3-1 大口トカゲ狩り
辺境都市レスターの南側にはホールデン川とよばれる大河がある。辺境都市レスターに近いあたりでは、雨期ともなれば川幅が100mにもなる大河である。この大河は蛮族たちの領域である南西の方角から辺境都市レスターにむかってまっすぐに流れてきて、辺境都市レスターのある丘陵地帯にぶつかり、そこでほぼ90度進路を変えて南東の海に注いでいた。
この川辺では背の低い木々と草が生い茂っていて蛮族や魔獣などが潜むところがふんだんにある上に、ところどころにあるやわらかい泥が堆積して底なし沼のようになっており、慣れていない者にとっては非常に危険な場所であった。ゴブリンの他、湿気を好むリザードマンも数多く暮らしていて、それだけでも危険であるのだが、ここで狩りをおこなう冒険者たちによく恐れられていたのは大口トカゲとよばれる魔獣であった。
この大口トカゲというのは、体長がおよそ5m、巨大な口と左右が横を向いた目、長い胴体に短い脚が6本、長いしっぽをもつ。鰐が巨大化して足が2本増えたというような魔獣である。口の大きさが体長の1/5近くあって、それがこの魔獣の特徴であり、名前の由来にもなっていた。
7月のある日、アルとオーソンは都市から南東の方角に向かう道を歩いていた。2人の後ろにはラバ1頭が曳く荷馬車が続いていた。その上には12、3才の少年が乗って手綱を持っている。彼はリッピという名で、オーソンがよく雇っている荷運び屋であった。ウェーブのかかった赤毛とくりくりとした目が印象的で、いつも何か喋っている陽気な少年である。
馬車の上には、継ぎ手のついた竿の束が一抱えほど、そしてゴブリンの死骸が一つ乗っていた。一部の竿の先には紐が結び付けられている。彼らが進む道は馬車一台が通るのが精一杯の幅しかない土の道で、丘を避け蛇行を繰り返しており、馬車が何度かぬかるみに嵌って難儀しつつもようやく川が望めるところに出た。
オーソンは立ち止まると、片手を上げて皆にも止まるように合図を出した。リッピはその合図に従って手綱を引き馬車を停めるといそいで御者台で立ち上がった。自分の目の上に手で庇を作り、川面を眺める。
「もう見つけた?」
「いや、まだだ。だけどまずはここらで探すことにする。お前さんはラバと一緒にここで待っててくれ。ゴブリンとかが出たら笛を吹いて知らせるんだぞ」
今日、彼らが狩ろうとしているのはその危険だと言われる大口トカゲだった。ただし、大きすぎるものは体重で1トンを超すのでとても馬車に載せることはできない。彼らが狙っているのはそれより一回り小さい3mサイズのものであった。そのサイズであっても大口トカゲの革は高級品であり、他に肉、頭蓋骨や牙なども売ることが出来るので、状態がよければ金貨3枚ほどにもなる。オーソンは長年の経験から、もうすぐ雨季の始まるこの時期にこのサイズのものが増えてくるというのを知っていたのだった。
「うまく獲れたら、おいらにもチップ弾んでくれよ」
オーソンは馬車の荷台から長竿をとりだしながらリッピの問いにもちろんと言って親指をたててみせた。
「オーソンさん、そいつはどうやって使うんだ?」
「ん? こいつか? こいつで大口トカゲを釣るんだよ」
アルの問いに、オーソンはゴブリンの死骸からナイフをつかって肉を切りとって一緒に浮き代わりの木切れを竿についた紐のいちばん端に括りつけ、アルに手渡した。残ったゴブリンの死骸の片足にロープを巻き付けて馬車の荷台から下す。
「竿を利用して木切れにくっついた肉を川の大口トカゲが居そうなところに投げ込むんだ。あいつらは目も鼻も良い。川の中で血の臭いを感じて、そのうちすーっと水面を泳いで近づいてくる。それがわかったら、竿を上げて肉をこちら側に引き寄せる。あいつらは水からジャンプすることもできるからな、できるだけ食われちまわないように気を付けるんだぞ」
「なるほどね。もしこの餌が食われたらどうしたらいい?」
アルは渡された竿を何本かつないで長くし、片手にもって振り具合を確かめながら尋ねた。
「その時は失敗だ。相手は水に引き込もうとしてくるから、すぐに竿から手を離しな。決して張り合おうとするなよ。川に落ちたら死ぬと思え」
オーソンの説明にアルはそれほどまでなのかと驚いた。だが、表情を見ると冗談ではなく本気のようだったので真剣に頷く。それをみてオーソンは説明を続けた。
「残りのゴブリンの死骸は川から20m程上がったところに置いておく。アルはその竿の先につけた肉をつかって大口トカゲを上手にそこまで誘導するんだ。俺は誘導中のアルの周囲の安全を確保しつつ、大口トカゲが逃げられないように川との間に入り込む。大口トカゲがゴブリンの死骸にくいついたところで俺が大口トカゲをしとめる。そこまで行ったら、アルは魔法で援護をしてくれ」
アルは頷いた。失敗しても良いように竿は何本も持ってきているのだろう。
「だけど、大口トカゲは魔獣だよね。僕の姿を見たらこっちに向かってこないのかな?」
「ああ、魔獣が人間を目の敵にしてるのはその通りだけどな。さすがに目の前に食い物があればそっちに喰いつくから大丈夫だ。だが、それを食っちまった後はその限りじゃねぇ。大口トカゲが泳ぐのは結構速いし、ああ見えて陸上でも俺達が軽く走ったぐらいの速度で移動できるから気をつけろ。あと、真後ろも見えてるらしいから油断するな。もちろん噛みつかれないように絶対に前方には立つな」
「わかった」
「近くで見てていい?」
横からリッピが尋ねた。だが、オーソンは一度首を傾げ、眉をしかめて考えた後、リッピの顔をじっと見てだめだと首を振る。
「お前さんが見物に来たら馬車の面倒は誰が見るんだ? そんなことしてる間に大事なラバがゴブリンとかに食われても知らねぇぞ」
「ロシナンテは賢いから大丈夫だよ。怪しいのが来たら教えてくれる。ねぇ、いいだろ? おいらもアルぐらいの年になったら冒険者になっていっぱい稼ぐんだ。それまでにいろいろ見ておきたいのさ」
ロシナンテというのはラバの名前らしい。オーソンは腕を組んで少し考えたが、改めて首を振った。
「いや、それでもだめだ。まだアルもこの猟には慣れてねぇから危険すぎる。とりあえず今日は諦めて馬車の近くで、離れて見るようにしておきな。次があったら、またその時考えてやる」
リッピは何度か頼み込んだが、オーソンはその度に首を振る。リッピはしぶしぶ諦めた。
「チップを楽しみにしてなよ」
アルはそう言ってリッピの肩を軽く叩き、竿を片手に身軽に川の近くまで小走りに走っていった。その後ろでオーソンは足元を確かめるようにしながら右手は用意した竿の束を持ち、左手にはゴブリンの死骸を引きずりつつその後を追いかけて行った。リッピは2人を見送りながら、仕方ないとため息をついたのだった。
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