13-15 衛兵隊本部
ニコラス男爵というその男は太い口ひげを指でひねりつつ、アルの報告を聞いていた。ここは国境都市パーカーの衛兵隊本部の会議室。ニコラス男爵というのは衛兵隊の長官であった。会議室のテーブルには衛兵隊の隊長らしい十人ほどの男女がすわっている。皆、腕が立ちそうであった。
一番端の席にはラドヤード卿の息子のシグムンドも座り、アルはそのシグムンドが座る席の近くに立って一番北の集落で起こった出来事とそこから見つけたテンペストが秘密裏に作成していた拠点を襲撃し取り調べをした結果を報告していた。
「……このようにして、テンペスト王国の者たちを捕らえ、その者たちと共にナレシュは現在、一番北の集落の混乱を治めるべく、そちらに向かっております」
国境都市パーカーに戻ったアルは、デズモンドの配下からの報告を受け衛兵隊本部に居たシグムンドとクレイグを追って衛兵隊本部に向かった。アルとしては、そのシグムンドを呼び出して彼にだけ報告をしてそれで終わらせるつもりであったのだ。だが、会議室にいるシグムンドを呼び出してもらおうと、その控室に居たクレイグに話をすると、質疑応答などもあるかもしれないという話になり、いつの間にかこの会議に出席して、衛兵隊の指揮官の面々に直接報告する羽目になったのだった。
「ふむ、わかった。ご苦労だった。アルと言ったか。そなたの話は以前、ナレシュ君から聞いたことがあるぞ。蛮族の討伐の際に、キロリザードマンやゴブリンスローターを含めて百体以上の蛮族を葬った同い年の魔法使いの友人がいるとな」
報告を聞き終り、隊長からの質疑応答も終わると、ニコラス男爵はにこやかな表情を浮かべながらそんなことを言った。会議室に座っていた衛兵隊の隊長らしい連中が一斉にアルの顔を見る。ナレシュはそんなことをニコラス男爵に話していたのか。アルは焦って思わず頭を掻く。
「い、いえ、あー、それは偶々ですよ。うまく作戦がはまったというか……、蛮族が固まっている所に魔法の竜巻を打ち込めたのです。幸運でした」
「魔法の竜巻! 衛兵隊所属の魔法使いに使える者は数えるほどしかおらぬ。その年令で使えるというのはすごいな。成程、ナレシュ君が自慢したくなるわけだ」
アルはそう言われて落ち着かない様子で周囲を見回した。幸い、衛兵隊の連中の反感を買ったりはしていない様子で胸をなでおろす。ナレシュが衛兵隊に好感をもって受け入れられているおかげだろう。従者らしい人がアルにも椅子をもってきてくれたので、一安心してその椅子に座る。
「トネリコ通りの建物に立ち入り検査をするのは、明日の朝、朝日が昇るのと同時に行う。担当は当初の計画通りで良いだろう。アル君の話でトネリコ通りの建物にテンペスト王国の間者が巣食っているという嫌疑はかなり高まった。そして、テンペストの魔術師団、これは騎士団の魔法使い版らしいが、それの大隊長であるヴェールとかいう魔法使いが居る可能性もある。その魔法使いは町中でも魔法の竜巻を使う可能性のある危険な相手らしい。十分に注意するように」
ハッと隊長たちと一斉に答える。シグムンドも一緒だ。会議には途中からの参加であったので知らなかったが、すでに割り振りは済んでいるようだ。おそらくシグムンドも立ち入り検査に参加するのだろう。
「アル君も、シグムンド殿と一緒に参加してもらえるか?」
ニコラス男爵の問いにアルもハイと答える。
「ゾラ男爵邸を見張っているのかもしれない馬車については、トネリコ通りの作戦が終わってからの対処とする。下手に手を出すと相手に警戒されるからな。それに、せっかく相手の戦力が分かれているのだ。利用しない手はない。トネリコ通りの作戦が終わったら、一部の部隊を割いてそちらに向かわせることとする。八番隊はそれまで、両方の監視を怠るな。臨時会議はいったん解散とする」
ニコラス男爵の言葉に、皆頷くと席を立ち、それぞれの所に向かったのだった。アルとシグムンドはレビ商会の屋敷に一旦帰ることとなったのだった。
