14-3 古代文明の崩壊とテンペスト王国の建国 後編
「ということは、旧セネット伯爵領があったあたりがテンペスト王国の始まりの地ってこと? 僕も良く知らないけど、テンペスト王国の王都は別の所にあったんじゃないの?」
アルはふと思いついて、そう尋ねた。
「そうですね。テンペスト王国が建国されてから三十年ほど経った後、王都は今の位置に遷都されました。テンペスト王国の建国が宣言された城はセネット伯爵家の居城となりました」
「何か理由があったのですか?」
リアナ・ゴーレムの答えにパトリシアが興味深そうに尋ねる。彼女の母はセネット伯爵の姉だ。彼女にはセネット伯爵家の血も流れているのだ。
「いくつか理由がありました。まず、人口が増え、手狭になった事です。苦難の放浪時代を乗り越え、新たな地を得たことで安心したのか、新しい世代の子供たちがたくさん生まれました。その子供たちが大きくなり、その次の世代のために新たに切り拓ける土地が必要になったのです。又、テンペスト王国の建国にはテンペストの一族の他にも、南に安住の地を求めて移動する間に、我々に従い行動を共にした一族がいました。彼らの長はテンペスト一族の長が王を名乗った際に、それぞれ侯爵や伯爵を名乗りました。今のプレンティス侯爵家やタガード侯爵家、セネット伯爵家などの大きな貴族の半数以上はそれらの一族を発祥としています。彼らも王家の民と同様にそれぞれ広い土地を必要としました。そして、ナッシュ山脈をまたいだ東南の地域、今はシルヴェスター王国、レイン辺境伯領となっている地域には蛮族や魔獣が多く、それらの被害が多かったことも挙げられます。その結果、王都をより安全だとおもわれた北西に移すことになったのです。その際、セネット伯爵家は始まりの地に残り、蛮族たちと戦う事を選択しました」
当時も蛮族や魔獣は脅威だったのか。アルはがっかりとした。古代文明には蛮族や魔獣は脅威ではなかったと思っていたのだ。
「元々暮らしていた、はるか北にある街では、蛮族や魔獣はほとんど出没しませんでした。そして、天変地異が起こった後、ここに移ってきた当初もそれほど脅威とは感じていませんでした。ですが、人口が増え、人々が暮らす地域が広がっていくにつれ、蛮族や魔獣の脅威が増えていったのです」
単純に蛮族や魔獣の住むテリトリーに人々が住むようになっただけという事なのだろうか?
「蛮族を恐れずに済む何かを古代文明は持っていなかったの?」
「アル様がお尋ねの事で具体的な何かというのは、私も存じません……」
リアナ・ゴーレムは申し訳なさそうに答えた。ずっと古代文明や呪文に、妹イングリッドの悲劇を繰り返さずに済む何かを求めてきたのに。アルは俯いてぎゅっと拳を握りしめる。
「アル様がその事に興味があったとは存じませんでした。魔法の知識を求めていらっしゃるのだとばかり……もし、そちらに興味がおありなのであれば、蛮族を研究していた一族というのを、耳にしたことがあります」
マラキ・ゴーレムがぽつりとそう言った。
「蛮族を研究? それは?」
アルはばっと顔を上げた。マラキ・ゴーレムをじっと見る。
「はい、蛮族にも知性があるのではないか、そして、人と共存できるのではないかという研究をしていた一族について、テンペスト様がご友人と話をされていたのと聞いたことがあります」
蛮族と共存? いや、それは狂気じみている。相手は人間を喰おうとして襲ってくるのだ。トラや狼なら幼い頃から育てれば、恩を感じるのか人を襲わない事もあるというが、蛮族に同じような事をしても自由に行動させた途端、人を襲うらしい。そういう話をアルはいくつも聞いたことがある。場合によっては同族すら食料とする種族なのだ。アルとしても幼い頃に襲われた経験もあり、できるものなら根絶すべきものだろうと考えていた。
「できるわけない……」
「はい。私もそう思います。ですが、その一族にはその研究で習性なども調べており、それを利用して、蛮族や魔獣を近づけない魔道具をもつくりだそうとしていたようです。虫除けという魔道具は聞いたことがありますし、蛮族除けということでしょうね」
蛮族除けの魔道具! もし、そのようなものが世の中に広まれば脅威は一気に減ることになるだろう。
「その一族というのは?」
「申し訳ありません。一族名はティーグだったと記憶しております。ですが、その一族の街の場所がどこだったのか。その一族が天変地異の後どうなったかも含めて全くわかりません」
「残念ながら、私は聞いた事が有りません。すくなくともこの辺りに流れてきた一族にその名は有りませんでした」
マラキ・ゴーレムとリアナ・ゴーレムも共に聞いたことはないのか。とはいえ、テンペストのように天変地異を生き残っている可能性もある。或いは、今は廃墟になっているテンペスト一族がすんでいた場所に行けば、何か情報が手に入るかもしれない。どちらもかなり薄い可能性と言わざるを得ないが、蛮族に対抗する手段があるかもしれないというのはアルにとって一筋の希望の光と言えた。
「ありがとう。実際に動くにはもう少し情報が欲しい所だけど、今までの全く何もない所からは大きな前進だよ。これで希望を失わずにすんだ」
アルはにっこりと微笑む。これでアルとしてはリアナに聞きたいことは一通り聞いたことになる。あと、研究塔でしたい事といえば、まだ解析できていない魔道具の調査だろうか。いや、その前に、ゴブリンが持っていたアシスタント・デバイスはどうなったのだろう。アルがその事を訊ねようとしたところで、パトリシアが思いつめたように声を上げた。
