14-7 貫通する槍呪文 試し打ち
アルがノラン村につくと、すでに多くの人間が集まっていた。ナレシュ、ラドヤード卿、シグムンドだけでなく、彼らの従士たちや、デズモンドなどのアルも見知ったレビ商会の傭兵たち、セネット伯爵家に以前仕えていたサンフォード男爵とその従士らしい男たち、そして、他にも見知らぬ黒いローブを身にまとっている者が居る。彼らは魔法使いかもしれない。
これほどの人が居ると言うのは、元からなにか予定されていたことがあったのだろうか。アルが来ている面々の姿などを見ながら、練習場に向かって歩いていくと、デズモンドがアルの姿に気が付いたようで声をかけてきた。
「よう! アル、来たな」
「すごい人ですね。今日は何があるんですか?」
アルがそう返すと、デズモンドが不思議そうな顔をした。
「お前さんが魔法を使って見せるっていうからみんな集まって来たんだぜ」
「えっ?」
貫通する槍呪文はテンペスト王国が秘密にしていた呪文だ。呪文の書をアルに融通したのは公けにはできない話ではなかったのだろうか。
「不思議そうな顔をするなよ。ああ、そうか。お前さんが何の呪文を使えるかは秘密だっていう話は、ここに来てる連中はみんなちゃんと心得てるから安心しな。これでもかなり絞ったんだ。だけどよ、それでもこれぐらいの人数になっちまった。どいつもこいつも、今後テンペストの魔法使いを相手にするかもしれないというんで、どれぐらいのものかってのも知りたいんだ。生死にかかわるからな」
そうか、貫通する槍呪文はテンペスト王国が秘密にしていた呪文だ。実際の威力を見てみたいということか。いや、それにしてはサンフォード男爵の姿もあった。彼はテンペスト王国に所属していた。見たことがあるはずではないのだろうか。その隣には黒いローブの男が居た。
「ああ、サンフォード卿とゾラ卿か? 二人はナレシュ様が呼んだんだ。元の呪文の威力を知る者がいなければ、評価のしようがないだろうって事でな。それも、ゾラ卿はシルヴェスター王国の魔法使いが貫通する槍呪文のような高位の呪文を使いこなせないだろうとか言ったんで、少しナレシュ様は腹に据えかねているようでな。しっかり使えるところを見せてやってくれよ」
「お二人はナレシュ様に?」
「ああ、テンペスト王国では男爵だったが、今回、騎士としてお仕えするという話になっている。もちろん、ナレシュ様が正式に叙爵されるのは年始だから、彼らも正式には年始からとなるがな」
サンフォード卿とゾラ卿……、黒いローブをまとっているのはゾラ男爵なのだろうか。色々と聞きたいが、注目されていてあまりデズモンドと喋っていられる雰囲気でもない。アルは急いでナレシュに近づいた。
「ナレシュ様、お待たせしました」
「ありがとう、アル。みんな楽しみにしているよ」
「そうらしいですね」
すこし見世物のようにもなっているが、仕方ない。ナレシュの横に黒いローブの男が近づいてきた。年のころは三十前後というところだろうか。髪は金髪で綺麗に整えられており、肌の色は真っ白だ。端正な顔立ちで身長は百八十センチ程、かなり痩せている。その後ろにも二人、ローブの男がついてきていた。
「アル、彼はゾラ卿だ。かつてはセネット伯爵家で魔導士団の隊長を務められていたのだが、今回、僕がセネット男爵を名乗ることになり、仕えたいと申し出てくださったんだ。シルヴェスター王国では騎士団はあっても魔導士団はなく、魔導士爵という地位もないので、騎士爵として叙爵する予定だよ」
ナレシュがアルにそう紹介すると、ゾラは細い指で髪をかるく整え、丁寧にお辞儀をし、少しの間アルをじっと見つめていたが、その後軽く微笑んだ。どういうつもりなのかわからないが、本当に使えるのか確かめようとでもしているのだろうか。
「では、ナレシュ様、早速試し打ちをしましょうか。なにか目標などありますか?」
「そう思って、木の人形に鎧を着せてある」