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アルとシグムンド、クレイグの三人がレビ商会の屋敷に帰ってくると、日はすでにかなり傾いていた。アルは今日、朝からトネリコ通りやゾラ男爵邸を見て回るところから始まり、一番北の集落、その隣の集落、さらに北のテンペスト王国の拠点と飛行呪文でかなりの距離も飛び回ったので、かなりの疲労を感じていた。途中、食べる暇もなかったので、かなりの空腹でもある。
走り回っているのはナレシュも同じだ。彼は毎日こんな生活を続けているのだろうか。
「アル、今日はお疲れさまでした。君が来てくれたおかげで様々な問題が一気に解決しそうです」
屋敷の小広間で、アルが一人椅子に座り、テーブルの上に置いてあったリンゴを貰ってかじっていると、クレイグが近づいてきた。
「うーん。まぁ、まだ安心はできないですけどね。ヴェール卿が居るっていうので、慌てて帰って来ましたけど、特になにも起こっていなくてよかった。ナレシュ様は帰って来られるのかなぁ……。この国境都市パーカーの門は夜、閉まるんですか?」
中級学校のあった領都は日の出とともに門が開き、日没から一時間ほどすると門が閉まる。門が閉まってしまうと、男爵以上の貴族か、或いは騎士団、衛兵隊の許可がある者以外は通れなくなってしまうのだ。ちなみに、辺境都市レスターは門自体が存在しないのでそのような制限はなかった。
「ここも、領都と同じで、夜は門が閉まります。ですが、ナレシュ様なら門を守る衛兵隊に顔が利くので閉まってからでも都市の中に入ることが出来るでしょう。辺境都市レスターとちがって都市の外でも蛮族がでることはめったにないですし、無事に、一番北の集落の方の説得が終われば、井戸の復旧作業はケーンに任せて戻ってこられると思います。とはいえ、アルのように飛べるわけではありませんし、衛兵隊に捕虜の引き渡しなどもあるでしょうから、この屋敷に戻って来られるのはおそらく夜中になるでしょう」
「ナレシュ様は本当に大変ですね。僕はたった一日でもうへとへとです」
アルの言葉に、クレイグはその通りだとばかりにゆっくりと頷く。
「本当によく続くものだと、私も毎日敬服するばかりです」
「もうすぐ、新年ですよね。レスターには?」
アルの問いに、クレイグはすこし考える様子を見せながらも首をひねった。
「正直なところわかりません。今回の騒動がおちつき、テンペスト王国からの侵攻はなさそうだと判断できれば戻れるかもしれません」
「とはいっても、ナレシュ様はあくまでパーカー子爵のお手伝いに来ただけですよね。それも上級学校を休学までして……」
苦笑いをうかべてクレイグは少し頷く。
「今回のナレシュ様の功績をパーカー子爵はもちろん、レイン辺境伯もお認めになっておられます。パーカー子爵は、上級学校の進級は問題なく認められるだろうし、卒業後は辺境伯騎士団に騎士として迎え入れられるはずだとおっしゃってくださっています」
パーカー子爵としてもそれほど恩義に感じているということなのだろう。そんなことを話していると、そこに一人の女性の召使がやってきた。彼女はクレイグとアルに深々とお辞儀をした。今朝顔を合わせた召使、たしか名前はクリスと言ったはずだ。
「失礼します。アル様、タバサ男爵夫人がお会いしたいと仰られています。時間を割いて頂くことは可能でしょうか」
アルだけでなく、クレイグも驚きの表情を浮かべる。今朝手紙を渡したばかりだが、早速反応があったようだ。アルはちらりとクレイグの顔をみたが、彼も問題ないとばかりに何度も頷く。
「はい、これからでもよいですか?」
アルは頷き、慌てて、食べかけのリンゴを急いで食べてしまうと、夫人とお会いするのにこれで良いのかなと自分の服の汚れなどをすこし叩いた。
「もちろん、お気になさることはありません。どうぞこちらに」
アルはクレイグにお辞儀をして、クリスに従って彼女が過ごしていると言う一番端の部屋に向かうことにしたのだった。
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