2-7 郊外の探索とその日の終わり
冒険者ギルドを出て西大通りをずっと進み、4番環路と標識のある土を踏み固められた道まで出ると、付近一帯では何か腐ったような臭いが漂っていた。その臭気は街路沿いの所々に掘られた巨大な穴から漂ってきているようで穴の周囲は柵で囲われている。このあたりはすでに街外れになるらしく建物らしいものはほとんどなく、街路を守るためなのか縦横に建てられた柵とところどころ屋根のある見張り台が設置されている。
西大通りと4番環路が交差するあたりには巨大な土塁があった。土塁の上には簡易ながらも砦のようなものが築かれている。これが西を守る拠点なのだろう。昼を過ぎたこの時間、西大通りの付近にはすでに狩りを終えて戻ってきたらしき冒険者の集団が行列を作っていた。その行列の先は西の砦の端であり、おそらくそこで蛮族や魔獣の死骸を納めて報酬を受け取っているのであろう。
「よう、下見かい?」
アルに話しかけてきたのは、昨夜《赤顔の羊》亭に居たオーソンという年配の男だった。あの時は気づかなかったが、片足を軽く引きずっている。
「こんにちは。オーソンさん。あそこが処理場ってやつですか」
「ああ、そうさ。あそこで冒険者連中から死骸を回収するのさ。受け取った死骸から家畜の餌にできる部位とそうじゃない部位に分ける。餌になる部位は養畜場に運ばれ、餌にならないのは環路の周囲に掘られた穴に放り込んでいく。穴がいっぱいになると土で埋め、また別の所に穴を掘る。埋められた死骸はそのうちいい肥料になる。そうやって人間の生きる場所が拡がっていく、っていうのが冒険者ギルドの偉いさんが言ってる事だ」
「なるほど。それだけ聞くと悪い話ではなさそうですね」
「だけどよ、死骸を処理する仕事を丸1日もしたらその臭いが身体に沁みついて取れなくなる。誰も近づいてもくれなくなる。飯屋にも入れねえし、宿も取れなくて大変らしいぜ」
アルはすごく嫌な顔をしたが、その様子を見てオーソンは笑い出した。
「くっくっくっ、盗賊団の頭目を魔法の矢で倒せる魔法使いがそんな仕事をすることはねぇだろうから安心しな」
「いやぁ、あれはほんとたまたまですって。今まで領都でも冒険者として働いては居ましたが、学校に行きながらだったので、ほんとに片手間程度でした。ここに来て本当に稼げるかどうかまだ自信が無いんです」
アルの言葉に最初は怪訝そうな顔をしたオーソンだったが、話す様子を見て本人は本当にそう思っているようだと理解し始めた。
「そうなのか、じゃぁ何をして稼ごうとか考えてるんだ?」
「いやぁ、冒険者ギルドの依頼はチェックしてみたんですけどね、アカオオアリとかの採取依頼があったので、そのあたりを探せないかとか考えながら様子を見に来たんです」
アカオオアリというのは体長20㎜ほどの少し大きいアリだ。お尻の分泌腺から出す白い液体が薬になるのだという。その依頼はオーソンも知っており、あまりそれは勧められないと言って首を振った。
「あの結構報酬がいいやつだろう? そう考える奴は多いんだよ。でもな、このあたりをよく知らねぇから言ってるんだろうが、ここから出て西側の湿地には魔獣が多いし、一番厄介なのはアカオオアリに似たアカオニアリだ。見た目はよく似ているが、嚙まれると大人でも全身が痺れて動けなくなるほどの猛毒をもってるんだよ。悪いことは言わねぇ、採取系の仕事はこのあたりの事に少し慣れてからのほうがいい。それよりどうだ? 俺と組んでしばらく蛮族退治とかをやってみねぇか? このあたりでのやり方とかも一通り説明してやるからよ」
彼は1年ほど前に大怪我をして今は足を引きずってしか歩けなくなったので、最近は出来る仕事が少なくなったので困っている。アルと一緒に組めば出来る仕事が一気に増えるのだと説明した。アルはオーソンの顔を見て少し考えた。こうやって話した感じからいうと、至極まともな人物そうで知識も豊富そうである。ラスさん親子も彼の事は信頼しているようだった。ここでしばらく彼について冒険者としての経験を積むのも悪くないだろう。
「わかりました。オーソンさん。是非お願いします」
「おお、そう来なくっちゃな。ありがとよ。それならもうちょっとお互いの事を知ろうぜ。俺の知ってる狩場のうちで、どこが効率良いか考えないとな」
2人はさっそくお互いの剣や魔法の腕や魔法の射程距離などを話し始めたのだった。
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上機嫌な2人が《赤顔の羊》亭に帰ってきたのは周囲が少し暗くなり始めたころだった。アルが敵を釣りだし、待ち構えたオーソンがそれを足止めした後、協力して倒すという連携が上手く行き、昼すぎから始めたにも関わらず30銀貨程を稼ぐことに成功していたのだ。このペースで行けば、2人とも1週間で1月の生活費が稼げるぐらいの儲けであった。
