありません」


 タバサ男爵夫人はそう言ってにっこりと微笑んだ。


「あと、少し言い難い話だけど、……僕がこっちに来る時間、表向きはタバサさんの部屋に居ることになっているので、その、あらぬ噂が……、あるらしい」


 そういって、アルはパトリシアとタバサ男爵夫人の顔を交互に見ながら頭を掻く。


「えっ?」


 パトリシアがどういうことなのかわからなさそうに声を上げたが、それを大丈夫とばかりに、タバサ男爵夫人がパトリシアの肩を撫でながら再びにっこりと笑う。


「ああ、そうなのですね。実は、アル様に行儀作法の指導をさせていただくことになりましたと申し入れした折、ナレシュ様の従者のクレイグ様からもご心配頂いておりました。その時には、私にはパトリシア様にお仕えする以外の気持ちはございませんので、そのような噂が出たとしても気になさることは有りません、とお答えさせていただきました。ですが、その時の反応から見るにおそらく、クレイグ様は指導についてはなんらかの偽装であると気付いておられるのではと拝察いたしました」

「そうなんだ……」


 もちろん、それで良いのだが、どうしてクレイグはそれが偽装だと最初から分かっていたのだろう。


「それは、アル様が部屋からいなくなっているのをご存じだったかもしれませんね」


 不思議そうにしているアルに、丁度お茶を持ってきたマラキ・ゴーレムが教えてくれた。


「パトリシア様が転移したときには、アル様も警戒されておりましたし、突然でしたのでナレシュ様やクレイグ様にも気づかれていなかったと思いますが、その後、アル様、タバサ男爵夫人のお二人は毎日のように研究塔(こちら)パーカー子爵領(向こう)を行き来されていました。そのいずれかのタイミングでクレイグ様は監視の魔道具をタバサ男爵夫人の部屋の近くに置いておられたのではないでしょうか。さすがに転移の魔道具とまでは判らないでしょうが、アル様が授業を隠れ蓑として何らかの方法で出かけられている。と考えられても不思議ではありません」


 そうか、部屋の中を覗いてはいなくとも、魔法発見(ディテクトマジック)の魔道具の表示を見れば、アルがもっていた魔道具が急に消えたことは判る。似たような事を、パトリシアを連れだした時にアル自身もやっていたのだ。

 それとなくレビ商会の屋敷の中での感知の魔道具の設置位置は場所を把握していたので大丈夫だと思っていたが、探知の魔道具は持ち運びできないわけではない。ゾラ卿がこの間指摘してくれたのと似たような話である。常にアル自身が魔法発見(ディテクトマジック)を使っていれば、そのようなことがあれば気付けたかもしれなかった。きちんとした警備とはそういうものなのだろう。

 それに、屋敷の主であるレビ会頭は転移の魔道具についても知っていて、秘密にしてくれてはいるものの、屋敷の管理者であるデズモンドや、ナレシュ、そしてナレシュとずっと一緒に居るクレイグあたりまでは知っていても不思議ではない。もうすこし注意が必要だったなとアルも唇を噛みしめた。


 アルがそうしている横で、タバサ男爵夫人は、パトリシアに、こっそりと何か耳打ちしていた。詳しい事は聞こえなかったが、最後に、こうしたほうが悪い虫がつかない……とか言っていたように聞こえた。パトリシアが知っていて、タバサ男爵夫人もそのつもりでいてくれるのなら、この噂の話は問題にしなくてもいいだろう。二人のひそひそ話は聞こえないふりをしておく。


