14-6 男爵位
数日後の朝、アルはナレシュの部屋に呼び出された。ナレシュはずっと忙しくしていて、同じ屋敷で生活しているものの実際に会うのは久しぶりである。行ってみると、部屋にはラドヤード卿が居た。従者のクレイグもいつものように一緒だ。何か困った事があったのか、ナレシュの表情は少し暗い。
「ナレシュ様、どうされました?」
砕けた喋り方をする場面ではないかとアルは真面目な口調で尋ねる。
「うん、アル君、褒賞の件、ずっと待っていてもらって申し訳ないけど、たぶん君には褒賞金と言う形になってしまいそうだ。金貨百枚だせると思う。もっと特別なものを用意したかったが、それは叶わなかった。アル君の事だから土地は欲しくないのだろう?」
もちろん、土地は困る。しかし、逆に何を用意しようと考えてくれていたのだろう。もちろん珍しい呪文の書なら大歓迎だが、金貨百枚も貰えるなら全然問題はない。
「実は今回の一件で、僕に男爵位を授けてくださるという話になっていてね。そちらの調整ばかりに力がとられてしまっているのさ。他に働いた者たちも居ると言う話に対しては、ひとまとめにして金額を主張するのが精一杯だった」
「男爵位! それはすごい」
アルは驚いて目を見開く。アルからすると、男爵といえば騎士団長や都市の代官、或いはオーティスやミルトンなどの大きな街の領主を務めるような立派な貴族だ。アルの声に、ナレシュは嬉しそうに頷く。だが、ラドヤード卿やクレイグは微妙な表情だ。何か素直に喜べない事でもあるのだろうか。アルが二人の顔を見ていることに気付いたラドヤード卿はぼりぼりと首あたりを掻いた。
「爺とクレイグは街どころか町すらない男爵領だというのでね。色々と思う所があるらしい」
「それはそうでしょう。これは褒賞という形はとっていますが、外交的な要素が強すぎる……」
ラドヤード卿がぽつりとつぶやいた。
「え? どういうことです?」
アルの問いに、ナレシュは何度もこの論議はしたのだが爺どころかクレイグも納得してくれないのだと苦笑を浮かべた。本来なら部外者であるアルにこのような話をと思ったが、逆にアルとナレシュは友人だというので、話をするのによい機会だという感じになったのかもしれない。信頼してもらえて有難いとは思うが返答に困りそうだ。
「アルはどう思いますか? 男爵位と言っても、ナレシュ様にセネット男爵を名乗れと言う話なのです。シルヴェスター王国としては、外交的にはテンペスト王国のセネット家が、シルヴェスター王国を頼ったという形にしたいのでしょう。とは言え、与えられる所領は、避難民たちが開拓した十の村だけだそうです。土地持ちの男爵なら、農業が主の村だけでなく地域の交流の中心となる町を所領として持ち、そこに館をもつものです」
クレイグまで困り顔でアルに問いかける。セネット家の名前を継ぐ……。セネット伯爵家の血を引くのはパトリシアを除けば、タラ子爵夫人、そして息子のナレシュということになるのだろう。血筋的にはそう主張できなくはない。だが、この状態でセネット伯爵家がシルヴェスター王国の庇護を受けてセネット男爵となるということか。レイン辺境伯家の寄子ではなく、シルヴェスター王家直属の男爵家なのかもしれない。たしかにラドヤード卿の外交的な要素が強すぎるというのもわからなくはない。とは言え、ナレシュとしては大きな出世だろう。アルとしてはパトリシアの代わりをしてもらっているという負い目が無いわけではないが、ナレシュ自身選んだ道である。ここはよかったねと言うべきなのだろう。
