2-6 謎の女性 カーミラ
冒険者ギルドの壁にかかっている依頼の木札を眺めていると、一人の女性が近づいてきた。長い金髪はつやつやとしていてかなりの美人だ。年は20代前半だろうか、身長はアルと同じぐらい、化粧は少し濃い目の感じで、香水の匂いもした。シャツの胸元が大きく開いていてアルの視線は思わずくぎ付けになった。
「こんにちは、ア・ル・さ・ん♡」
彼女はいきなりそう言って近づいてきた。話した記憶のない相手に名前を呼ばれてアルは怪訝そうな顔をした。
「急に声をかけてごめんなさいね。バーバラがこの都市にやってきたばかりの新人ですごい子が居るっていうからお友達になっておこうかと思ったの。迷惑だった?」
そういって、アルの腕を半ば強引に自らの腕を絡ませるようにしてすぐ近くにまで顔を寄せた。アルの腕が彼女の柔らかい胸にあたっているのは意識してやっているのだろう。
「えっと、お姉さんは?」
アルは少しドギマギしながら尋ねた。
「私はカーミラ、バーバラとは大親友でね。昔一緒にパーティを組んでたこともあったの」
「へぇ、そうなんですね。バーバラさんと同じパーティ」
そういいつつ、アルはいつの間にか彼の懐の中に忍び込んでいたカーミラの右腕の手首をつかんだ。彼女の指先には彼が財布にしている革袋が引っかかっていた。
「こんな悪戯は困ります」
アルはそう言って押し返す。カーミラはそれに合わせてにこやかに微笑んだ。
「あれぇ、おかしいわねぇ。もっと違う良い所を探ってるつもりだったんだけどねぇ」
「えっと……」
アルはどう返したらよいかわからず曖昧な微笑みを浮かべた。彼は領都でしばらくスカウトとして働いていたが、その働く中でこういったスリや鍵開けの技も一応は習得していた。さすがに自分でスリをしようとは思わないが、その手口はよく把握していたし、それを防ぐ術も身につけていた。もしかしたら彼女はバーバラがひと稼ぎしたというのを知っていて、先ほどアルと話した内容を耳にして彼が金を持っていると考えたのだろうか。どちらにせよこの女性はこういうことを繰り返しているかもしれない。もしそうなら……?
「声を上げますよ?」
カーミラはため息をついて革袋の紐からかけていた指を放し、アルから手を振り払う。
「もぉ、あなた男でしょう? どうしてそういう反応なのかしら。わかったわよ。私を突き出すつもり? そんなことないわよね。できれば騒ぎにするのはやめて欲しいなぁ。またここを出入り禁止になっちゃう。ねぇ、お詫びにこれから一緒にお酒でもいかが? こんな美人と一緒にお酒が飲めて、その後楽しめるかも?」
アルは周囲を見回した。冒険者ギルドはあまり混んでおらず2人のやり取りについてはあまり注目を浴びている様子はない。とはいえ、ここで大声を上げればすぐに騒ぎになるだろう。どう考えたのかカーミラは甘えるようにアルに抱きつく。濃い香水の匂いがした。この反応からみるとこういうことは慣れていそうだ。それならばやり方はある。カーミラの媚びるような笑みをみながらアルはにっこりと笑って首を振った。
「僕はまだ命が惜しいです。それよりお願いがあるんです。それで今回の事はなかったことにしましょう」
「うーん……ほんとつまらないー」
彼女はすこしがっかりした様子でアルから身体を離すと壁にもたれた。アルは微笑みを顔に張り付けたまま、少し口調を変えた。
「ゴミスクロール扱ってるところを教えてくれよ。この都市にはそういう場所があるんだろ」
「ゴミスクロールって、ああ、あれね。あんなのが欲しいの?」
ゴミスクロールというのは、魔術師ギルドが品質保証を行っていない<呪文の書>のことであった。古代遺跡でみつかった<呪文の書>は魔法使いギルドに持ち込まれ鑑定がされた後に買取の値段がつくというのが本来の形である。だが、数週間が必要な鑑定を待てない者や、鑑定結果に不服な者も存在して、そういった冒険者を相手にした商売も存在するのだ。彼らは往々にして禁呪や怪しげな物も扱っており、魔術師ギルドからは目の敵にされていた。
「僕の事はどうでもいい」
「あはっ、南4番街でララおばばを訪ねてみるといいんじゃないかな」
果たして彼女の言った事が事実かどうかはわからないが、とりあえず一つの手がかりだ。まだ未習得の<呪文の書>があるので、そちらが優先だが、それが済めば訪れてみることにしよう。アルはカーミラの言葉ににっこりとして頷いた。そして、もう話は終わったとばかりに木の札のチェックを再開する。
「ふぅん、冷たいわねぇ……、でも、ただの子供かと思ったらそうでもないみたい。ちょっと良いかもね。気に入ったわ。またね♡」
何が気に入ったのかわからないが、カーミラはそう言ってアルに投げキッスを送ると傍から去っていった。
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