着替えを済ませた2人が上機嫌で話をしながら宿の中庭で武器や装備の汚れを落としていると、その声を聞きつけたのか、娘のアイリスが顔を出した。アルに来客らしい。華奢で眼鏡をかけた同じぐらいの年齢の男性だということなので、急いでその客が待つという食堂に向かうことにした。
「やぁ、アルフレッド君。無事到着おめでとう。レスターはどうだい?」
食堂で待っていたのは、想像通り同級生のケーンだった。アルは足早に近づくとしっかりと握手をした。
「ああ、まだまだわからないことだらけだ。でも、まぁ何人か知り合いもできたし、良い感じの都市だと思う」
ケーンは安堵したように頷いた。彼は軽く食事をしながらアルを待っていたらしく、座っていたテーブルには料理の皿が乗っている。アルは給仕をしていたラスの妻、ローレインに自分の夕食もここに運んできてもらうようにお願いした。
「そうか、ならよかった。この都市出身の僕としてはうれしいよ。でも、たしかここは初めてで昨日到着したばかりなんだろ? それにしては宿の人がすごく君と親しそうなんだけど、いったいどうしたんだい」
「ああ、実はね……」
アルはケーンと別れてから、バーバラと一緒に動いたこと、そしてこの宿の主人であるラスたちを救出したことを説明した。彼は最初、うんうんと聞いていたが、途中盗賊のアジトらしいところにバーバラと2人で乗り込んだ話を聞いて目を丸くした。
「そりゃぁ、恩に感じるわけだ。それでしばらくは此処に居る感じ?」
「そうだね。今日はここを定宿にしているオーソンって冒険者の人と一緒に狩りをしてきた。良い人でさ。いろいろと教えてもらってる」
ケーンはうんうんと頷いた。そこにアイリスがアルの夕食をトレイに乗せて運んできた。今日はライ麦のパンと肉たっぷりのスープ、煮た豆というメニューらしい。
「アイリスさん、ありがと」
アルが礼を言うと彼女は嬉しそうに会釈をして去っていった。その様子を見てケーンはすこしにやにやとした。
「へぇ、なかなかやるじゃないか。もう彼女を作ったのか?」
ふるふるとアルは首を振った。彼自身は全くそんなつもりはない。邪推と言うものだろう。2人はその話からしばらく中級学校でだれが好みだったかとかそんな話に興じたりして親交を深めたのだった。
「そういえば、訪問の目的を忘れてたよ」
お腹もいっぱいになり、食堂も酔いどれ客が増え始めたころ、ケーンは少し申し訳なさそうにそういって自分のカバンから包みをひとつ取り出した。
「僕が今日ここに来たのは、レビ様から君がここに泊まっているという連絡をナレシュ様が頂いたからなんだ。ナレシュ様自身、君に会いたいけど、ずっと予定がつまってて抜け出すことができないらしい。それで代わりに僕が来たというわけだ。これは助けてくれた礼だってさ。本当は自分で礼を言って渡したかったって本当に残念がっていたよ」
アルはその包みを受け取った。細長い箱で軽い。
「開けても?」
「中身は知らない。いいと思うよ」
アルは丁寧にその包みを開いた。中身は呪文の書であった。アルは思わず目を輝かせる。
「それは何だい? 古くて価値がありそうだけど、何か書いてあるの?」
ケーンは呪文の書については全く知らないようだった。アルはその巻物のタイトルを見た。肉体強化呪文、魔法が使える貴族や騎士が好んで使う呪文であり、彼らがほぼ独占状態にあるため市場にはほとんど出回らないものだ。アルは信じられないという顔をした。
「これを? かなり価値が高いと思うけど、ナレシュ様は他に何か言ってなかった?」
「そうだなぁ。口ぶりでは、君の事を命の恩人だからこれでも足りないぐらいって思っている感じだったね。僕がそれなら今夜抜け出してくればいいのにと言ったんだけど、それは許してもらえなかったらしい。明後日には上級学校の入学式のためにここを出るらしいからね。そういえば、自分には魔法の才能がなくて使えないから気にしなくてよいとかなんとか言ってた気もする」
「そうかぁ、ありがとう。ありがたく使わせてもらうって伝えておいて」
アルの言葉にケーンは頷いた。
「もし、何かあったら政務館に居るから相談に来てくれよ。今、僕は父親の手伝いで内政官見習いとしてそこで働いているからさ」
「ああ、よろしく頼む」
二人は改めて杯に残ったエールで乾杯したのだった。
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ここで第2話は終了です。1時間後に登場人物紹介を載せます。
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