「じゃあ、いいか。噂はとりあえず、このままにしておくね」


 アルが軽く礼をするとタバサ男爵夫人は今度も微笑みながら頷いてくれたのだった。


「あと、マラキ、少し相談があるんだ。ああ、グリィも人形ゴーレムに……」


 アルは自分の首にかかっていたグリィ・アシスタントを人形ゴーレムの首にかける。


「テンペスト様の時代、うまく呪文を使えない人に何かよい教授方法ってなかったかな?」


 そう言って、アルはナレシュとのやりとりをマラキ・ゴーレムに説明した。


記号(シンボル)をうまく読み解き(デサイファ)できない人にどのように教えるかですか……」


 マラキ・ゴーレムも少し考えこむ。


「テンペスト様の時代でも、読み解き(デサイファ)については、上手くできる人、できない人の個人差はありました。ですが、魔道具が普及しておりましたので、全くできなくてもそれで困ることはあまりありませんでした。なので、その指導方法について、私はよく存じ上げません。また、この塔のライブラリにもそのような情報はないようです。申し訳ありません。アル様とイングリッドが言うような感じ方についてアシスタント・デバイスを通じて指南するというのは、良い方法のように思います」


 そうか……。読み解き(デサイファ)については、古代でも個人差があったのか。


「ナレシュ様限定という事であれば、一つ提案があります」


 そう言って、マラキ・ゴーレムは指を一本立てた。


「以前、ゴブリン・メイジが所持していたアシスタント・デバイスがございます。持っていた情報についてもほとんど解析が終わり、すべてではありませんが、必要そうなものは塔のライブラリに保存が完了しております。こちらを再起動(リセット)して、新たなアシスタント・デバイスとして蘇らせ、ナレシュ様に持っていただくようにするのはいかがでしょうか? アル様やタバサ男爵夫人から伺った話によると、ナレシュ様は普段からお忙しく、加えて、男爵に叙爵されればさらにお忙しくなることでしょう。今のお話では、読み解き(デサイファ)だけが問題なのでしょう。ならば、寝る前の少しの時間で練習をし、その助言をアシスタント・デバイスがするのは可能かもしれません」


 なるほど。グリィのペンダントをずっと貸しているわけにも行かないし、それならば、ナレシュも空いた時間で呪文の練習はできる事になる。いや、しかし、寝る前のようなわずかな安らぎの時間を呪文に費やすことになるのは良いのだろうか……。


「時間が有ったら、呪文の練習ね。アリュみたい」


 アルが考えているのとは裏腹に、グリィが呟く。そうか、人の事は言えないのか。アルは苦笑を浮かべながら、するかしないかはナレシュに任せることにした。


「わかったよ。じゃぁ、マラキ。再起動(リセット)をお願いします。その後、読み解き(デサイファ)に必要な知識とかもあったらそのアシスタント・デバイスに教えて(ダウンロードして)おいてほしい」


 アルの言葉に、マラキ・ゴーレムは頷いた。が、アルはその人形ににたマラキ・ゴーレムの横顔を見ながらふと気が付いた。


「情報の解析が終わってるってことは、マジックバッグかもしれないっていうこの釦型の魔道具の使い方も解析が終わっているって事だよね?」


 アルの言葉に、マラキ・ゴーレムは軽く顔を左右に振った。表情がないので、何を言いたいのかはわかりにくいが、そのとおりですがと苦笑を浮かべているような気がした。


「よく気付かれましたね。実は判っています。ですが、あれは、魔道具の勉強の一環として魔道具の起動コマンドの解析の経験を積むのに丁度良いと思います。壊れてしまうかもしれないリスクもありますが、古代遺跡の探索をされるのでしょう? それには管理している魔道具に精通している事が欠かせません。特に、起動コマンドは重要ではないでしょうか」


 マラキ・ゴーレムにそう言われて、アルはしぶしぶ頷いた。釦型の魔道具は直径一センチほどしかないのに、その中にびっしりと魔道回路が描かれている。魔道回路を読み解く事自体は楽しいとはいえ、起動コマンドが判っているのに、それを解析するのはかなり骨が折れそうだ。


