14-9 ナレシュとアルの夢
ノラの乗るタガード家の馬車が去るのを待って、試しにアルはこっそりと魔法感知呪文を使ってみた。改めて周囲を見回す。反応して光って見えるのは、ゾラ卿と彼が従えている二人の男、サンフォード卿とデズモンドの二人が佩く剣が光って見える。続いて魔法発見呪文も使う。
魔法感知呪文については、精度は呪文の熟練度に、効果範囲は視力に依存するのに比べて、この呪文はそれらを呪文の発動時にオプションとして調整が可能であった。それらの結果と呪文の熟練度によって効果時間が変わるのだ。アルは発見精度をそのままで、効果範囲を呪文の書の標準である五十メートルから五十五メートルに変えて発動させることにしていた。
というのも、色々と試した結果、発見精度については、契りの指輪のような発見されにくいとされている魔道具を発見しようとするとかなり精度を上げる必要があり、効果時間が半分以下になってしまうのであまり実用的ではなく、かつ、距離はすこしだけでも広い方が先に発見することができて有利で、かつ効果時間にも五メートルぐらいの追加であればそれほど影響がなかったためだ。
魔法発見呪文に反応したのは、先ほどの魔法感知呪文で光って見えたもの以外に近くのテントの中で一つ、デズモンドやゾラ卿、あと顔見知りのレビ商会の傭兵の持ち物で精々一つか二つというところだった。もちろん、アルの持つグリィのペンダントや、石軟化と金属軟化が使える杖、転移の魔道具、ララから以前に安く買った謎の黒い球体の魔道具も反応した。隠しに入れたままの契りの指輪と釦型の魔道具は反応していない。魔法感知呪文と違って、服の隠しやテントの中といった見えないところでの魔道具も反応するのが大きな差であった。
「今使ってみたのですか? 必要な時だけ使うというのは冒険者らしい……と言えば、冒険者らしいやり方ですね」
ゾラ卿はアルが呪文を使ったのに気付いたのだろう。そのように声をかけてきた。
「ゾラ卿は常に使われているのですか」
「魔導士団では、そのように指導を受けました。護衛をするような立場であれば特に切らすのは死につながると言われてかなり厳しかったですね」
成程とアルは感心した。その横でナレシュやラドヤード卿が不思議そうな顔をしている。
「発見系の呪文の使い方をちょっとね……」
アルはそう言って頭を掻いた。その様子を見て、ゾラ卿は軽く頷く。
「私が推測するに、ノラ様は、彼女自身が魔法使いであるので、アル殿の持っている魔道具の数を不思議に思われたのでしょう。熟練した冒険者であれば多くの魔道具を持っていても不思議ではありませんが、彼女が直接冒険者と話す機会はあまりないのですよ。我々魔導士団などは魔道具をそれほど沢山持ち歩いたりしません。任務で遠くに出かける時ぐらいでしょうか。魔法発見呪文が使われている場所に居ることが多いので、そのあたりを配慮しての事です」
沢山の魔道具を持ち歩けば目立つ。なるほど、そういう視点はなかったな。普段から持ち歩いている方が便利だし、それほどかさばるわけでもなかったからなぁ……。アルはそんなことを考えた。
「プレンティス侯爵家の魔導士たちへの対応を聞く限り、アル殿の魔法の腕は私をはるかに凌駕しています。魔法の矢呪文の熟練度だけでなく、ほんの数週間で貫通する槍呪文を習得した事、その熟練度にも驚きました。私ですら、魔法の矢呪文は五本、槍呪文に至っては、二本です。ノラ様が仰っていたように威力が強すぎて練習が難しい呪文ですからどうやって練習したのか教えていただきたいほどです」
それであんなに驚いた顔をしていたのか。威力を弱く調整し、回数を使って熟練度を上げるという方法は以前、エリックの弟子であるレダにも説明したことがあるが、彼女も目を丸くしていた。ゾラ卿には説明しても大丈夫なのだろうか?そんなことをアルが考えている間にも、ゾラ卿の話は続いた。
「ですが、アル殿の様子を見ていると、まだまだ経験が浅く、危ういところが多い。ナレシュ様は現在、対テンペスト王国の最前線に居られ、その分危険も多い。そのナレシュ様とご一緒するのに魔法発見呪文を使っていなかった件などはその一つです。ただし、もちろん、これは貴族に仕える魔法使いとして限定した話にしかすぎませんので、冒険者としてはまた違うのかもしれません」
ゾラ卿の言葉にアルはかるく頷くにとどめた。正直なところそう言われてもよくわからない。しかし、ナレシュはそれほど危うい位置にいるのだろうか。
「幸い、プレンティス侯爵家配下の魔導士たちは今回の件で大きな痛手を負いました。おかげで私が動ける余地もでき、結果としてナレシュ様が態勢を整える時間は十分に稼ぐことが出来たように思います。その点はアル殿の大きな功績だと考えます。もし、アル殿がナレシュ様の配下として働くのであれば、極力助力をさせていただきたいとは存じますがいかがでしょうか?」
ナレシュがそのような立場に居るのはわかるが、それはナレシュの夢だ。アルとしては、犠牲となった妹イングリッドのためにも、蛮族をなんとかしたいという夢がある。ナレシュを見殺しにしたいわけではない。だが、ナレシュの夢とアルの夢とは違う。
アルは静かに首を振った。その様子を見てナレシュは軽く苦笑を浮かべる。
「ゾラ卿、これで、アル君の力は理解してくれただろう。そして、その時に、僕がアル君を配下に迎えられないだろうって言ったのも、その通りだっただろう?」
ナレシュの言葉にゾラ卿も頷いた。二人は急激に仲良くなったようにアルには見えた。ナレシュはゾラ卿に何を話したのだろうか。
「はい。ですが、アル殿とナレシュ様が描く未来は決して矛盾しないと思っております」
もちろん、そうであってほしいし、そうあるべきだ。
「僕もそう思っているよ」
ナレシュもそう言うと、にっこり微笑む。アルもその笑顔に力強く頷いたのだった。
今回の話はここでおしまいです。次回はまた新しい話になります。
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本日は第14話での登場人物を1時間後、午前11時に追加で更新します。
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