13-12 拠点
北北西に七キロ。アルは広大な荒れ地の上を飛び、物品探索呪文で示された座標の近くまで一気に移動した。空の上から知覚強化した眼で見ると、その場所は高さ三メートル程の白く大きな岩があり、そのすぐ横には巨大なアカシアの木が立っていた。その周囲には高さ一メートル~二メートルほどの白い石の壁が築かれている。アカシアの木の下には天幕が二つ張られ、その横におそらく物品探索呪文の対象となった黒い馬車がそれも二台、並んで停まっていた。隣には馬が六頭繋がれている。そして、大きな岩の上に見張りらしい人影があった。
『隠蔽』
見張りに気付いたアルは慌てて隠蔽呪文で自らの姿を消した。呪文を使っている間、移動速度はかなり落ちるが、百メートルほど距離を保てば透明発見でも見つかることはないはずだ。
距離を気にしながら、アルは徐々に近づいていく。二つある天幕はどちらも小さいもので、その天幕の前に人影がひとつあるきりだ。近づいていくと、その人影も見張りらしい人影も共に比較的若い男であり、革鎧を身につけ、背には弓、腰には剣を下げていることがわかる。二人とも魔法使いのようには見えなかった。
馬車が二台、馬も六頭も居るのに、どうして二人しか姿がないのだろう。アルはその周囲を見回したが、他に人影は見当たらない。
“あの石の壁、ちょっと感じが変わってるよ。マラキさんが作ってた壁とよく似てる……”
マラキが作った壁というと、一度テンペストの遺体を隠すのに、廃墟の村で部屋を作ったりしていた時の物だろうか。たしか、石軟化呪文の杖を使っていたはず……。そうか、石軟化呪文で壁を作ったのか。普通、石を切り出して壁を作るなら、それに必要な時間も労力も膨大だ。テンペスト王国の間者が、いくら僻地とは言えシルヴェスター王国の領地内で作った拠点に石の壁まで築いてあることに驚きを感じていたが、それなら容易に作ることが出来そうだ。ということは、中心にある大きな岩に石軟化呪文を使ってくり抜き、その素材を使って壁を作ったのかもしれない。
その拠点の周りをまわるようにして角度を変え、大きな岩を見てみる。周囲を取り囲む石の壁は南側に出入りできるような道がつくられており、その反対側、大きな岩の北側の側面には頑丈そうな白塗りの扉があった。想像通りだ。岩の中は空洞で、扉の中に何人か居るのだろう。
“小さいけど、砦みたいね”
アルはトントンと肯定の合図をグリィに送った。テンペスト王国はこんな用意までしているのか。これは戦争の用意なのか、それとも単なる密偵の為の拠点なのかどっちなのだろう。
岩とアカシアの木を丸く囲む壁の半径はおよそ十五メートル。厚みは五十センチほどだろう。それに使われている石の量はどれぐらいか考えると、それほどの量ではない。別の所に運び出した可能性もないわけではないが、それをする位ならもっと壁を厚くするだろう。ということは、あの岩をくり抜いたとしても作ってあるのはせいぜい一部屋か二部屋といったところか。
念のために周囲を見て回る。だが、他の岩には扉や大きな穴などは見当たらなかった。
“そろそろナレシュたちが到着する時間よ”
グリィの言葉に、ナレシュが来るはずの南南東の方角を確認しながらアルは急いで降下した。途中、四騎の騎馬が一キロほど先に見えた。拠点の岩の上の見張りが見えないところを探し、そこまで移動するとアルはナレシュに念話を送った。呪文を使った事によって、自動的に隠蔽呪文の効果が切れる。
“ナレシュ君、念話いいかい?”
“ああ、びっくりした。アル君か。もちろん良いよ。おおよその方向で走っては来たけど、合ってるのかな?”
“うん、合ってるよ。空からナレシュ君たちの姿は見えた。相手の拠点は大きなアカシアの木が岩の横に生えてる場所だよ”
“どれだろう……木も、岩も多いからな……ああ、もしかしてあれかな?”