「ところで、あの丸い魔道具の解析は終わりましたか?」


 マラキ・ゴーレムがさらに追い打ちをかけるように聞いてきた。マラキの言う丸い魔道具というのは、ずっと以前、辺境都市レスターで魔道具屋のララに初めて会った時に10銀貨で買った正体不明の黒くて丸い魔道具の事だ。拳より少し小さい、直径五センチほどの丸い球、表面には2か所縦に切れ目のようなものが入っているだけの魔道具である。こちらも、ずっと何の魔道具かわからず、マラキに色々と教えてもらいながら解析しようとずっと持っていたものである。


「あれは、魔道回路はある程度読めたよ。でもすっごく複雑で、何をするためのものかがよくわかんないんだ」


 アルも知覚強化(センソリーブースト)呪文をつかって、魔道回路を拡大表示させ、抽出(エクストラクト)呪文や念動(テレキネシス)呪文に使われている記号(シンボル)と共通するものが多いことまでは突き止めていた。推測するかぎりでは、この魔道具は決められた範囲を転がって動き回り、魔道具が触れるぐらいの距離にある、複数の種類の特定の物質を対象から抽出し、球の内部のタンクのようなところに溜め込むような魔道具であるようだった。


「その複数の種類の特定の物質というのはどのようなものですか?」

「それが、非常にたくさんあるんだ。シンプルなもので例を挙げれば、2ミリから0.1ミリ程度の石英という鉱石だね。でも、物質(サブスタンス)索引(インデックス)があるから、名前や分類はわかったけど、それが、何かはよくわからなくて困ってる。他も1ミリ以下ぐらいのサイズという条件付きのものが多いかなぁ」

「なるほど」


 アルの答えにマラキ・ゴーレムは頷いた。


「石英というのは、おそらく砂のことですね」


 砂? 石英とは砂の事なのか。地面を転がって砂やごく小さなものを集める魔道具? 砂漠などで転がったら球の中の小さなタンクなどすぐに一杯になるだろう。いや、でも、部屋の中ぐらいなら……。


「もしかして、部屋の中を勝手に移動して掃除をしてくれる魔道具?」


 アルの問いに、マラキ・ゴーレムは大きく頷いた。


「この研究塔では、上級作業ゴーレムが持つ箒の先はこれと似たような魔道具になっています。ただし、勝手に移動はできないので上級作業ゴーレムによる掃くという工程が必要です。この魔道具はそれより発達した魔道具と言えるでしょう」


 こんな事まで、魔道具にさせるのか……。アルは驚いた。


「おそらくですが、その魔道具で服や靴を撫でれば、そちらも綺麗にすることが出来ると思いますよ」


 たしかに汚れを取るという意味では、床も服も同じということか……。古代の人間は様々な事に魔道具を使ったのだな。マラキ・ゴーレムの言葉にアルは再び感嘆したのだった。


※厳密にいうと、砂=石英ではなく、サンゴのかけらなども含まれているのですが、今回の話では分かりやすく書こうとおもって、こうさせていただきました。サンゴのかけらは、例にあがらなかった部分に含まれているとお考えくだされば間違いにはならないのかなと思っています。

 最初は 皮脂汚れを取り除く → トリアシルグリセロール、ワックスエステル…etcを抽出するとか書こうとしたのですが、それを皮膚表面に対して行った時の弊害(肌がかさつく程度で済むのか……)、革製品にたいしてはどのような影響があるのか、といった事柄に対する筆者の知識が乏しすぎてうまく書けず、挫折しました。そのあたりはうまくできているのだと思ってください。>< 


2024.7.26 アルのマラキに対する話しぶりにばらつきがあるのではというご指摘を頂きました。その通りでしたので、それに関して訂正をしました。



読んで頂いてありがとうございます。

月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。


いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
ロボット掃除機 便利ですよね
[気になる点] アル君、覚えるのは好きだけどお試しは好きじゃないんかい? 自分で抽出持ってるんだから石英出しちゃえばそれなりだし、テーブルの上とかなら試したのだろう?
[気になる点] とりあえず、ペンダント部分はレンズじゃないから服の中に入れておくこと。 アシスタントはユーザーの視界を使用しています。 ……放熱器か何かあって服に入れたくないの?
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