13-6 ジョン・サンフォード殺人事件
アルたちが話をしていると、少しだが屋敷の中が騒がしくなった。漏れ聞こえてくる声からするとラドヤード卿たちが帰って来たようである。しばらくして屋敷の使用人が来訪をつげ、ラドヤード卿、そして息子のシグムンド、デズモンドの三人が部屋に入って来た。
「ナレシュ様、ただいま戻りましたぞ」
ラドヤード卿の声は少し暗い。
「爺、ご苦労様。どうだった?」
ナレシュの問いに、ラドヤード卿は首を振る。
「いやぁ、事件の起こった通りから近いので期待したのですが、残念ながら事件が起こった時間に外に出ていた者は見つからず、諍いの音なども聞こえては来なかったようですな。一人儂らを見て逃げ出した怪しいやつがいましたが、捕まえてみると怯えるだけで何も知っていない様子でした。念のために衛兵隊に引き渡しておきましたわい」
事件とはおそらくサンフォード男爵の父である先代のジョン・サンフォードが殺された事件なのだろうが、一体どういう事件だったのだろう。
「そうか。なかなか難しいな。やはり、アル君について行ってもらった方が良かったかもしれないな。三人とも喜んでくれ。今ちょうど、その話をしていて協力してもらえることになった。爺、彼に事件について説明してやってくれないか?」
アルが首を傾げていると、ナレシュがそう言った。ラドヤード卿たちは十五才でしかないアルの参加を聞いて嬉しそうな顔をしている。以前の遠征などで良い印象を持ってくれているのか、それとも魔法使いが足りないのかどちらかだろう。
「わかりました。とりあえず軽く説明じゃな。今から丁度一週間前じゃ。先代のサンフォード男爵閣下はこの都市に逃れて来てから親交のある商工ギルドの評議員のドナルドに誘われて夜に出かけた。本来ならいくら引退したとはいえ先代の男爵閣下が供も連れずに出かけることはあり得ぬじゃろうが、そこは避難してきている立場で家来も少ないというのもあって、一人でついて行ったようじゃ」
協力してくれている避難先の都市の有力者というのであれば、確かに誘いには応じても不思議ではないだろう。確かに供も連れずに一人でというのが珍しいが、男爵という身分があってもそれは隣国での話、敵に追われてここに逃げ込んだ身ということならあり得るのかもしれない。
「二人はこの都市でも美味しいと有名な店で一緒に食事を楽しんだそうじゃ。そのあたりは店のスタッフや当時居合わせた客にも確認は取れておる。問題はその後じゃ。帰り道、二人とその供はポプラ通りと呼ばれる通りで何者かに襲われた。残念ながらその日は新月で夜は人通りがほとんどなく、目撃者は見つかっておらぬ。辛うじて、通りで争いのような音が聞こえたという住人の通報で、衛兵隊が駆け付けたのじゃが、見つけたのは乱闘の跡と、先代のサンフォード男爵閣下とドナルドの使用人、二人の遺体じゃった。不思議な事に、ドナルドの遺体は見つかっておらず、いまだに行方不明となっておる」
彼だけはその場からなんとか逃れたのだろうか。それとも、この事件に何かしらの関りがあって逃亡したということだろうか。
「そのドナルドさんと先代のサンフォード男爵閣下とはそれほど親しかったのですか?」
ラドヤード卿が話に加わったので、アルは口調を改めた。その問いに、ラドヤード卿たちはそろって首を振った。
「ドナルドは商工ギルドの評議員を務めてはいたが、それほど目立つ存在ではなかったようだ。腕の良い飾り職人ではあったようだがな。先代サンフォード男爵ともほとんど喋ったことがなかった。なのに当日、急にサンフォード男爵邸を訪れて先代を食事に誘ったらしい。彼と先代のサンフォード男爵閣下の行動について、ドナルドを知る者に話を聞くと、普段の彼とは思えぬ行動だという話だった」
なるほど、脅されてか、若しくは別に理由があって先代男爵をおびき出したのだろうか。だが、それにしては使用人まで亡くなっている。どういうことだろう。
「ちなみに、サンフォード男爵邸や彼らが食事を摂った店には残念ながら魔法発見の類の魔道具などはなかった。本来、男爵邸位ならそれぐらい有ってもいいはずだがな。そこは避難中の身ということだ」
アルが考え込んでいると、シグムンドがそう付け足した。テンペスト王国には魔導士団と呼ばれる組織が存在した程魔法が盛んな国であったようだ。シルヴェスター王国に協力的なサンフォード男爵の父を殺すのに、何らかの魔法を使える者の犯行の可能性は十分にある。このような事ができる魔法はどういうものが考えられるだろうか。
隠蔽で隠れてずっとドナルドを脅していることも可能かもしれないし、家族を人質に取ったのかもしれない。貫通する槍呪文のように他にもアルが知らない魔法があるかもしれない。ナレシュが発見系の魔法の呪文の書をアルにくれたのもこのあたりの話があったからだろうか。とは言っても、呪文習得には時間がかかる。貰ってもすぐ使えるわけではない。
「わかりました。とりあえず、僕なりに、魔法感知をしながら、ポプラ通りやトネリコ通りを調べてみることにします。他に、協力することがあったら、改めてまた……」
「うむ、助かる。魔法使いは二人連れてきているのだが、ナレシュ様や他の貴族たちの警備でなかなか手が空かなくてな」
避難して来た貴族たちの中に魔法が使える者たちは居なかったのだろうか?アルがその事を尋ねると、ラドヤード卿は渋い顔をした。
「ゾラ男爵というセネット伯爵に仕えていた魔導士団の大隊長が居るのだ。最初は彼も警備などで協力してくれていたのだ。だが、先代のサンフォード男爵が殺された事件の後は、こちらで借りた小さな屋敷に引きこもって姿を見せようとせぬ。彼と父を殺されたサンフォード男爵とは仲の良い友人だったらしいのだが……」
何かに怯えたりしているのだろうか。それとも事件にそのゾラ男爵が関りがあるのかもしれない。それは是非話を聞かねば……。
「わかりました。そのゾラ男爵が借りたという小さな屋敷にも訪れてみたほうが良いかもしれませんね」
すぐに教えてくれるかどうかわからないが、当たってみるのも良いだろう。魔導士団の大隊長という立場であれば、魔法には詳しいだろう。エリックとはまた違う事が聞けるかもしれない。
そうやって話をしているうちに食事の用意が整ったと、使用人が告げに来た。
「とりあえず、残りの話は食事をしながらにしよう」
ナレシュの言葉で、皆は頷き、食堂に向かう事にしたのだった。
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