ナレシュはそういって、馬場の真ん中ほどを指さした。たしかにそこには立てた丸太に麦わらで手足をつけた人形が金属の鎧を着ていた。騎士が着るような金属鎧だ。
「一応、確認しますね。見届け役のサンフォード卿とゾラ卿、他にも希望の方には鎧が劣化して弱くなっていないかご確認いただけますでしょうか。それと、その横にもいくつか的を立てさせてください」
後から、あれは古くて傷んでいたからだとか言われるのも癪だ。きちんと確認してもらおう。
「そうだね。サンフォード卿、ゾラ卿、おねがいできるかな? 他にも希望する者がいれば……」
ナレシュの言葉に二人は頷き、鎧を確認した。他にもラドヤード卿なども手を上げた。彼らが確認している横で、アルはその横に木の棒を複数たて、そこに直径二十センチほどの厚みの違う金属製の丸い板を固定した。
「強度は問題なさそうです」
代表してサンフォード卿がナレシュに報告するのを待って、アルは的から三十メートル離れたところに立った。
「じゃぁ、いきますね。まず比較のために魔法の矢呪文を撃ちます」
アルは真っすぐに手を伸ばし、掌を広げると、鎧に向けた。
『魔法の矢』
アルの手許に十本の光る矢が現れると、勢いよく的に向かって行った。キンキンと高い音がして、金属鎧や金属製の的に弾かれた。ゾラ卿は少し驚いたような顔をして、背後に立つ二人のローブの男と何か話をしている。十本という本数に驚いてくれているのなら良いのだが。
「では、次に貫通する槍呪文です」
アルは再び真っすぐに手を伸ばし、掌を広げると、鎧に向けた。
『貫通する槍』
今度はアルの手許に四本の手槍ほどのサイズの光が現れ、勢いよく的にむかって飛んだ。クワンと魔法の矢とは違う少し低い音がして、金属鎧と金属製の的の一つは貫通、もう一つの的には突き刺さったもののそこで止まり、最後の的には貫通しなかった。
「おおお」
周りで見ていた者たちは驚きの声を上げた。
「こちらで確認したところ、普通に呪文を使った場合、十ミリの鉄の板なら貫通が可能です。十五ミリは穴が少し開く程度、二十ミリともなるとさすがに貫通はできず、大きくへこむだけです。金属鎧の金属の厚みはせいぜい五ミリほどなので、簡単に貫通してしまいます。ご確認ください」
アルはそう補足した。用意した金属の板は金属軟化呪文の杖と精製呪文、抽出呪文をつかって錆びた鉄屑から創り出した鉄の板である。物質索引には「鉄」として、「純鉄」「鋼」「鋳鉄」の三種類が登録されていた。索引のみで説明がないので、これらの違いや詳しい事はわからなかったが、グリィやマラキと相談して「鋼」製のもので、威力を測るために厚みの違うものを何種類か用意したのだ。おそらくこの鉄板も鎧鍛冶の人ならある程度判断ができるだろう。
周囲でみていた連中はおそるおそるといった様子で甲冑やアルが用意した金属の的を触り、なにやらうんうんと頷いている。
「なるほど、恐ろしい呪文ですな。普通の鎧は役に立たぬ。とはいえ、あそこまで分厚くするのは全体の重さを考えると厳しい。鎧の曲面を工夫してなんとかなるか、或いは上手く盾の活用を図るぐらいか……」
ラドヤード卿は真面目に考えこんでいる。
「さすがだね、アル君。もうこんなに使いこなしているんだ。これで騎士相手でも戦えそうだ」
「戦いたくはないけどね」
ナレシュの言葉にアルは肩をすくめる。その横で、ゾラ卿が目を見開き、驚きの表情を浮かべたままじっとしている。その様子をみて、ナレシュはすこし溜飲が下がったのか、軽く微笑んでいた。
二人がそういったやり取りをしていると、村の入り口のある方向でなにやら騒ぎが起こった。見ると立派な馬車が村の入り口に止まっている。その馬車の紋章をみて、ナレシュとラドヤード卿、サンフォード卿が顔を見合わせた。
「あれはテンペスト王国、タガード侯爵家の家紋だね。もしかしてノラ様か。ラドヤード卿、ちょっと見てきてくれるかい」
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。