13-19 異変の結末
そのままアルたちは衛兵隊本部の門の近くで警戒を続けたが、結局、新たな襲撃を受ける事はなかった。アルは、時折、浮遊眼呪文の眼を使って、都市内の様々な所に飛ばしてヴェール卿やその配下のテンペスト王国の間諜たちを探してみたりもしたが、その姿は見つけることもできなかったし、見つかったという連絡を受ける事もなかったのだった。
ナレシュは夜明け前、朝一番の鐘が鳴った頃に衛兵隊本部で行われた緊急会議に呼ばれ、朝二番の鐘が鳴った頃、ようやく解放されて、アルたちの所にもどってきた。
「国境の砦に詰めていたレイン辺境伯騎士団からの応援がもうすぐ来るらしいよ。僕たちの仕事は一旦終了だ。屋敷に帰ろうか」
戻って来たナレシュは少し疲れた様子でそう言った。無理もあるまい。昨日の早朝から、途中、一時間程仮眠をとった以外はずっと働き続けなのだ。
「了解しました。お疲れ様でございました」
ラドヤード卿が労う。だが、その彼もナレシュとほぼ同じような状況でかなり疲れた様子である。
「会議には、パーカー子爵閣下も来られていて、テンペスト王国が秘密裏に作っていた拠点の発見、衛兵隊本部襲撃に対する救援、そして、その後に衛兵隊長官であるニコラス男爵閣下との緊急連絡、この三点について非常に助かったとまず礼を言って頂いた。皆、頑張ってくれてありがとう。特にアル、君のお陰でうまく行った事も多い。本当にありがとう。僕も友人として誇らしいよ」
ニコラス男爵はトネリコ通りの火災現場に出動した後、北門の外にたいまつの火らしいものが複数見えるという報告を受けて国境都市パーカーの外に偵察に出てしまっていた。彼が率いた衛兵隊の一隊を発見し、その位置についてナレシュを通じて衛兵隊本部に残っていた隊長に伝えたのもアルであった。
「ううん、まぁ、運が良かった? いろいろと失敗したこともあったけどね」
アルとしてはもう少し色々とできたのではないかと思う事も多く、それほどうまく行ったという実感はなかったが、ナレシュが嬉しそうな表情を浮かべたので、少しは力になれたのだろう。
「衛兵隊付きの魔法使いはアルの呪文に感心していたよ。浮遊眼呪文の眼をあんなに色々飛ばしたりとかは考えられないと驚いていたし、念話呪文の効果範囲もせいぜい百メートルだろうって不思議がっていたよ」
確かに浮遊眼呪文の眼については、動かし過ぎると疲労度合いが激しいとは思っていたが、そこまでなのだろうか。また、エリックたちと相談したい事柄が増えた。
「今回の活躍に対しては、おそらく褒賞を頂けると思うのだが、おそらくレイン辺境伯閣下に報告してからになるだろうからすぐには決まらないだろう。少し待ってほしい。あと、会議で話し合った事を言っておくと、襲撃をしてきたのはテンペスト王国のヴェール卿だと断定して間違いないだろうという話になった」
そこで、ナレシュは一息つき、椅子に座り直すと言葉を続けた。
「そして、僕たちが衛兵隊本部に到着するまでに遭遇して戦った魔法使いたちは、出撃した衛兵隊が戻ってくることを警戒するためにヴェール卿が配置した偵察部隊だったのではないかと、ニコラス男爵閣下は仰っていたよ。それと、衛兵隊本部付けの魔法使いに確認してみたが、やはりハンドサインという指の動きを使って行使する呪文は、念話呪文だけらしいね。なので、その魔法使いがヴェール卿に連絡したのでおそらく衛兵隊本部への襲撃を取りやめたのだろうと推測されていた」
「なるほどなぁ……」
シグムンドが頷きながら思わず声を出した。
「ヴェール卿の目的についても何か話されておりましたか?」
ラドヤード卿が興味津々といった様子で、ナレシュに尋ねる。だが、ナレシュは首を振った。
「それは、まだはっきりせぬ。テンペスト王国が秘密裏に築いていた拠点のほうで捕まえた連中、第二魔導士団のフレッチャーと第三魔導士団のメルヴィルだが、その彼らを助けに来たのではないかと隊長の一人が言っていたが、それには僕も同意見だ。というのも、衛兵隊の中でも念話呪文という詠唱を伴わずに使える呪文があるというのを知らなかったという話があってね。それは私もそうだったのだが……」
そこまで言って、ナレシュはため息をついた。そういえば、アルも念話呪文が詠唱を伴わないという事は実際に習得するまで知らなかった。ナレシュが知らなくても仕方ない話だろう。だが、取り締まりをする衛兵隊の中でもあまり知られていないというのは問題な気もする。
「魔法使いを捕らえた時には口枷、手枷をつけるという事になっているだろう? ただ、手枷というのは口枷を外させないためのものにすぎないという認識の者が衛兵隊の中でも多かったのだよ。そのせいで、私たちがあの魔法使いたちを引き渡した後、衛兵隊詰め所で拘留した際に、きちんとハンドサインまで封じていなかった時間があったかもしれないらしい。その結果、ヴェール卿にメルヴィルから、自分自身が捕まった事を連絡されてしまった可能性があるのだ。その結果として、衛兵隊本部はヴェール卿の襲撃を受けたのかもしれぬ」
「ほほう、それは、なんとも言えませんな。こちらも……」
ラドヤード卿が不安げにアルを見る。だが、アルはにっこりと微笑み大丈夫と答えた。アルにとっては、手枷をする際、ハンドサインができないようにするのは当然の話だった。
「うむ、とりあえず、トネリコ通りの焼け跡で何が出て来るか。あとは魔法使いたちが何を白状するか次第でヴェール卿がここで何をしようとしていたのかが判るはずだ。もちろん、ジョン・サンフォード前男爵閣下の事件についてもな」
「フレッチャーはどうなります?」
アルは気になって尋ねた。フレッチャーというのは第二魔導士団の魔法使いで、最初に捕虜となると言い出したほうだ。
「うむ、今回、捜査に協力的で情状酌量の余地があるとパーカー子爵は仰っていた。とはいえ、捕まえた三人の魔法使いとその配下の者たちは皆、レスター辺境伯の下に送られることになるだろうという話だったので、どうなるかは判らぬな」
しかし、これで、当初の問題であった先代のサンフォード男爵殺害事件については、ある程度目途が立ったのではないだろうか。とりあえず当初の目的は達成しただろう。
「わかりました。とりあえずひと段落でしょうな。儂は疲れました。帰りましょう」
ラドヤード卿の言葉に、皆頷いたのだった。
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