そして、領地の話で言うと、たしかに男爵といっても村しかないのなら、騎士爵と大きく変わらないのかもしれないが、裕福な騎士爵でも、せいぜい二つや三つの村の領主を兼ねる程度ではないのだろうか。それを考えれば、騎士以上、男爵未満という領地なのだろう。代官などの役職を継承するいわゆる法服貴族ではなく、普通の土地持ちの貴族で男爵なら収入面ではかなり厳しいだろう。それにこの間一緒に行った感じでは荒れ地を無理して切り拓いた感じであったので、そちらもかなり苦労するだろうなという雰囲気はあった。二人の不満、いや不安は判る。
「大丈夫だよ。館は領都レインに頂けることになったのはクレイグも知っているだろう? それに十年ほどは税なども免除して頂けることになっている。こちらに避難しているテンペスト王国騎士団への援助も継続して頂けるという話にもなっているので、我々に援助せよということにはならないだろう」
「そうだと良いのですがの……」
ナレシュの話に心配そうにラドヤード卿は答えた。
「大変だと思いますけど、男爵位が頂けるということは、ナレシュ様にとっては有難い事なのだと思いますよ。それよりラドヤード卿はどうされるのですか? レスター子爵家より領地を頂いているのですよね」
アルはとりあえずそう言ってみる。ナレシュが横で軽く頷いているところを見るときっと彼の想いもそうなのだろう。
「ああ、シグムンドには弟がいるのでな。そっちは妻とその弟に任せることにした。儂とシグムンドはこちらに残る。新たにナレシュ様から騎士に叙爵していただき村を一つ任せてよいかというお話を頂いて、儂は隠居してそのシグムンドの手伝いをさせてもらうことにした」
「ラドヤード卿の村はかなり裕福な村だったのに、シグムンドには苦労をかけるね」
ナレシュがそう労う。
「シグムンドはナレシュ様と一緒に居れば活躍できると大喜びですわい。次男のほうは儂の跡取りになれると聞けば小躍りして喜ぶことでしょう」
兄弟で家を分けるのか。まぁ、妥当なのか。とりあえずラドヤード卿やクレイグには前向きに頑張ってもらうしかないだろう。
「とりあえず、色々大変だろうとは思うけど、僕は金貨百枚ももらえればとてもありがたいよ。ああ、今、ケーンに頼まれているお手伝いのほうはちょっと中途半端かも」
「どうだい? 気持ちを変えて村の代官にでもならないかい? アル君なら領主でも務まると思うんだけど……」
ナレシュの申し出にアルは申し訳ない気持ちを感じつつ首を振った。貧しい村の領主というのは父の様子を見てよく知っている。それよりは古代遺跡を探索したり、新たな呪文を探したりしたい。そして、蛮族に対抗する方法を見つけ出したい。
「ごめんね。少なくとも今、土地はもらっても困る。でも、ケーンが担当の農地整備は大変そうだから、ある程度目途が立つまでそれのお手伝いさせてもらって、そこで一区切りとさせてもらうよ。その後は少し旅に出ることにしようかな。タバサ男爵夫人もその時に一緒に引き取らせてもらうことにする。それと、貫通する槍呪文が習得できた。たしかに結構すごい。テンペスト王国の魔導士が秘密にするのも判るよ。見てみるかい?」
「おお、それは是非みてみたい。でも、シグムンドたちにも見せたいな。昼にノラン村まで来てくれないか?」
ノラン村とは以前、井戸騒ぎのあった一番北の村の名前である。騒ぎが落ち着いて以来、ナレシュにかなり協力的な立場をとっており、その村の近くに最近、ラドヤード卿が自分や従士たちが使う馬の運動場を作らせていた。ラドヤード卿やクレイグも一通り話をしても、もうナレシュの気持ちは変わらないと悟ったのだろう。すこし渋い顔はしているが、小刻みに頷いている。
「わかったよ。じゃぁ、お昼ごろに行く事にするよ。もし、試したい鉄の板とかがあれば、用意をおねがいします」
アルがそう言うと、わかったとラドヤード卿が頷いたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。