13-18 続・真夜中の異変
「ナレシュ様、先ほどの技…… そうか、今日はアルが……例のやつですか?」
ラドヤード卿が何かに気がついたようにちらりとアルを見た。
「ああ、この間は力加減を間違えて、剣を台無しにしてしまったが、今回はうまくいった」
ナレシュは自分の剣を確認しながら嬉しそうに答える。以前、ナレシュがアルに肉体強化呪文を接触付与された時には、ゴブリンスローターを力任せに肩口から胴体半ばまで切り下げ、直剣の根元から歪んでしまったことがあったのだが、今回は武器が破損することなく闘技を使うことが出来たらしい。地面に倒れている連中も苦痛でうめき声を上げており、最早戦える状態ではなさそうだが、胴体が真っ二つとまではなっていないようだった。
「さっさと縛り上げて、衛兵隊本部に向かいましょう」
デズモンドがそう言って、倒れている一人からローブを奪って裂き、それを縄替わりにして縛り始める。その時、両手を上げて、降伏のポーズを取っていた魔法使いの身体が青白く光ったのにアルは気付いた。事前に自分に使っていた魔法感知呪文に反応したのだ。魔法の矢などの呪文を警戒して発声に注意し、痙攣呪文をつかう用意はしていたのだが、その発声はなかったので完全に虚をつかれてしまった。
『魔法解除』
慌てて、アルは魔法解除呪文を唱える。青白い光は消え、魔法使いは悔しそうな顔をした。気付かれないと思っていたのかもしれない。
「魔法使いが呪文か魔道具を使いました。念話呪文だったかもしれません。すぐに解除はしましたが、もしそれだと、一言、二言ぐらいはつながったかも?」
魔法使いの持ち物を探る。魔法感知呪文に反応して光るようなものはなかった。ということは念話呪文だったのだろう。それともアルが知らないだけで他にも指の動きで発動することのできる呪文があるのだろうか?
「わかった。とりあえず急ごう」
ナレシュたちは、大急ぎで捕まえた魔法使いやその護衛と思われる男たちを縛り上げると、後の処理をシグムンドと従士たちに任せて、先を急ぐことにした。衛兵隊本部はあと数百メートル程しか離れていないらしい。物品探索呪文で反応があった時より、結構手前の位置であるのは気になったが、もちろん馬車も移動するものなので何ともいえない。しかし、ここまでヴェール卿の姿が無いというのも不安なところである。一体どこに居るのだろうか。
アル、ナレシュ、ラドヤード卿、デズモンドの四人が衛兵隊本部に着くと、そこでは戦いのようなものがあったらしく、衛兵隊本部の門は壊され衛兵が倒れているのが見えた。その横に黒い馬車が停まっている。
「なんだ? どうなった?」
走りだそうとするナレシュを制して、デズモンドが先頭に立った。まだ何者かが居るかもしれないということだろう。ナレシュはラドヤード卿と一緒にその後に続く。アルも一緒だ。
黒い馬車の中はからっぽだった。門は無残に破壊されている。城門ほどの頑丈なものではないが、それでも鉄製の門扉である。攻城兵器のようなものを使ったのだろうか? 門の内側は広場になっていて、まっすぐ五十メートルほどの道が延びており、その先に衛兵隊本部の建物がある。建物の入口あたりには数人の衛兵たちが動いている姿が見えた。付近に倒れている他の衛兵たちの様子を見ているようだ。衛兵たちはアルたちの姿に気付き、槍を片手に警戒しながら向かって来た。
「大丈夫か?」
ナレシュは大声を上げつつ彼らに手を振った。衛兵たちもナレシュやラドヤード卿は知っていたらしい。ある程度近づいてその姿を確認すると急いで走ってきて敬礼した。
「ナレシュ殿……はい。三十人ほどの魔法使いを含む正体不明の集団から襲撃を受けましたが、撃退しました」
真ん中に居た男が急いで兜を取り、そう答えた。たしか夕方の会議にも出席していた男だ。隊長の一人だろう。表情には安堵のようなものが浮かんでいるのが見て取れた。
「三十人! さすが衛兵隊だ。全部倒されたのか?」
ラドヤード卿が尋ねる。撃退したにしては、倒れているのは衛兵ばかりだ。運び去ったのだろうか。
「い、いえ。指揮をしていた魔法使いらしい男が急に撤退と叫び、走り去っていったのです。ナレシュ殿やラドヤード卿が到着されるほんの数分前の話です。お恥ずかしい話ですが、それまでは、こちらはかなり劣勢を強いられておりました。衛兵隊の多くはトネリコ通りの火災現場と都市の門などに向けて出撃しており、本部には私の隊と、そして予備隊しかおらず……」
衛兵隊の隊長は悔しそうな表情を浮かべた。予備隊というのは訓練中の者たちということだろう。それに今は真夜中、全員が衛兵隊本部の敷地内で暮らしているわけでもない。ある程度仕方ないと言える。襲撃してきたのはテンペスト王国の連中なのだろうか? 襲撃の目的は? そしてなぜ撤退していったのだろう。
「ちなみに、その指揮していた男って白髪交じりで皺の多い……?」
アルはヴェール卿の特徴を詳しく伝えた。隊長がその通りだと頷く。
「やはり……」
ナレシュは門を振り返り、走ってゆこうとしたが、ラドヤード卿は慌てて彼を止めた。
「ナレシュ様、相手は三十人、腕の立つ魔法使いも居ります。下手に追いかけるのは危険ですぞ。ニコラス男爵閣下が帰って来られるまではここを守るのに協力するべきです。それに途中で捕まえた連中はもうすぐシグムンドが連れてくるはずです」
ヴェール卿が使っていたと思われる馬車も門の外で乗り捨てられたままになっていた。さすがに物品探索呪文で探されているとまで気付いて置いていったという訳ではないだろう。夜中に馬車だと目立つと考えたのか。
「とりあえず、周囲を空から警戒しますね」
『浮遊眼』
アルは眼をすこし上空高くから周りを見回した。このあたりは教会や役所などの建物も多いようだった。騒ぎに気がついたのか、ところどころの建物の窓から明かりが漏れているが、通りには人の姿はなかった。
「とりあえず、付近に襲撃者の姿は無さそうです」
アルの報告に、ナレシュとラドヤード卿は少し安堵のため息をつく。
「そうだな。ラドヤード卿の言う通りだ。もし、他に何か我々に出来ることがあれば、いくらでも協力するので申し出て欲しい。それまでは、我々は周囲の警戒を続けよう。それでよろしいか?」
「はっ……はい。了解しました。よろしくお願いいたします。では、私は隊の指揮に戻ります」
ナレシュの申し出に、衛兵隊の隊長はそう答えた。隊長という立場であることを考えるとおそらく彼は騎士爵か准騎士爵であろうと思われるのだが、年下のナレシュに対してまるで上官に接しているような態度になってしまっている。
「アル君、ニコラス男爵閣下の姿を探してくれないか? トネリコ通りか、あとはこの都市の北門か南門のあたりで指揮を執られているはずだ」
ここの上空にずっと浮遊眼の眼を浮かべておかなくても良いだろう。それにこの状況だ。眼がどこかの警備用の魔道具に引っかかったとしても、余程の事が無ければ許されるに違いない。アルは軽く頷くと、まずは可能性の一番高そうなトネリコ通り上空に浮遊眼の眼を向かわせることにしたのだった。
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