15-2 報告と思い出したこと
後は実際に歩いて細かい調査を続けると言うケーンを残し、アルは一足先に空を飛んでレビ商会の屋敷に戻った。食堂では数日前から屋敷に来ているレビ会頭がナレシュと何か談笑をしている。この時間にナレシュが居るのは珍しいなと思いつつ、アルが会釈だけしてすっと通り抜けようとしていると、ナレシュに呼び止められた。
「おかえり、アル君。ケーン君はどう言ってた?」
ナレシュはアルとケーンが何かをしに出掛けた事を知っていたらしい。
「うーん、これから細かい調査をするらしいです。その後は村長さんたちと話し合う、みたいなことを言ってました。十日後ぐらいにもう一回、手伝ってほしいそうです」
「ふぅん、それならある程度は話が出来そうってことかな。それはよかった。しかし、十日後か。じゃぁ、やっぱり領都にはゾラ卿と一緒に行くことになりそうだね」
おや、領都レインにナレシュは行くのか。この忙しい時期に? 不思議そうな顔をアルがしていると、ナレシュが軽く微笑んで説明を付け足した。
「ああ、年始にレイン辺境伯に仕える子爵、男爵、そして主だった騎士は領都に集まって新年の儀と呼ばれる会合に出席するのさ。その場で、僕も正式に男爵位を賜ることになる」
そういえば、アルの父も数年に一度、この時期に領都レインに行っていた。毎年ではなかったのは、主だった騎士ではなかったということだろう。
「わぁ、おめでとうございます。セネット男爵閣下」
アルからそう言われて、ナレシュは複雑な笑顔を浮かべる。
「うーん、アル君からそう言われるとなにか照れくさいな」
「いやいや、今から少しは慣れておいた方がよいかもしれません」
ナレシュの対面に座って茶を飲んでいたレビ会頭がそう言いつつ、何度も頷く。
「そういえば、アル君。君からもらった剣の拵えが仕上がって来たんだ。なんとか新年の儀に間に合わせたいと思っていたんだが、本当にギリギリだったよ」
ナレシュがそう言うとクレイグが脇においてあった箱から布に包まれた剣を取り出した。以前は飾り気のない無骨な造りだったが、金色の鍔が追加され、全体的にも黒地の上に金色の華やかな唐草の装飾が施されて全く印象が変わっている。
「わぁ、すごいね。綺麗だ」
「ああ、そうなんだよ。テンペスト王家が佩いていたものというイメージにすると、こういう色だろうという事になってね。ただし、アル君には申し訳ないけど、今はセネット家の話があるので、この剣がパトリシア様から頂いたものという話は皆にはせずにいようと思う」
アルはよくわからないとばかりに首を傾げたが、ナレシュの言葉にレビ会頭やクレイグが頷いているのを見ると、何か事情があるのだろう。
「うん。わかったよ。で、もうすぐ出発するの?」
「ああ、明後日の朝には出発予定だよ」
本当に慌ただしい感じだ。ナレシュも体力がよく続くものだとアルは感心した。
“ねぇ、アリュ? ナレシュの魔法の指南の話は?”
そうだった。時間を見つけてという話だったが、その時間がいつも見つけられない。今回の領都への旅に同行するなりすれば、夜は時間が有ったのかもしれない。ケーンの用事は十日後ぐらいだ。行く道だけでも同行しても良いかもしれない。ところで、ナレシュの魔法の素質は一体どの程度なのだろう? まったく見込みがないのだろうか。
「話は変わるけど、ナレシュ様の呪文の訓練は、今までどんな感じだったの?」
「そうだな……」
唐突な問いにナレシュは少し戸惑いながらも今まで何人かの魔法使いに師事した話をアルに説明してくれた。それによると、ナレシュは呪文の書に書いてある特別な文字はおおよそ読めるようになったのだが、記号を読み解きすることができなかったらしい。彼らの説明では眼を眇めたり、見開いたり、逆に目を閉じて心の中で描いたりとやり方は違ったものの、揃って、じっと呪文の書にある記号から何かを感じられるはずだと言っていたようだ。
「何かを感じられるって言われてもさ……」
ナレシュはそう言って軽く苦笑を浮かべた。
“感じ方……ってこと?”
アルは少し考え込んだ。呪文の書から呪文を習得するのに、記号を読み解きするのは基本である。できなければ、呪文の習得はできない。
“私と一緒にしてもらう? 感覚なら一緒に感じ取ることが出来るよ。アリュが呪文の書を読み解きする時に、ふわふわふわって背中から首にかけて湧き上がってくるあの感じだよね? あれが感じ取れてないのかな”
「うーん……」
アルは思わず唸った。たぶん、そうなのだろう。アルは、幼いころ初めて祖父に呪文の書を見せられたときに、その呪文の書にある記号をみて、背筋をぞわぞわと何かが上がって来たのを感じたのをはっきりと憶えていた。ナレシュにはその感覚がないのだろうか。それが魔法の素質がないということか。グリィに確かめてもらったら、判るかもしれない。呪文の書を用意して、グリィのペンダントを手に持ってもらって確かめるのがよいだろうか。
「ナレシュ様は出発までに少し時間がとれる? 一度、どういう感じなのか試してもらいたいんだ」
「ああ、いいよ。アル君なら、僕にその感覚を教えてくれそうだ。そうだな。これから一度、パーカー子爵のところに行かないといけないので、夕食後なら時間が取れると思う。日が沈む頃かな。タバサ男爵夫人の部屋でいいかい?」
おっと……その話も忘れていた。
「そのタバサ男爵夫人の件なんだけど、その……」「ああ、大丈夫ですよ」
アルが少し早口で言い始めると、クレイグがそれを遮るように被せてきた。
「タバサ男爵夫人には、ちゃんと了解を頂いています。彼女自身は今回の件はパトリシア様のために必要な偽装であり、亡くなった夫も理解してくれるだろう。そして、自分自身も再婚は考えていないのでこのような噂は問題ないと仰っていただいています」
そうなのか。それでいいのだろうか。アル自身もパトリシアと会っている間の事なので問題は無いといえば無いのだが……。
「わかったよ。噂には気づかないふりをしておけばいいのかな」
クレイグが頷くのを見て、アルはため息をついた。いろいろと偽装は大変だ。
「じゃぁ、日が沈むころに、タバサ男爵夫人の部屋で」
アルが観念したようにそう言うと、ナレシュは頷いたのだった。
2024.7.28 アルがナレシュを呼ぶときの呼び方をナレシュ(呼び捨て)からナレシュ様 に訂正しました。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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