12-4 チャニング村 後編
カクレホラアナグマを倒した後は、皆で大騒ぎをしながらの解体作業になった。チャニング村には解体の専門職など居ないので、こういったことも全て自分たちでしなければならないのだ。そして、特に今回の獲物は大きすぎて解体せずには村まで運ぶことすらできない。幸い川は近くにある。リッピが急いで荷馬車を取りに村まで走ることになった。
アルの温度調節呪文で冷やしつつ、血抜き作業、そしてそれに並行してまず皮を剥ぐ。次に内臓に極力傷をつけないように注意しながら腹を裂き、内臓を取り出す。この時、肛門をきちんと括っておかないと酷い事になる。あと、大事なのは薬の材料として高く売れる胆のうであった。胆汁をこぼさないようにこちらも慎重に取り出す。
領主であるアルの父ネルソンも含め皆で協力して、なんとか暗くなるまでに、荷馬車と運搬呪文で運べるほどの塊に分けることが出来た。
そして、チャニング村はそれほど広い村ではない。肉を山積みにした荷馬車が通れば人々は勝手に集まって来た。何を狩ってきたのか、皆興味深々で荷を覗き込む。そのほとんどがアルにとっても顔見知りで合った。
「ただいまー」
集まってきた人々にアルが声をかける。
「アル様、帰って来たのかい」
「うん。昼過ぎに着いたばかり。本当はオーソンと一緒に来るつもりだったんだけど、途中で用事が出来て僕だけ遅れちゃってね」
驚いて声をかけてきた年配の女性は、アルの幼い頃から面倒をみてくれていたチャニング家の家政婦、ミアであった。カクレホラアナグマ退治の時に活躍した従士ネヴィルの母親であり、彼女はアルがゴブリンに襲われた時に被害に遭った一人でもあった。
「ああ、オーソンって最近村にやってきた冒険者の事かい? ネルソン様が空き家に住まわせてやってくれって言ってたけど、アル様の知り合いだったんだね」
「ああ、そうなんだよ。辺境都市レスターですごくお世話になったんだ。仲良くしてあげてね」
アルはそんなことを言いながら、ネヴィルやメアリーと一緒にカクレホラアナグマの肉の一部を村人たちに配る段取りをし始めた。ミアもすぐにその作業に加わった。
このカクレホラアナグマを倒したのは領主であるネルソンの一族と、その従士、客人のオーソンであるが、これほどの大物である。肉が腐らないうちにこの肉をソーセージや塩漬け、燻製といった加工作業をしたり、皮を鞣したりする必要がある。それには人手が必要なのだ。
この肉を配るのは、その作業を手伝いに来てもらうための謝礼の先渡しのようなものであった。村人たちもそれが判っているので、無駄に遠慮などはしない。
今回はアルの温度調節呪文があるし、真夏でもないのでまだ余裕があるが、貧しいチャニング村ではお互い助け合う事が基本となっていて、大きい獲物が採れた時には、こういった事が普通に行われていた。
「明日は手伝いよろしくお願いします」
「ああ、判ってるさ。日が昇る少し前ぐらいに行くよ。アル様はちょっと見ないうちに大きくなったね」
顔見知りの答えにアルはにっこりと笑って頷く。そんなやり取りしているうちに日は暮れてゆくのであった。
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賑やかな夕食が終わると、アルは父ネルソンの居る書斎を訪れた。
「今日はいいタイミングで帰ってきてくれて助かった。アルフレッド、ありがとう」
「よかったわ。オーソンさんも色々と手伝ってくれてね。勉強するところも多かったってネヴィルが嬉しそうに言っていたわよ」
“アルの父上、母上、初めまして”
ネルソンは安楽椅子に座っていて、その横では母パメラも一緒に居た。メアリーと同じ赤い髪を軽く結わえてくつろいでいる様子である。グリィがアルだけに聞こえる声であいさつをしている。彼女を説明するのは難しいので、また別の機会にしようというのは相談済みであった。それよりも先にパトリシアの説明をきちんとする必要があるだろう。アルは二人と対面する椅子に軽く腰かけた。
「うん、丁度よかったよ。村の人たちにも僕が帰ってきていることをはっきりと憶えてもらえただろうしね」
アルの言葉にネルソンはすこし眉をしかめる。