「あの……私からも一つ、アル様がいらっしゃるところでリアナに聞きたいことがあるのです。テンペスト王家の生き残りは私だけ……というのはどういう事なのか、教えてほしいのです」
アルはパトリシアの顔をじっと見た。父や母が死んでしまった事を信じられないという話なのだろうか。
「いえ……あの……」
アルの気持ちを敏感に感じ取ったのか、パトリシアは慌てて首を振る。
「私にはタガード侯爵の嫡男のジリアン様という許婚が居ました。もちろん今となってはアル様しか考えられません。ですが、今までには、私と似た立場で、テンペスト王家から他家に降嫁した王族も居たはずです。それだけではなく、他にも他家の養子となった者も居たように思います。どのようにして王族というのは決められているのでしょうか。それはもし、他家……」
そこまで言って、パトリシアは頬を真っ赤にして、最初は言いにくそうにアルをちらちらと見ていたが、やがて、意を決したように言葉を続けた。
「アル様のお嫁さんになっても、私は王家のままなのでしょうか?」
「!」
アルは少し驚いてパトリシアの顔を見る。アルと結婚すれば、王家ではなくなる? 実際のところ、二人で手を取り合い、辺境都市レスターから逃げ出した時点で、パトリシアは王家であることを放棄したようなものだ。だが、周囲はそのようには見ない。たしかに王家という定義はよくわからない。周りから祝福されたかどうかによって評価は変わるのだろうか。
「一般的な話では、アル様に嫁ぐとなれば、パトリシア様は王族ではなくなります。ですが、その婚姻を認めない者たちにとっては王族のままとなります。今の状況をマラキからも聞きましたが、おそらくパトリシア様と嫡男が許婚であったタガード侯爵家は婚姻を認めないでしょう」
そこでリアナは一度言葉を切った。たしかに、彼女の言う通りだ。
「もう一つ、テンペスト王国には特別な定義があります。王族には王城の地下宝物庫で眠っているゴーレムたちに命令する権限があるというものです。その王族という定義は一般的な話とは異なり、明確なルールがあります。その王族、ややこしいので権限保有王族とでも言いましょうか。その権限保有王族というのはテンペスト様からの血統を継ぐ事以外に、産まれてから一年以内に地下宝物庫の前でこの者は権限保有王族であると登録儀式をする必要があります。その登録儀式には十才以上の権限保有王族全員の出席・承認が必要です。また、婚姻などで権限保有王族でなくなる場合には、登録解除、死亡した場合、その骸をもって同じように登録解除という儀式が行われているのです」
テンペスト一族の放浪を支えたゴーレム……。それがまだ王城地下に残されているのか。どれぐらいの戦力なのだろう。
「えっ?」
パトリシアは声を上げ、首を振る。
「申し訳ありません。私にはその儀式に参加した記憶は全くありません。ずっとセネット伯爵の城に居ました。私は権限保有王族というものになってはいないのでは?」
「私にも正確なところはわかりません。ですが、マラキと話をした結果、プレンティス侯爵家がパトリシア様を執拗に追いかけているのは、権限保有王族であるからだと思うのです。タバサ男爵夫人、パトリシア様が十才になられて以降、新たに王族が生まれたことはありましたか?」
「私が耳にしたことはございません」
タバサ男爵夫人が恭しく答えた。そうか、本人の登録儀式は一才未満なので、記憶がなくても当たり前だろうし、他の王族の登録儀式には十才未満は参加する必要がないので、セネット伯爵領に滞在したままでも問題なかったのかもしれないのか。
「権限保有王族の全員の死亡が確認された場合、おそらくですが、テンペスト様からの血統を継いでいる者ならだれでも新たな一人目の権限保有王族になる事が可能だと思われます。プレンティス侯爵家に王家から降嫁された姫も、この約二百五十年の歴史の中にはいらっしゃったと思いますので、その侯爵が狙っているのはそれではないかと思うのです」
この研究塔にパトリシアが訪れた時と同じような状況ということか。そして、そうなれば、プレンティス侯爵はテンペスト王城の地下に眠る建国で活躍したゴーレムたち全部に命令することができるようになるということなのだろう。しかし、それほどのゴーレムが居たのなら、どうしてテンペスト王家はプレンティス侯爵家の反乱を許したのだろう。いや、その存在を知っていたプレンティス侯爵家はゴーレムに命令する暇を与えなかったということか。
「ということは、私が死んで、その死体がプレンティス侯爵の手に渡るようなことがなければ、その野望はずっと防がれ、いまのような状況が続くことになるのでしょうか?」
「十年……おそらく十年の間、地下宝物庫を訪れなければ死亡したとみなされるかと思われます。先程の話でパトリシア様はずっと地下宝物庫には行かれていないようですので、十才の年から十年、二十才の年までに地下宝物庫を訪れなければ、プレンティス侯爵はその権限を得ることになるでしょう」
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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