“岩の上に見張りが居るから気を付けて。とりあえず合流しよう”
アルは拠点から五百メートルほどのところでナレシュたちと合流し、今見てきた拠点の事を説明した。
「こんなところに拠点とは……。石軟化呪文? 初めて聞くな。そんな呪文があるんだったら城壁も家の壁も意味がねぇだろう」
デズモンドが大きなため息をつく。ナレシュはしばらく考え込んでいたが、ゆっくりと顔を上げ、アルを見た。
「アル君、その連中を捕まえる良い魔法はないかな?」
アルは驚いてナレシュの顔を見返した。馬車が二台ある事を考えれば、すくなくとも人数は相手の方が多いだろう。それを相手にしようというのだろうか。
「馬車が二台あることからして、井戸に死骸を入れた連中がここに居る可能性が高いように思う。なんとか犯人を捕まえて一番北の集落の人たちに納得してもらいたいんだ」
アルはナレシュの話に自らの髪を弄りながら考え込んだ。見張りは岩の上に居る一人だけで、天幕の前にいたほうは別の作業をしていた。普通の相手なら、見つからずに岩の上の見張りさえ無力化できれば、なんとかなるかもしれないが、いままでの魔法使いは常に……。
「今まで僕が相手にしてきた魔法使いは、常に魔法発見呪文とかを使って、周囲を警戒してた。そういう相手の場合は捕まえるのは厳しいと思う。でも、そこまでの相手じゃなければ不意を打てる可能性はあるかもしれない。僕一人で行って、相手の様子を確認して、手ごわそうなら作戦は中止。もしそれで良ければ……」
アル一人だけなら一目散に飛んで逃げればよいだけだ。
「一人で? 大丈夫なのかい?」
「逆に一人じゃないと、危険な相手だと逃げきれない」
アルはそう答えた。敵地に居て呪文を警戒していないような相手なら大した敵ではないだろうし、警戒しているようなら危険な相手の可能性があるので手は出さない。それだけの事だ。ナレシュはデズモンドと顔を見合わせた。デズモンドが頷く。
「わかったよ。お願いする」
「じゃあ、少し隠れててね。うまく行ったら念話呪文で連絡するから待ってて。ちょっと行ってくる」
アルは念のため自分に盾呪文を使うと、岩陰で身を隠しつつ、相手の拠点に近づくことにした。
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『隠蔽』
相手の拠点に近づいて、ナレシュたちの姿が見えなくなると、アルは自分に隠蔽呪文を使った。そのまま距離を縮めて発見系の呪文の有効範囲である五十メートル以内に入っていく。岩の中の動きはさすがに見えないが、それでも知覚は強化しているので、音などである程度は判るはずだ。見張りたちに特に変わった様子はない。ということは、警戒のための魔道具は置いておらず、魔法使いも油断しているのだろう。
相手の様子を気にしながら慎重に距離を詰める。石の壁のすぐ手前までたどり着いた。魔法発見呪文を使っていれば、確実に判るはずの距離なのだが、相手の様子は相変わらずだ。アルはそのままふわりと浮き、岩の上の見張りのすぐ近くにまで移動した。岩の上はすこし平たくなっており、見張りのまだ若い男はそこに麦藁を敷いて座って周囲を警戒していた。中央あたりに岩に打ち込まれた楔と、それに繋がれた縄梯子があった。おそらくそれを垂らして上り下りをするのだろう。
岩の上は、下の天幕の男からは死角になっており、身を乗り出さないかぎり姿はみえないようだった。
『眠り』
見張りの男はそのまま眼を閉じてゆっくりと後ろに倒れ込んでゆく。アルは急いでその背中を支えた。憶えたばかりの呪文であり、相手によっては失敗する可能性もあった。アルは安堵のため息をつく。
“ねぇ、どうして確実な魔法の矢じゃなかったの?”
耳元でグリィが抗議の声を上げている。
「だって、白状させないといけないでしょ? こいつが一番殺さずに済む可能性が高いからね。それに無抵抗の相手を殺すってやっぱりちょっとね……」
アルは肩をすくめ、小さな声でそう答えた。
“うーん……”
グリィは不服そうだ。アルは肩をすくめ、胸に下がるグリィのアシスタント・デバイスをゆっくりと撫でた。
“あの下に居る人もそうするの?”
「そうだね、眠り呪文が効かなくても、まだやり様はあるだろうし、状況が不利なら逃げれば良い。また別の機会もあるさ」
アルは小さな声でそう呟くのだった。
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