12-5 チャニング村出発
その後一週間、アルたちはチャニング村に滞在したが、結局その間にチャニング村を訪れたのは、定期的に巡回してくる顔見知りの行商人だけであった。もう大丈夫そうだと判断した三人は、名残を惜しむ家族や村人たちと別れを告げ、再び村を出る事にした。
とは言っても行き先はそれぞれ違う。アルはナレシュに会いに国境都市パーカーへ、オーソンとリッピは辺境都市レスターへ戻るのだ。
「オーソン、リッピ、今回はありがとう。本当に助かったよ。おかげでユージン子爵たちも疑いの目を向ける事はなかったみたいだ」
アルが微笑んでそう言うと、オーソンもそれに応えてにやりと笑う。
「ふふん、いいって事さ。足を悪くして腐っていた俺が、お前さんのおかげでこの半年、かなり稼ぐことが出来た。クラレンス村の湯治場じゃ命も助けてもらったしな。これぐらい大した事ねぇよ」
「うん。この旅でおいらも護衛の仕事や野営のやり方とか色々勉強できたよ。戻ったら冒険者として働き始めてみようと思うんだ」
リッピも嬉しそうだ。ずっとオーソンと一緒に居て、ある程度自信もできたのだろう。
「そう言ってくれると嬉しいけど、今回の件は何もお金も払えてない。これは少しだけど、道中の宿代や食事代としてとして受け取って欲しい」
アルはカクレホラアナグマの素材を売った時に自分の取り分としてもらった五金貨を四金貨と一金貨に分けてオーソンとリッピに差し出した。きっと往復にかかった費用程度でしかないかもしれないが、これ以上は受け取ってくれないだろうと考えたのだ。
オーソンは少し考えたが、横でリッピのにやにやを隠しきれていない顔をちらりと見て、ため息をつくと、それを素直に受け取る。
「カクレホラアナグマの素材を売った金の分け前を貰ったから、それで良いと思ってたんだがな。まぁ、ありがとうよ。これはもらっておこう。リッピもよかったな」
「うん! おいら、自分の金貨なんて初めてだ」
リッピもアルから金貨を受けとると、袖でその表面を拭い、大事そうに服の隠しにしまい込む。
「それと、オーソン、うまく行けばその足、教会の再生呪文がお願いできるかもしれないんだ。今、レビ会頭が交渉してくれてる」
「なんだって?」
オーソンは思わず大きな声を上げるのを見て、アルはすこし悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ちょっとレビ会頭に特別な素材の売却をお願いしててね。それの関係で、その素材を教会に安価で提供する代わりに再生呪文をお願いできそうな話になってさ。まだ確定じゃないけど、たぶん商会の功労者という形でお願いできそうなんだ」
オーソンはアルの言葉に一瞬茫然とした表情を浮かべたが、次に無言のままアルに思い切り抱き着いた。
「本当なのか? 本当に?! 本当に?」
「まだ交渉中だから、確定じゃない。まだだってば」
「ありがとうよ! ありがとう、アル」
その勢いにアルは思わず後ずさる。オーソンの目には少し光るモノがあるように見えた。
「レビ会頭からまた連絡があると思うから、それまで無理せずに。実現しない可能性もまだあるし……」
「ああ、わかってるさ。それでもな、この足が治るかもしれないって考えるとな」
嬉しそうにオーソンが言う。これはなんとしてもレビ会頭に頑張ってもらわねばなるまい。
「じゃぁ、オーソン、リッピ、僕はもう行くよ。二人とも気を付けて」
「ああ、アルも気を付けてな」
アルは飛行呪文を唱えると、ふわりと宙に浮いた。オーソンとリッピは荷馬車に乗る。アルは二人に手を振って別れを告げ、まっすぐ北を目指したのだった。
-----
左手に険しく切り立つナッシュ山脈を見ながら、アルは落葉した木々の連なるシプリー山地を抜け、さらにオーティスの街を北上すると、グラディスの街が見えてくる。グラディスの街付近は見渡す限り平原となっており、かつてテンペスト王国とシルヴェスター王国との決戦となった舞台だ。
アルの祖父はレイン辺境伯騎士団の魔法使いとして参加していたらしい。どんな活躍をしたのだろうと思う。だが、祖父は騎士団に参加する前の冒険者をしていた頃の話はよくしてくれたが、その頃の話はほとんどしてくれなかったので、よくわからない。
ここで進路を西に変える。グラディスの街を右に見ながら、しばらく進むと、ナッシュ山脈の険しい山々はここで途切れ、はるか遠くに国境都市パーカーが見えてきた。南側にはジュエル湖とよばれる大きな湖が見える。辺境都市レスターは丘の上に築かれた都市だったが、国境都市パーカーは北からジュエル湖に流れ込む川を天然の堀として、周囲に城壁を巡らせた城塞都市らしい。
ここにナレシュたちが居るはずだ。セネット伯領からの難民の世話役として“兄弟”ナレシュと呼ばれて尊ばれているという話であったが、どうしているのだろう。ルエラの話ではかなり忙しく働いているようだ。
アルは国境都市パーカーの少し手前で、人けのない森を選んで着陸した。以前、国境都市パーカーに来たことのあるマドックとナイジェラによると、都市の入口はかなり警備が厳しいらしい。いきなり空を飛んで都市に入ると騒ぎになってしまうだろう。
チャニング村を出発したのは朝だったが、今はすっかり夕方だ。不思議な眼で見られるのを避けて木箱を止めたアルは、運搬呪文の円盤に載せていた背負い袋と布を巻いた剣を背中にかけ、国境都市パーカーの城門に、すこし急いで向かったのだった。
国境都市パーカーにようやく到着しました。12話、国境都市パーカーへはここで一旦区切りとします。
1時間後の11時に12話での登場人物紹介をアップします。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