「やはり何かややこしい事になっているのか?」
アルはすこし首を傾げ、片目を瞑って苦笑いを浮かべた。
「ううん。パトリシアは秘密の場所に預けたし、たぶん大丈夫だと思う」
ネルソンは安堵したように大きなため息をついた。
「アルフレッドの事だから、悪い事はしていないと信じているが、もらった手紙には、パトリシアという女の子を助けようと思っているというのと、アルフレッドが関わっていないように偽装したいからオーソンという世話になった冒険者とリッピという運び屋に荷物を持ってこちらに来させるとしか書いてなかった。詳しく話を聞かせてくれるか?」
「そうよ。そのパトリシアっていう子は今日、連れてこなかったの?」
想像どおり、パトリシアの話になった。それはもちろん気になるだろう。アルはにっこりと微笑む。
「実はね、パトリシアは隣国テンペスト王国の姫様なんだ」
ガタリと大きな音を立ててネルソンは安楽椅子から身を起こした。パメラも口を開き、目を大きく見開いたままの表情で固まっている。
「な、なんで、そう言う事になったんだ?」
「いや、まぁ……なんというか、最初はね。冒険者としての仕事でオーティスの街から西に行ったクラレンス村の湯治場で偶然彼女に出会ったんだ……」
アルはパトリシアを護衛して彼女の叔母であるタラ子爵夫人のところに護衛していく間に親しくなった事、彼女がテンペスト王国から派遣された魔法使いに殺されそうになっていて、それを助けるために一緒に辺境都市レスターから逃げ出した事、そして、それに関わっていないように偽装するためにオーソンやリッピに協力してもらってこの村に来てもらった事、テンペスト王国は今、彼女の父母だけでなく、伯父である国王一族も殺されており、彼女の存在は唯一生き残った王族として国や大貴族に彼女自身が望まぬ形で利用されるだけなので身を隠すのを望んでいる事などを両親に話した。
「まるで吟遊詩人が語る物語を聞いているようだ。その亡国の姫をアルフレッドは助けてやりたいのだな。すごいな……。父上、アルフレッドから言うとおじいちゃんから聞いたグラディス平原の戦いの話も面白かったが、今度はアルフレッドがなぁ……」
ネルソンが感心し、軽く宙を眺めるようにしてうんうんと頷く。あまり取り乱していないところが父らしいとアルは心の中で思った。アルの言う事やその正しさについても全く疑って居ない様子だ。
「話はわかった。途方もない話だとは思うが、アルフレッドはもう十五才だ。自分の判断で正しいと思う道を進めばいい。もちろん、困ったことがあれば頼ってくれていいんだぞ。俺自身の剣の腕は大したことがないが、それでも皆と協力しながらこの地をずっと守ってきたんだ」
そういってネルソンはにっこりと微笑み、軽く胸を張る。
「ありがとう、父さん」
「パトリシア姫はテンペスト王国とのゴタゴタが落ち着いたら連れていらっしゃい。大したものはないけど精一杯ごちそうするわ」
「ありがとう母さん」
アルは椅子から立ち上がり、父母をぎゅっと抱きしめた。
「パトリシア姫を連れてくる事を考えると、身分をあまり皆には明かさないほうが良いだろう。ジャスパーたちにもどうなるか決まるまで当分の間は話さないでおく。それで、アルフレッドはこれからどうするんだ?」
「うん。カクレホラアナグマの処理が終わったら、国境都市パーカーに向かおうと思ってる。知り合いがそこに居るのでテンペスト王国の状況を詳しく聞かせてもらうつもりだ。それが済んだら、またレスターに戻ろうかな」
「そうか。またたまにはここにも帰って来い。メアリーにも約束をしていただろう」
メアリーには、女の子らしいかわいいドレスを土産に持って帰ってきたのだが、これでは山を走り回れないと不満を言われ、次に来るときには、良い革鎧か、ブーツ、弓といったものが欲しいとお願いされたのだ。
「うん。そうだね。出来るだけ顔を出すよ」
飛行呪文が使えるようになった今となってはそれほど遠い距離でもない。また顔を出そう。アルはそんなことを考えながら頷いたのだった。
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